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第26話

「社会に役立つ仕事だね。それに自分で仕事を持っている侯爵夫人は珍しいから、ミカエルの存在で世の中が変わるかもしれない」

 世の中が良い方に変わってくれたらオレも嬉しい。でも……。

「夫人って言うなよ。オレは男だ」

「んー。なら、なんて呼べばいいんだろう……」

 そこは考えて。そこを考えるのは公爵さまのお仕事だよ、いぇーい。

 などと丸投げをしてみる。オレは仕事持ちのオメガではあるが、そうなれたのは回りの力添えが大きい。

 丸投げできる図々しさや、丸投げによりもたらされたものを遠慮なく受け取れるメンタルの強さ。

 それがオレにとっての一番の武器だ。

 一応、感謝はするけどな。

「オレは幸い、薬の処方を残して貰えたし。優秀な魔法使いの先生もいたからね。ジョエル兄さまは優秀だから、いまのオレがある。自分の力だけじゃないのは分かってるからさ。オレが楽になった部分だけでも、他のオメガに提供したいんだよね」

「そうか」

「魔法薬だけだと不十分だけど、魔法道具も作れるし、魔法も使えるからさ。組み合わせて、オレ用のものはチョーカーに仕込んであるんだ。そうすれば、万が一、攫われたりしても自分でどうにかできるから」

「チョーカーに?」

 ルノワールは不思議そうに首元を覗き込んだ。

「独身オメガにとって項を噛まれないようにするチョーカーは必需品だからね。仕込めるかどうかやってみたら出来ちゃったんで、今では術式を仕込んだり、空間魔法と組み合わせて物を取り出すことができたりする便利道具になってるんだ。フェロモン対策にも使っているし、項を噛まれないよう強化もしてある」

「項を噛まれないための強化? 物理的に噛めないってだけではなく?」

「ああ。無理に噛もうとすると魔法で弾き飛ばされるようになってるの。勝手に番にされないように」

「それじゃ、番になりたいときにはどうするの?」

「あぁ、それは。オレの意思で外れるようにしてあるから大丈夫」

「そうなんだ」

 ん? なんとなくルノワールがニマニマしながら覗き込んでいるような気がするのだが……。

 さらさらの銀髪が、オレの首筋に触れそうなほど近い。澄んだ青い目は、ニマニマしていても綺麗だ。

 整った美形は、からかうような表情で覗き込んできても魅力的過ぎて腹が立つ。

「ゴホンッ」

 ノイエル兄さまが、わざとらしく咳をした。

「結婚したとはいっても、身内の前でイチャイチャするのはヤメテねー」

 おおっ、なんてことを言うんだ、ジョエル兄さま。

 いつオレとルノワールがイチャイチャしたというんだー。

 濡れ衣はやめてくれー。

 ノイエル兄さまが言う。

「ミカエルは、いつでも伯爵家に帰って来られるからね」

 ジョエル兄さまも言う。

「何かあったら、戻ってくるんだよ?」

「うんっ」

「返事が元気っ」

 ちっ。しまった。本音が出たらルノワールに速攻、ツッコまれたぜ。

 そりゃ侯爵家のほうが豪奢だけどさー、澄み慣れた伯爵家のほうが楽なんだよー。

 そこに作業を終えたジルベルトがやってきた。

「セキュリティの打ち合わせは終わりました」

「ご苦労、ジルベルト」

「こちらの屋敷のセキュリティも侯爵家に負けず劣らず強固なものでした。このまま部屋同士を繋げても問題ないと思われます」

「そうか。ならば、そのしよう」

 ジルベルトとルノワールの会話をもって、伯爵家と侯爵家でオレの部屋同士が転移魔法陣で繋がれることとなった。

「ランバート伯爵家の魔法道具への魔力注入は、なるべく僕がやるから。ミカエルは侯爵家の分をしっかり管理してくれ」

「ん、わかった」

 オメガは狙われる。屋敷のセキュリティは長兄であるノイエルの指示の元、かなり強固なものとなっている。

 たかだか伯爵家のものとしては異例だろう。魔法道具も随所に使っているが、普通の屋敷ではこうはいかない。

 なぜなら魔法道具はそれなりのお値段するからだ。

 設置すれば終わりというわけでもなく、定期的に魔力を注入する必要もある。

 その点、魔法道具はオレが作れるし魔力は三兄弟みなが注入できる。

 もっとも、一番魔力量が多くて他の仕事で魔力を消耗することがないオレが注入することが多かった。

「開発は、この先も続けるんだろう?」

「そのつもりだよ」

 ジョエル兄さまに問われて、オレはチロっとルノワールをうかがった。

「それでよろしいですか? ルノワールさま」

「はい」

 ノイエル兄さまに問われたルノワールはうなずく。それを見て、オレはホッとした。

 これでオレは晴れて夫公認の仕事を持った侯爵夫人となったわけだ。

 男だけどなっ!

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