「オメガの悲劇?」
ルノワールは怪訝そうな顔をした。国王さまは呆れたように言う。
「なんだ。ルノは知らないのか?」
「本当にアンタはオメガに関して無知だな」
オレも容赦なくツッコむ。
「うっ……こっ……これから勉強するからっ……」
ルノワールは恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いた。
うん。いいぞ。勉強してくれ。この先はどうなるかは知らんが、今はアンタの配偶者はオメガなんだから。
などと思いながらオレは偉そうに説明する。
「ふーん。一応、説明するとさ。【オメガ】の男は【アルファ】【ベータ】【オメガ】、どのタイプとも生殖が可能なんだよ」
「……は?」
「意味わかんないだろ? オレもイマイチ分かってない。えーとだね、【オメガ】の男も普通に男なんで、【アルファ】【ベータ】【オメガ】、どのタイプの女性も孕ませることができる。また、男性とも子供を作ることができるのさ」
「……は?」
「【オメガ】の男であれば、【アルファ】【ベータ】【オメガ】どのタイプの男の子供も孕むことが可能なんだって。ちょっと頭おかしくなるけど。実際には、妊娠率が【アルファ】【ベータ】【オメガ】の順に下がっていくんだけどな。【オメガ】の男は特殊なの。女とも男とも子供が作れちゃう」
「……ほう?」
分かってるのか分かってないのか、ルノワールはうなずきながら聞いている。
オレの予想では、分かってない。
「しかも、フェロモンを発しちゃうんで。発情を促す、【オメガ】のフェロモンをね。コレがドバァーっと出ちゃうと【アルファ】のラットを引き起こして暴走させちゃうらしい。【アルファ】にラット起こさせると狂暴なエロ魔人になっちまうから気を付けろ、って兄たちには注意されてる」
「ほ……ぅ」
「ヒートの時にはドバァーとフェロモンが出ちゃうし、普段も少しずつ出ているらしい。自分じゃ分からないけどね。で、フェロモンで惹きつけちゃう上に子供も作れちゃうから、男とはいえ【オメガ】の場合は同性からも性的に狙われやすいの。それに【オメガ】の男って、魅力的な容姿で生まれることが多くてさ。オレはいまひとつ【オメガ】の男っぽさがないタイプで【ベータ】っぽいけどさ。【オメガ】は男でも、庇護欲をそそる魅力的な美形が多いんだって。見た目が人を惹きつけやすい上、男女とも全タイプ対応で産むことも産ませることもできるわけ」
「ほう、便利だな」
「でしょ? だから、利用されやすいわけさ。人数も少ないしね。希少価値と利便性があるのさ、【オメガ】は」
希少価値があっても雑に扱われるのは遺憾だが。
そもそも希少価値なんていう物みたいな評価されてしまうんだから仕方ない。
ルノアールも理解が追いつかずに困惑の表情を浮かべている。
「そう、なのか?」
仕方ないからオレは丁寧に説明してやる。
「ああ、そうさ。そのせいで、攫われたり売られたり。悲惨な事件に巻き込まれる【オメガ】が後を絶たず、結果的に国から手厚い保護を受けることになったのさ」
「具体的には?」
「【襲う】ことができないように、【オメガ】にとって不本意な性行為があった場合には、相手となった【アルファ】【ベータ】が問答無用で裁かれる」
国王さまがうなずきながら言う。
「ああ、今はそうなっている」
「少し前までは違ったのよね」
王妃さまの言葉に、国王さまは再びうんうんとうなずいた。ルノワールはポカンとしている。
オレは説明を続けた。
「この法改正が【オメガ】のことを誘う【性】だと思っている奴らにとってはえらく腹が立つことらしくて。ヒートがある癖に、って反発してるらしい。ヒートなんて自分でコントロールするのが難しい上に、有効な市販薬とか売ってないからね。フェロモンとかヒートとか自分で管理できない生理現象みたいな部分を責められるっておかしいでしょ?」
「ん……んん?」
やっぱりルノワールは分かっていないようだ。でもオレは容赦ないから説明をどんどん進めていく。
