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第30話

「リボンなら肌が傷付くことはありませんし。こんな形でいかがでしょうか」

 オレはルノワールと王宮に来ていた。陛下たちとの面談は既に数回行われており、秘密裡にオメガ対策は進められていた。

「うーん。新生児にネックガードって必要かな?」

「国王さま」

「国王さま、じゃなくてアルバスって呼んで、ミカエル君」

 国王さまがメンドクサイ女子みたいなことを言い出してきたのでオレは呼び方を変えた。

「アルバスさま。変態は何を考えているか分かりません。後悔するより対策ですよ」

「ミカエル君っ。そんなに変態は多いのかねっ⁉」

「んー。オレには分かりません。変態じゃないんで」

「どう思う? ルノ」

「いや。私も、変態ではありませんよ?」

 結局、コントみたいな会話になっていくオレたちを見て王妃さまが「うふふ」と笑う。

「リアナ? そこ、笑うトコじゃないから。笑ったらダメだから。私が変態みたいに見えるから」

 すかさずツッコむルノワールに、国王さまが言う。

「いいじゃないか、ルノ。変態でも」

「いや、ダメだろ?」

 オメガ対策の話し合いでは、毎回、ルノワールはいじられていた。うん。順調だ。

「首元は何かでガードしたほうが良いと思います。魔法をかけるといっても限界がありますから」

「うーん。そうかぁ……」

 オレの提案に国王さまは思案顔だ。

「そうね。わたくしたちが常に側で守ってあげられるわけではないから。お守りのようなものと考えたらよいのではないかしら?」

 王妃さま、ナイスフォローです。

「リアナがそう言うのなら、何かしら首元につけようか」

「はい。ではそのように。リボンの他にも何かないか探しておきますね」

「よろしく頼むよミカエル君」

 これで首元対策はオッケー、と。

「フェロモン対策の魔法薬については、新生児は必要ないと思いますが。コントロールしやすくするためには、なるべく早めに使い始めたほうが良いと思うんですよね」

 王子さま相手に下手な薬は使いたくないが、万が一を考えると必要だ。

「うん、そうだね。王宮は人の出入りも激しいし。なるべく守るつもりではいるけれどね」

 国王さまも色々と考えているようで、即答は避けた。

「セキュリティ対策の魔法道具もお勧めします。でも、フェロモンについては他人から何もされなくても調子悪くなったりしますから。体調コントロールのためにも早めの対策が良いと思います」

 健やかなご成長はお祈りしているけれど、安全とのバランスは大切だ。

 そこでオレは提案する。

「そのためには王子さま以外のオメガへの対策についても早めに進めて、情報を集めたほうが良いと考えているのですが」

「そうか。でも人体実験のようにならないか?」

 さすが国王さま。配慮が細かい。

「魔法薬の安全性についてはオレで一応の確認はとれてますから。ただ、実際に使ったのがオレひとりっていうのは弱いですよね」

「そうだなぁ……」

 国王さまは考え込む様子を見せた。そこですかさず王妃さまが助け船を出す。

「オメガ対策のためと言い切らずに、協力をお願いしたらどうかしら? 貴族は王家のお願いに弱いですし。そのほうが、隠されたオメガの方々へ魔法薬が渡りやすいような気がしますわ」

