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第42話

 部屋の外が騒がしくなった。

「あの声は……ルノ?」

 オレの言葉に反応して、眉をひそめた王妃さまが言う。

「あら。やっといらしたのね。やっぱりルノさまだわ」

 王妃さまのルノ評が怖くて、何が『やっぱり』なのかは聞けませんでした……。

「さぁ、どうしましょうかね」

 王妃さまは夫に視線を送る。

 アイコンタクトで何かが決まったらしく、王妃さまは軽くうなずいて魔法道具の効果を解いた。

「ルノさまとアルバスさまの話を盗み聞きしちゃいましょ」

「あ……はい」

 ニコッと笑って不穏な事を言う王妃さまに頷く以外、オレに出来た事があろうか。

 いや、ない。

 王妃さまはオレの手を取り、別の魔法道具を起動した。

 王族が使う緊急時に姿を消せる魔法道具だ。

「それ……こういう時に使うんですね……」

「ケースバイケースよ。いつもではないわ」

 音を消す効果もあるため、オレと王妃さまが話していても気付かれる心配はない。

 そこにドタドタと音をさせてルノが入ってきた。

「ミカエルが来ていると聞きました。どこです?」

「ルノ、開口一番がそれ? 私は一応、王さまなんだけど?」

 国王さまにズイと顔を近付けて話すルノを、衝立の影から覗くオレ。

 こちらの姿は見えないと分かっていても隠れたくなる。

 久しぶりに見たルノは、とても綺麗だった。

 さらさらの銀髪が陽の光に輝き、透き通るような白い肌に大きな青い目が映える。

 女性のように美しい顔を裏切る筋肉質な肉体を持っていることは、服の上からでも分かった。

 スッと背筋を伸ばして国王さまに対峙するルノは、美しくも威風堂々とした貴族に見える。

「そんなこと今はいいだろ⁈ ミカエルは、わたしの妻は、何処です⁈」

 発言がガッカリだ。さすがルノ。

「いや、いきなりそう言われてもだな……」

「あの子はわたしのモノだ。勝手に呼びつけないで下さい」

 いやいやいや。

 それは無いだろう? ルノ。

 オレはモノかよ。

 横で王妃さまが顔をしかめた。

 そうだよなぁ、ウン。

 そういうトコだぞぉ~、ルノ。

「ミカエルが実家に帰ってから、わたしは会ってないのです。会いたいと思う事が、そんなにおかしいですか?」

「いや、そこではなくてだな……。あぁ~……ミカエル君の兄君たちが連れ帰った理由が分かるよ、ルノ」

「……どういう意味です?」

「ルノ。ちょっと話そう。座れ」

 うながされるままルノは国王さまの正面に座った。

 侍女がサッとお茶の用意をする。

 紅茶の良い香りが辺りに漂うが、ルノは陛下を睨みつけて微動だにしない。

「あー……ルノは、さ。ミカエル君を一人の人間としてキチンと見てるかい?」

「もちろん見てますよ。わたしは、ミカエルのことを守りたい。傷付いて欲しくない。一緒に居たい。わたしたちは思っていたよりもずっと相性がいいのです。なのに……彼は連れ去られてしまった。わたしは彼を傷付けるような事はしないし、守っていたというのに。一人の人間としてキチンと見ていないのは、義兄たちの方です。わたしとミカエルは上手くやっていた」

「本当に、そう思うかい?」

「はい」

「そうかい? 自分でも分かっているんじゃないのかい? ルノはミカエル君を尊重するのではなく、自分の気が済むように行動していただけだって」

 ルノは黙って国王さまを睨んでいる。

 黙っていれば、綺麗で立派な貴族だよな、ルノって。

「ミカエル君はオメガだ。でも男だ。そしてなにより自立したひとりの人間だ。そこを考慮に入れて行動しないとダメなのではないかな?」

「……」

 キュッと唇を噛むルノ。

 あんまり強く噛むと血が出るのでは? と、心配になる。

「ルノ。少し距離をおいて、一旦離れてみた方がいい。私もミカエル君の兄君たちと同じ意見だ」

「……ミカエルと会わせて下さい」

「ダメだ。お前は、少し頭を冷やせ」

 溜息まじりに砕けた物言いになった国王さま。

 いまは国王さまとしてではなく、ルノの友人アルバスとして発言しているんだろうな。

「……会わせて下さい」

 国王さまの意をくむ様子のないルノは、重ねて自分の希望を言った。

「私が彼との結婚を強引に進めたのは、お前に依存先を与えるためじゃない。だから、ダメだ」

 ルノは再びキュッと唇を噛む。

 そして無言で立ち上がると国王さまに一礼して部屋から出て行った。

 ルノが何を思ったのかは分からない。

「なんだか、ルノと上手くやれるようになるまでには時間がかかりそうな気がします」

 オレが言うと王妃さまは困ったように眉を下げた。、

「そうね……でも、まぁ。焦る必要はないわ。これからもずっと一緒にいるのでしょう?」

「はい。そのつもりです」

 だってルノはバカだから。

 オレが側にいないとダメでしょ。

「ふふ、よかったわ。一緒に生きていくのなら時間はたっぷりあるわね」

「はぁ……でも結婚って。これが普通、なのでしょうか?」

「んん~どうかしら? わたくしはアルバスしか知らないから。でも、焦らないで。人間なんて死ぬまで変わり続けていくものだから。今だけを見て諦めないで。大丈夫よ、ミカエルさま。ルノさまだって生きている間には成長するし、変わるわよ。ちょっと……時間はかかるかもしれないけれど」

「そうですね」

 んっ。ルノは時間かかるかもしれない。

 だってバカだから。

「王命による結婚であることを、とことん利用してもよいのよ? ミカエルさまは、もっともっと強気に出てルノさまに要求を突き付けて良いのよ?」

「強気に、ですか?」

「ええ」

「ん……強気には、出ているような気がしますが……」

 そこは負けている気がしない。

「ふふ。要求の方をしっかり突き付けて良いのよ。その方が、ルノさまも変わりやすいかもしれないわ」

「んー……」

 要求?

 要求か……。

 オレは、ルノにどうなって欲しいんだろ?

「わたくしたちは、ミカエルさまの幸せも願っているの。利用できることがあったら活用してね」

「はい」

 ありがたい。

 国王さまと王妃さまが味方なんて、そんな心強いことある?

「ふふふ。もっと、甘えてくださっていいのよ?」

 甘える? 甘える、か。はは。それはちょっと……。

「ねぇ、ミカエルさま。これは、わたくしの我儘でもあるのだけど……。わたくしは、幸せなアナタが見たいわ」

「リアナさま……」

「ねぇ、ミカエルさま。ミカエルさまは、自分のために。そこから繋がっていく誰かのために。頑張ればよいのではないかしら? 『オメガ』と、いう存在として幸せになることも大切だけれど。『ミカエル』という個人として幸せになることでの波及効果は、もっと素晴らしいものになると思うの」

「……」

「だから、もっと甘えていいのよ。わたくしたちの子供のためにも、アナタは幸せになって欲しいのよ」

「リアナさま……」

「ミカエルさまが幸せだと思う形に近付けるよう、わたくしたちは協力しますからね」

「……はい、ありがとうございます」

「あっ。忘れないうちにコレを渡しておくわね」

 オレはお妃さまから綺麗にラッピングされた小さな箱を渡された。

「これをどう使うかはミカエルさまが決めてね。わたくしたちからの、結婚祝いよ」

 オレが決めていいんだ。

「ありがとうございます」

 小さな箱を見つめながら、オレは立ち位置が変わってしまったことを実感した。

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