「まぁ【アルファ】には感覚的に分かりにくいんだろうけどさ。とにかく、子供を儲けやすい上、法律上も保護されているから【オメガ】ってだけでズルいと思われて攻撃対象にされたりするんだ。性的に襲われやすい上に暴力にもさらされやすい。学校や職場でも性的に狙われたり、嫉妬から不利益な扱われ方をしたりと、とてもじゃないけど社会で独り立ちできるような存在じゃない。独り立ち出来ない【男】って時点で、かなり大変なんだ」
「ほう?」
「それに【オメガ】が保護されていると言っても、実際は優遇とかされているわけじゃない。不本意な性行為があっても、子供ができたとしても、結婚してしまえば無罪放免だ。そのため何かあった時には結婚することにより口封じをすることも少なくない。だから上位貴族を狙って無理矢理……ってのもあったらしい」
「ええ。そうなのよ。実際、昔は事件が多かったらしいわ。現在はほとんど聞かないけれど。それも貴族の世界での話なのよ。今でも運悪く平民として【オメガ】が生まれてしまった場合には、状況は厳しいらしいわ。そのせいで【平民のオメガ】が成人できる確率はかなり低いのよ」
王妃さまの補足情報で、オレはブルっと震えた。
成人できないってことは……それまでに何らかの理由で死ぬってことだよね? えっ? どんな理由で死ぬの?
殺されちゃうってこと? いや、なにそれ恐い。そこまでは知らなかったよ、オレ。
「滅多にないことではあるが、ゼロではない」
国王さまがうなずきながら言う。
「アル……そうなのか? 知らなかった」
「だろ? 私も最近知った」
呆然というルノワールに、国王さまが無邪気に言った。
「は?」
オレの口から間抜けな声が漏れた。
「あぁ、軽蔑しないでおくれ、ミカエル君っ。それだけオメガの情報は隠れていたということなのだよ。私も子がオメガである可能性が出てくるまで、あえて調べようとはしなかったけれど」
そうか。そうだよなぁ。当事者にならなきゃ、問題視できるほど興味は持てないよな。
オメガの男なんて数も少ないし。でも、この人。国王なんだよなぁ……。
「あとオレが知ってるのは、相手がどうであれ子供を儲けることができる【オメガ】の男は政略結婚の駒としての価値も高いってことかな。そこに本人の意思は関係ない。もっとも、それだけなら【アルファ】や【ベータ】でも貴族なら同じだ。でも【オメガ】は体も立場も弱いから、大事に扱ってくれない相手にあたったら悲惨なんだよ。産まれる子供は【アルファ】の可能性が高いから、ボロボロになるまで何人も孕まされることもあるって聞いてる」
「そのせいで短命になる【オメガ】も多いそうだよ」
国王さまの補足に、オレはうんうんとうなずいた。
「うわぁ……」
オレの隣でルノワールが青ざめる。
うん。ルノワールはオメガの男との間に子供が作れること、そのものを知らなかった可能性あるしな。
そりゃ青くもなるさ。
初日のアノ対応はジョークだったかもしれないけどさー。こっちから見たら面白くもおかしくもないんだよぉ。
男同士じゃん♪ じゃ、ねーんだよっ。あー、また腹が立ってきたっ。
「それにっ。政略的に避けたい相手に手を出されたりしても困るよねっ。貴族同士なんて政治にせよ、商売にせよ、勢力争いしながら縁を繋ぐわけだからっ。無理矢理に手を出されて子供まで作られたらたまったもんじゃない。結果的にっ、不測の事態を避けるために貴族の【オメガ】は屋敷に閉じ込められるようにして生きているのが実情だよ」
「うわぁ、ひどい」
ホントに何にも知らなかったんだな、ルノワール。
「貴族でも十分な教育すら受けられないことのほうが多いって話だし」
「そうなんだ」
「だからオレは危険に対応できるように、勉強はもちろん体も兄たちに鍛えられた。なるべく賢く、強くなるように」
「ほう」
「腕力だけでなく知力も武器になるからさ。まぁ、オレは魔力があったから、そこそこ強いけど」
「そう……なんだ?」
ルノワールが不思議そうな顔をしてオレを見た。
そりゃ、昨日の今日であの状態じゃ魔法を見せるどころの騒ぎじゃなかったからさ。
疑うのは分かる。けど、自分で言うのもなんだけど、オレってばそこそこ魔法使えるヤツよ?