「ええ。最初から商品として売るよりも、そちらのほうが流通させやすいと思います」

「王家への貢献名目か……。ミカエル君も同意見なら、そちらの方向性で検討してみるか」

「はい」

 具体的なオメガ対策に話が及ぶとルノワールの出番はない。うん。順調だ。

 王族のためのプライベート応接室にて旧友との親交、という体を装った生まれてくるオメガのお子さまを守るための会合は今回も無事終わった。

 いまは一歩廊下に出るとむわんと熱気が攻めてくる夏。

 王妃さまが出産を迎える秋に向け、内容は具体的になっていた。

「魔法で廊下も冷やせばいいのに」

「さすがにそこまでしたら魔力の無駄使いだからね? ちょっと難しいよ」

 ブツブツ言いながら廊下を歩くオレの横で、ルノワールは涼しい顔をしている。

 毎年のことだから慣れているのだろう。

 オレは引きこもりでほぼ自室にいたから、去年までは魔法で快適環境を作ってその中にいた。

 一部屋丸ごと快適になるよう魔法を使っても、その場を動かないなら負担は少ない。

 だが動き回るとなると話は別だ。

「こう、自分の回りだけでも快適温度に出来る魔法ってないかな」

 オレがブツブツ言ってるとルノワールが困ったように言う。

「今のところないよね。小さい出力を維持しないといけないでしょ? そこまで魔力調整できる使い手を見つけるほうが難しい」

「て、ことは。それ用の魔法道具を作れば売れると?」

「かもね」

「ラッキー。次の開発はソレでいこう。冬も夏も快適に過ごせる魔法道具。魔力調整を最小に、ってことは、省エネグッズだよぉ。売れるよぉ。お金の匂いがするよぉ」

「ふふふ。がんばれ」

 軽口をたたきながら廊下を歩くオレたちは夫婦に見えないまでも、仲の良い婚約者や兄弟くらいには見えるだろう。

 ルノワールとの関係は順調だ。その分、すれ違う役人や貴族たちの目は厳しい。

 探るような視線はオレに向けられているようでもあり、ルノワールを見ているようでもある。

 オメガのオマエが何故ココにいる? と言われているように感じることもあれば、ルノワールへの嫉妬を感じることもある。

 まだ若いルノワールが、シェリング侯爵を名乗ることも、国王さまと親しいことも、面白くない人はいるだろう。

 人間、何にだってケチを付けようと思えば付けられるものだ。

「アルファも楽じゃないんだな」

「なんだ? 突然だな」

 オレの言葉に、ルノワールが反応する。

「実家にこもってた頃は、アルファだったら苦労なんてしないと思ってたよ」

 ルノワールが声をたてて笑う。

「ハハハ。そんなことあるわけないだろ。苦労はどんな者でもするものさ」

「そうかぁ?」

 オレはちょっと懐疑的な視線を苦労知らずそうなアルファルノワールに投げた。

「んっ。そうだよ。私だってそれなりに苦労はしている。もっとも、オメガの負担は大きすぎるけどね」

「そうかぁ」

 納得できたようなできないような気分を乗せてオレがつぶやけば。

「ああ。そうだ」

 ルノワールは愉快そうに笑う。

 隣を歩くルノワールを見上げれば、廊下に差し込む光でキラキラと輝く銀の髪。

 美しく整った顔とたくましい体。

「ん? どうかした?」

 視線に気付いたルノワールが、品が良いのに弱々しさのない所作でオレを見る。

「別に」

 なんとなく恥ずかしくなって視線を外せば、廊下の脇に置いてある植木の影がユラリと揺れたのが見えた。

「ルノワールっ⁉」

「ああ」

 既に何かを察知していたアルファルノワールは、オレをさっと背後に隠して身構えた。

 ユラリユラリと揺れた影から人影が飛び出す。

 侵入者はふたり。

 そいつらはオレに狙いを定めて襲い掛かってきた。

 侵入者の手にはキラリと光る刃物が見えた。

 対してルノワールは王宮ということもあり丸腰だ。

 オレのチョーカーには、自分用の刃の無い小剣しか入っていない。

「チッ」

 舌打ちして小剣を出し、一振りをルノワールに渡した。

「無いよりはマシだろ」

「ああ」

 片手に小剣を持ち、狙い定めて静かに距離を縮めてくる侵入者に向かい合う。

 そして叫ぶ。

「侵入者だー!」

「誰か来てくれー!」

 手持ちの武器が乏しい以上、助けを呼ぶしかない。

 不利ではあるが、攫われず、ケガもしなければ、コチラの勝ちだ。まだ分はある。

 衛兵たちが来るまで持ちこたえればいいのだ。

「ミカエルッ!」

「ッ!」

 こちらに手を伸ばしてきた侵入者に向かって、魔法を飛ばす。

 攻撃に向かないオレの魔力では、ちょっとデカめの静電気くらいのダメージしか与えられない。

 小さくうめいて敵の動きが止まった隙にルノアールが蹴りを食らわせて転がす。

 バタバタと人の気配が近付いてくるのが分かると、ひとりは素早く植木の影に消えた。

 ひとりはルノアールが腕をひねり上げて捉える。

 まだ暴れる体を衛兵に渡すと、首を絞め落として失神させた。

 自害を防ぐための処置らしいが、なかなかに乱暴だ。

 ずるずると引きずるように連れて行く後姿を見送りながら、オレを荒っぽく育ててくれた兄さまたちに感謝した。

 深窓のオメガだったら、恐怖で体が固まって危なかったかもしれない。

 オレは満面の笑みでルノワールを振り返った。

「ふう。なんとかなったな」

「……あぁ」

 ヤツは苦虫を嚙み潰したような顔をして侵入者が消えた植木の影を睨んでいた。

 この時、オレは侵入者に応戦できた喜びと満足感でいっぱいだった。

 だから、ルノワールのなかで大きく膨らみ巣くった不安をすっかり見逃していたんだ。

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