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第41話

「ねぇ、ミカエルさま。王命による結婚なのだから、ミカエルさまが、ルノさまの事を嫌がっても仕方ないの。ルノさまは、あんな感じですし。人間誰しも好みというものがあるわ。だから。相手が侯爵家のアルファだったとしても、ルノさまを好む方と好まない方がいらっしゃるのは仕方ないことよ。だけど……ミカエルさまに、その心配はなさそうね」

「うっ……」

 そうか。オレはルノの事を受け入れてしまっているんだ……。

 言われてみれば当然のことだ。ルノのことを嫌っても、誰も文句なんて言わない。

 そうなったら、そうなったで、で済むことなんだ。 

 だけど、オレはルノのことを嫌がっていない。嫌悪感もない。

 オレ、男なのにー。

 オメガって怖い。

 それどころか……。

「正直、実家に戻っていると違和感があるんですよ、オレ。もう、ココはオレの居場所じゃない、って感じるというか……」

「そうなのね」

「好き、とか、愛、とか、そういうのは……正直な所、よく分かんないですけど……一緒にいないことに違和感があるんですよ……」

 多分、オレはルノのこと好きなんだろうけど、それを他人に堂々と言えるほどの自信はない。

「そうなのね」

「だからって、ルノの……その……妻、になる、っていうのも……なんか違うっていうか……」

 オレの視線はどんどん下向きになっていく。

 正確に言語化しようとすればするほど、オレはどこかへ迷い込んでしまうような気がした。

「ん……そうなのね……」

「オレはオメガだから……子供を産むとしたら、オレの方だし……向こうの家に入るわけだから……妻なんだ、って言われたら、そうなんだろうけど……なんか違くて……」

「うん、うん」

「だからって、ルノと離れたいかというと……そんなことなくて……いないと変というか……ルノの気配を感じないと変というか……」

「そうなのね。うふっ。もう、しっかりと夫婦なのね」

「……え?」

 王妃さまの言葉に驚いて、オレは跳ねるように顔を上げた。

 正面にはとても綺麗に笑みを浮かべている女性がいた。

「うちの旦那さま、悪い人じゃないし、悪い王さまでもないんだけど。暴走しちゃうところがあるから。心配してたの。ルノさまの為になるとしても、それがミカエルさまの為になる結婚とは限らないでしょ?」

「はぁ……」

「ふふ。でも、ミカエルさまは、ルノさまをしっかりと受け入れてらっしゃる。どちらかというと、受け入れてしまっている自分に戸惑っている感じかしら?」

「あっ……」

 理解されちゃってる。

 オレってば、王妃さまに理解されちゃってるよぉ~。

「なのに、ルノさまったら……柄にもなく、横暴な真似をなさるから……」

 確かに、柄にもない感じはする。

 オレを軟禁状態にするなんて。

 そもそも、オレが外との繋がりを持てるようになったのは、ルノのおかげなのに。

 なぜに、せっかく繋げたものを切ろうとするかな?

 ルノのことを深く理解しているとは思っていないけど。

 変と言えば変。

「何か確信があっての事なら良いけれど。男性は時として、自信のないときに強引な態度に出ることがあるから困るのよねぇ……」

「ははっ」

 あー、そうか。

 あの態度は、自信のなさの表れなのかぁ……。

 オレを支配下に置きたい、とか?

 逃げられたくない、とか?

 守れないから、とか言ってたような気もするなぁ。

 うーん。

 それを嬉しいかと聞かれれば、そうでもないけど。

 嫌かと言われれば、そうでもない。

 守ってくれる気があるのなら、それはそれで悪い気はしない。

 しないけど、それってオレの腕前とか信用してないって事だよね? とも思うし。

 複雑なんだよ。

 ルノの男心も複雑かもしれないけど、オレの男心だって複雑なんだ。

「ミカエルさまは、オメガでも男性なのだから。男性としてのプライドとか、色々とおありになるわよね」

「プライド……かなぁ?」

「ん? 違うのかしら?」

「公爵夫人と呼ばれるのは嫌、と、いう事が男としてのプライドになるのなら……そうかもしれないですけど。根本的な問題は、そこじゃないというか……」

 オレの男心は、どこに向かっていきたがっているんだろう?

「では、何が気になるのかしら?」

「あれ、かな。あの……オレはルノを受け入れている、けど……ルノの方が、オレを受け入れてくれていないというか……。オレという人間を受けて入れてくれているわけじゃないというか……。好かれていない、とは思っていないけど。ルノにとって、オレは『オメガ止まりの存在』なんじゃないのかな、って感じで……なんだか、モゾモゾする感じなんです」

「まぁ」

 王妃さまは綺麗な黒い目を大きく見開いた。

「オレはオレでしかないのに。ルノにとって、オレはオメガでしかなくて。でも、オレにはオレで背負っているモノが、オメガって事だけじゃないし……男っていうことを尊重して貰えば済むということでもなくて……なんか、上手く言えないんですけど……」

「ええ、そうね。ミカエルさまは、ミカエルさまだわ。他の誰でもないし、オメガというだけの存在ではないわ」

「でも、自分自身、オメガであることに甘えている部分があるのも確かなので……」

「ん……ベータやアルファがゆっくり時間をかけて育ててきた部分を、ミカエルさまは大急ぎで作り上げないといけないから大変なのかもしれませんね。自己の確立とか、他人との駆け引きとか」

 そういうことなのかなぁ?

 そういうことかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 自分じゃ、よく分からないな。

「もうっ、ルノさまってばっ。本来なら、彼がその部分を支えてあげるべきなのに。自分の気持ちばかり見ているから……。ルノさまは、ちょっと不器用な所があるから、ミカエルさまは大変ね」

「ははっ」

「ミカエルさまが生きやすくなるには、ちょっと時間がかかるかもしれないわ。でも、わたくしたちはミカエルさまが生きやすくなるように協力しますから。頼って、ね?」

「あ……ありがとうございます」

 王妃さまの白くて綺麗な手が伸びてきて、オレの手にそっと重ねられた。

 優しい温もりがじんわり伝わってくる。

 オレはひとりじゃないんだな。

 頼れる人の数は少ないけれど、そのひとりが王妃さまって贅沢じゃない?

 オレは、ちょっとくすぐったい気分になった。

 王妃さまは全身の力を抜くと、心の底からほっとしたような声で言う。

「アァー。でも、良かった。ミカエルさまが幸せそうで。男女でも色々あるのに、男同士だから……もうホント、そこは心配だったの。良かったわぁ~」

「はぁ……ははっ」

 もしかしなくても、一番の懸念材料が体の相性だった、って事か?

 改めて言われると……心底恥ずかしいぞっ!

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