「普通に【オメガ】は暮らしにくいし、弱くて育ちにくい。勉強も体を鍛えるのも難しい、最弱な存在なのさ」
自虐的にオレが言うと、国王さまが首を振りながら言う。
「でも、それでは困る。王族としては困るのだ。第一子で男となれば、オメガとはいえ王位継承第一。王位を継承しなかったとしても、子を儲ければ王族と縁続きとなれる。攫われて何かがあっても大変だ。ヒートとフェロモンの問題があるからと王女のように育てるとしても、危険は大きい」
オレはうなずく。
「普通の貴族も同じです。オレみたいな育ち過ぎたオメガですら【ベータ】より危険で、教師選びは大変だったと聞いています。兄たちが居なかったら、と思うと怖いです」
「そうか。ミカエル君のお兄さまたちにも話を聞きたいね」
「そうしてください。オレは、母がお金を残していってくれたし、兄たちに指示も残していってくれたから助かったんです。でも、詳細までは兄たちから教えてもらっていませんから」
「そうか」
国王さまがうなずいた。
「それがなかったら、オレだってどうなっていたことか。兄たちが教育に協力的でお金もあったから今のオレがあるんです。【オメガ】は男でも、男としての教育を受けることすら大変です。教育係はもちろん、世話係を決めるのだって一苦労でしょう。そんな状況で、王族として生きていかなきゃならないなんて。至難の業ですよ」
「ああ、そうだ。護衛選びも大変だね」
「ですよね、アルバスさま。【オメガ】の男だと、フェロモンをダダ洩れさせると【アルファ】【ベータ】の男女ともに反応しちゃいますから。護衛が護衛でなくなっちゃう」
「そうなんだよ、ミカエル君。その危険を十分に踏まえた上で私たちは、この子を守ってあげなきゃならない」
「わたくしは、この子が愛おしい。幸せになって欲しい」
王妃さまは愛しそうにお腹を撫でた。
国王さまは王妃さまを愛しそうに見てから向き直り、真剣な表情でオレに言う。
「そこで、ようやく本題なんだが。えっと……ミカエル君は、魔法道具作るよね。魔法薬も」
「はい。ご存じなんですね」
「えっ?」
ルノワールが驚いた表情でこっちを見ている。
そうだろ、お前はオメガであるオレが仕事しているとか考えてなさそうだったもんな。
お前こそオレの話を聞けよって感じだ。オレのことを何も聞かないでいきなりアンナコト……。
「ミカエル君は、オメガのフェロモンやヒートをコントロール出来ると聞いているよ」
「はい」
国王さまの言葉にうなずくオレの隣で、ルノワールがつぶやく。
「オメガのフェロモンをコントロール?」
「ああ、ルノは気付いていないのか。ミカエル君からはフェロモンの匂いがほとんどしないだろう? それとも彼は元々匂いの薄いタイプだと思ってる?」
「え? 違うの?」
ルノワールが驚いたようにオレを見る。こちらの方が驚くよ。今さらか。
「違うっ。魔法薬を服用してるのっ。あと、魔法や魔法道具でもコントロールしてるっ」
「そうなんだ。気付かなかった……」
呆然とつぶやくルノワールを見て、国王さまはあきれたように言う。
「まぁ、ルノは鈍いから」
「そうよね。ルノさまは鈍感ですものね。うふふ」
「そんなことないっ」
両陛下とオレの呆れ含みの視線にさらされて焦るルノワール。今さらである。
「でも実際、気付かなかったじゃないかアンタは」
「うっ」
昨夜は接近しましたよね? 普通、あんだけ接近すりゃ分かるだろ。フェロモンが極端に少ないの。
多分、オレの匂いってアルファ同士よ