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第27話

「奥さま、朝ですよ」

「うぅ……オレはぁ……奥さま、じゃ、なぁぃぃぃ……」

「ふふふ。おはようございます」

 オレはマーサの優しい声でそっと起こされた。シュッとカーテンが開けられる音がする。

 ピンクの主張激しいカーテンの向こう側に広がる青空。

 窓から見える景色は実家のものとは少し違っていて、それを眺めながら毎朝オレは生きる場所が変わったことを実感するのだ。

「朝食は旦那さまと一緒に摂られますでしょう? お支度をお手伝いします」

「いいよ。ひとりで身支度くらいできるから」

 ベッドで上掛けに包まりゴロゴロ転がるオレを見て、マーサは軽やかな笑い声をあげた。

「ふふふ。まぁ、そうおっしゃらず試してみてくださいませ。誰かに手伝って貰うのって意外と楽しいのですよ」

「えー。そうなの?」

「ええ。そうなのですよ」

 オレは渋々、ベッドから起き上がり、マーサに支度を手伝って貰うことにした。

 ふたりでキャッキャウフフして身支度をするのは、マーサの言う通り意外と楽しい。

 オレは母に世話された記憶もない。お母さまはオレを産むのと同時に亡くなってしまったからね。

 父の後妻はオレになんて構わなかったし。兄さまたちも他人にオレを触らせるのを嫌がった。

 兄さまたちに構われた記憶はあるが、なんせ男の子だ。女性にお世話されるのは違う。

 雑な上にしつこかった。兄さまたちも子供だったからね。

 その点、マーサは侍女歴が長いから髪を触るにせよ、肌を触るにせよ、とにかく快適。

 経験豊富な大人の意見は聞いてみるもんだね。うん。

 ニッコニコの笑顔で食堂に行ったら、ルノワールが変な顔してこっちを見てた。

 知らんわっ。ご機嫌ちゃんで悪かったな。

 オレは他人の目にさらされてなかった分、反応は素直なんだよ。

 気持ち良かったり、楽しかったりしたら、そのまま態度に出るんだよ。

 貴族らしくないかもしれないが、仕方ないんだよ。

 などと口にはせずに心のなかで言い訳しつつ、美味しい朝食を食べた。

 今朝はオムレツにベーコン、オレンジジュースにグリーンサラダ、パンにコーヒーって感じだった。

 あとイチゴジャムか。普段はジャムとか使わないんだけど、今日は勧められたから試してみたら美味しかった。

 手作りのイチゴジャムだそうだ。さすが侯爵家の料理人、とか思ったら、そのジャムを作ったのはマーサだったよ。

 マーサは料理も上手だね、って褒めたら、うふふって嬉しそうに笑ってた。

 夫であるセルジュも得意げにしてたね。夫婦って不思議だ。

 朝食後は、さっそくお仕事。転移魔法陣が開通して気軽に仕事ができるようになって半月ほどが過ぎた。

 ジルベルト監修のもと実家のオレ部屋と侯爵家の奥さま部屋は無事つながったので、余計なことは考えずに集中できる。

 奥さま部屋は仕事がしにくいから、もっぱら作業は実家のオレ部屋だ。

 でも、オレってば寝食を忘れて開発に没頭するタイプなんだよね。

 そのせいで仕事再開早々、マーサとセルジュとルノワールに囲まれて説教を食らう羽目になった。

 確かに食事の時間に戻らないと、転移魔法陣を使えないマーサやセルジュが食事の世話が出来なくて困るけどさ。

 あんなに怒らなくてもいいじゃん。グスン。食事なんて一食くらい抜いても……って言ったのがマズかった。

 普段優しいマーサが、怒った怒った。

 でもって、寝る時間を削ったって若いから大丈夫、とか言っちゃって火に油を注いだのはオレです。

 年を取ってから後悔しても遅いんですってセルジュに物凄く怒られた。

 腰痛いとか肩痛いとか色々言ってるもんね、セルジュ。経験者のご意見は素直に聞きます。

 ルノワールからは、侯爵家で預かってるキミに何かあったら伯爵家に顔向けできないでしょって怒られた。

 うんうん。貴族間の体面も大事。分かったよ―みんな―。ちゃんとゴメンナサイできたオレえらい。

 これからは、ちゃんと食事の時間は作るし、睡眠時間も確保するって約束させられた。

 実家に住んでた頃は、誰も何も言わなかったんだけど。これからはそうもいかないようだ。

 郷に入っては郷に従え、だからさ。

 侯爵家に居を移したオレの世話はマーサたちの仕事だし、健康管理も彼女たちの責任になる。

 迷惑かけちゃダメ、絶対。使用人の失業は生死に関わるからね。

 マーサやセルジュが職を失って路頭に迷うのはオレも嫌だ。

 マーサには食事くらい摂ってくれと言われ、セルジュにはしっかり寝てくださいと言われ、ルノワールには規則正しい生活について説かれた。

 解せぬ。オレは大人なんだから、自分のことは自分で決めさせて欲しいし、管理したいんだよ。

 と、思ったけど。まぁ、色々言われて反省した。

 でもホントはさー。

 自分のことは自分でしてきたオレが、いきなり管理下に置かれて窮屈な思いをしてることを理解して欲しいんだよねぇ。

 その辺もぶっちゃけたわけさ。

 そしたら条件をいくつか出されて、これをクリアできなくなったら完膚なきまでに管理下に置くぞ、とルノワールに脅された。

 解せぬ。

 なにより一番理解できないのは、徹底抗戦しようという考えが浮かばなかった自分自身なんだけどねっ。

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