オレは基本、引きこもりである。そもそも、昨日が初めての外出だった。なのに、今日は王宮に行くらしい。
「なんも分からねぇ―!」
動揺のまま叫ばせてください。
ココは奥さま部屋。オレの部屋とされた場所だ。フリルやレースの洪水に気が遠くなりそうな中、デカい鏡の前にマーサとふたりで立っていた。
「ふふふ。ミカエルさまは元気ですね」
マーサはふくふくした笑顔を浮かべて、オレの身支度を手伝ってくれている。
でも、動揺のまま叫ばせてください。
「病気になりてぇー! つか、なるっ! 王宮なんていきたくなーい。国王さまに会うなんて無理―」
「まぁまぁ。うふふ。大丈夫ですよ。なんといっても旦那さまがご一緒ですから」
「アイツが一番、あてになんねぇー」
「あらあら。うふふ。ああ見えてルノワールさまは頼り甲斐のある方ですよ」
「えー、そうなの?」
オレは疑いの眼でマーサを見る。
「ふふふ。そうですよ。だから安心なさって下さいね」
鏡のなかで懐疑的な目を向けるオレにマーサは優しく微笑んだ。
小柄なマーサはオレの肩より小さい。
オレは育ち過ぎオメガで178センチくらいあるから、マーサは155センチあるかどうかくらいか。
オメガは本来、庇護欲をそそる小柄なタイプが多い。だから、男でもマーサくらい小柄なヤツもいると聞く。
オレはデカい。ベータの男でもオレよりも小柄なヤツはいるようだ。実際、セルジュはオレよりも小さい。
育ち過ぎたなオレ、って、鏡を見るたび思う。同時に、男だからこのくらい育って当然、とも思う。
兄たちはふたりともデカいから羨ましかった。
鏡は嫌いだ。どっちつかずのオレをそのまま映してしまうから。
「お似合いですわ、ミカエルさま」
鏡には、白いシャツにクラバット、グリーンにイエローがアクセントとなったウエストコート、グリーンのベルベットの膝丈ブリーチ、白の長靴下に黒のパンプスを身に付けたオレの姿が映っていた。
黄色の石がはまったチョーカーはクラバットの下に隠れてしまっているがそこにあり、オレを守ってくれている。
「この服はルノワールさまが子供の頃に着ていたものです。少し大きいかもしれませんが、よくお似合いです」
オレ、オメガとしては大きいんですけど。身長178センチくらいあるんですけど。
え? あいつ、子供の頃からデカかったの?
いまは、オレよりちょっとデカいくらいなのに?
「ミカエルさまはスッキリした体型でいらっしゃるから。ルノワールさまは、ああ見えて筋肉質なのですよ。剣術とか、体を動かすことがお好きなので。着やせするタイプですから、そうは見えないのですけどね。しっかり体を鍛えてらっしゃいますから、厚みがあるのです」
「そうなんだ」
そうかー。服のサイズは身長だけでは決まらないのかー。筋肉ー。あー、筋肉は。体を鍛えても付きにくいんだわ、オレ。
いいなー、アルファは。でも、鍛えて筋肉マッチョになると、余計にオメガっぽくなくなるなぁ。
筋肉マッチョオメガ。
需要あるのか?
オレはデカすぎだから襲われる心配とか必要ないだろうって言ったら、鍛え過ぎたアルファのなかには行き過ぎた変態もいるから気を付けなさい、って、兄さまたちは言ってたな。
だったら筋肉マッチョオメガにも需要はあるのか? いや、オメガとしての需要なんて、オレには必要ないけど。
必要ないけど、アルファにとって身長が高いだけのオレの体型ってローティーンくらいに見えてんの?
それだとヤバくない? 行き過ぎた変態のなかにローティーン好きがいたら、オレでもヤバくない? ……えっ?
バカって、どの辺のオメガが趣味なんだろ……。
思考が明後日の方向に飛んでったオレを安心させるようにマーサが言う。
「ですから、早々に着られなくなった子供の頃の服がたくさんあって。子供の頃といっても十年は経ってないですし。7、8年前くらいのモノかしら? 古いといっても子供服は大人のものより流行に左右されないモノが多いですからね。良い品ですし、今日のお出かけに十分対応できると思いますよ」
「……そうなんだ」
ゴメン、マーサ。オレ、そっちの心配は全くしてなかった。
「コートも合わせてみましょうか」
マーサが羽織らされたコートはグリーン。薄茶の髪に瞳、白い肌にグリーンを合わせたら植物っぽくない?
オレは鏡に映る自分をマジマジと眺めた。ひょろ長い体だから苗木みたい。
苗木といっても、ちっこくて可愛いのじゃなくて、早くおっきくなれよ、くらいのヤツな。
うーん。オレの見栄えってどんなもんなんだろう?
引きこもっていたから世間の目にさらされることもなくて楽だったけど。 いざ外に出るとなると不安がまとめてやってくる。
「ミカエルさまは、お綺麗ですよね」
「え?」
マーサに感嘆含みの溜息と共に言われた褒め言葉に、オレは驚いて声を上げた。
「少し癖のある薄茶の髪はふわふわしていて、瞳は琥珀のような飴色で。お綺麗なだけではなく可愛らしいです」
「そんなことは……」
「透明感があるのに輝いている瞳は、知的で無垢なイメージですわ」
「えっ? あっ? そう? でも、オメガっぽくないよね?」
褒められ慣れていないオレは思い切り動揺した。
そんなオレをニコニコと眺めながらマーサは言う。
「そんなことはないですよ。猫っぽくて魅力的です」
「えー。猫っぽいかなぁ、オレ」
「ふふ。お綺麗で可愛らしい上に色気があって。小悪魔っぽいです。小さくて可愛い庇護欲をそそるタイプのオメガではないだけで、ミカエルさまはオメガらしいオメガですよ」
「えー⁉」
オレは心底驚いた。
オメガらしくない、可愛くない、手間や金をかけても意味がない、など、否定的なことは言われ慣れていたが。
慣れないことを言われて、オレは目を見張った。
「支度は出来たかい?」
ルノワールがヒョコッと顔を出す。
「はい。ミカエルさまのお支度は整いました」
マーサは頭を下げると部屋から出て行った。
ルノワールは白いシャツにクラバット、白のウエストコートに白のトラウザー、黒のシューズといった装いだ。
長い銀髪は緩く三つ編みにして黒いベルベットのリボンを結び、左側に流している。
昨夜、全裸でベッドの上に横たわっていた人と同一人物に見えない。
とんでもなく貴族らしい紳士がそこにいた。
「ふふ。その服、似合うね。可愛い」
「……」
さらっと褒めやがりましたよ。バカのくせに。バカのくせに――――。
オレはポンッと頬と耳の辺りが熱くなるのを感じた。
「じゃ、出かけようか」
ルノワールは腕を差し出した。
「もー。行きたくなーい」
オレはその腕をさりげなく無視して。服の上からチョーカーをそっと触ると、奥さま部屋を後にした。