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第8話

 冷遇花嫁への道、一直線か?

 と、思ったが。

 旦那さまは姿を見せないけれど、セルジュとマーサが世話してくれるし、オレは自分のことは自分で出来るタイプの貴族だから困らない。

 ご飯くれるし部屋もあるから冷遇でも困ることはなさそうだ。

 シェリング侯爵の前当主と前奥方さまは亡くなっているそうなので嫁姑問題も起きない。

 あれ? わりとオレの待遇って良くない?

 冷静に考えてみて状況は思っていたほど悪くないと気付いたオレは、すっかりくつろいだ気分になった。

 そうなると人間とは現金なもので、腹がグゥと鳴った。

 どんな状況でも腹は減る。

 食事は部屋に運んでもらった。

 知らない家で主人もいないのに食堂でとるのは抵抗があったからだ。

 ランバート伯爵家でも使用人との接触は最低限。

 食事も自室に持ってきてもらってひとりでとるか、家族と一緒に食堂でとるか、どちらかだ。

 家族、ってなかには二人の兄しか入らないけどな。まぁ、そんな感じで生活をしていた。

 ひとりでの食事には慣れているから問題なしだ。

 夕食は軽いものにして貰った。オムレツにスープ、サラダにパン。朝食みたいなメニューだ。

 違いは、デザートくらいか。コーヒーと一緒にケーキの盛り合わせが出てきた。

 リンゴのシブーストにプリン、マカロンにクッキー。プリンには飾りにチェリーが乗っかっている。

 ……なんかこう、アレだ。間に合わせで悪いけど結婚のお祝いに甘い物を寄せ集めてみました感があるヤツだ。

 ちょっといたたまれない気分になった。

 侯爵家のシェフは腕が良いから全て美味しかったけど。食材にも金がかかってる。

 コーヒーなんかも、コレ良いヤツですよね? って味がした。

 シェフにはシェフのこだわりとか矜持とかあるんだろうな、なんて思ったり。

 なんか急に結婚なんて大イベントが決まってしまってスミマセン、みたいな気分になった。

 いや、オレのせいじゃないんだけどね。王命だから。悪いの王さまだから。

 などと思ったところで居心地の悪さは変わらない。他所のお宅で何やってんだろオレ、って気分は変わらない。

 部屋は広いから、ココから出られなくても息苦しさはない。

 デカいベッドがドーンと中央に置いてあっても余裕のある広さなんだが、どのくらいあるんだろうココ。

 しかも天蓋付きのベッドには、フリッフリのカーテンが下がっている。

 レースとフリルのお化けみたいなカーテンだから、これだけでも圧迫感あるのに。

 色は白なんだけど細かく花柄が入ってみたり、金や銀の刺繍が入っていたりと豪華だ。

 力入りすぎてる上に、それがベッドにかかってるんで妙に気恥ずかしい。

 いや、ココをそういう目的で使うとは限らないけどね。奥さま部屋だし。

 あー、奥さま部屋ってことで窓辺のカーテンもすんごいから。

 余裕のある生地尺でドレープはたっぷり、そこにレースにフリルをあしらった白いカーテンと、光を遮る厚地のピンク系のカーテンが掛かっている。

 厚地のカーテンが、また暑苦しくて重そうなヤツなんだが、コレが。

 花柄というか刺繍で柄もびっちり入ってるしフリルとか付いてるし、なんかとっても重そう。しかも女性的。

 なんだこの可愛いと綺麗と金持ちの余裕みたいなものが組み合わさったカーテン。夏場、絶対暑苦しいぞ。

 家具も女性的で美しい。壁紙が花柄とか、ホント落ち着かない。白とかクリーム色とかピンクとか色使いがそもそも落ち着かない。

 赤とか緑とか青とか、どうってことない色なのに微妙なニュアンスで絶妙に男が落ち着かない部屋を作れる天才が居るに違いない。

 そう思えるような部屋なんだ、ココは。この奥さま部屋は。

「ふはぁ~あ。落ち着かねぇ~」

 ひとりきりでつぶやいたところで解決策のひとつも出てこない。まぁ、解決法なんてそもそもないんだが。

「……あー風呂にでも入るかな」

 夜だしな。スッキリした気分で寝てしまおう。

 そう決めたオレはひとり浴室へ向かった。

 マーサが一通り部屋を案内してくれたし使い方も教えてくれたから。ひとりでできるもん。

 脱衣所で実家から着てきた服を脱ぐ。バスローブとかタオルとか、パジャマや下着なんかも既に用意されていた。

 なんかちょっといたたまれない。落ち着かない気分で首元を探れば、噛み付き防止のチョーカーが指先に当たる。

 すがるように触って、ちょっとだけ落ち着く。

 オレのチョーカーは一般的な物とは違って魔法もかけてあるし、魔法道具も仕込んである。

 コレがあれば、滅多な目に遭うことはない。オレはチョーカー以外のものを脱ぎ捨てて風呂場へと向かった。

 扉を開けて思わずつぶやく。

「やっぱ広いな」

 風呂場が広い。浴槽も広い。無駄に広い。

「金持ちなんだなぁ~」

 備え付けられた石鹸の匂いなど嗅いでみる。

「いい匂い~」

 とは思うけど。

「浴槽に薔薇の花びらはやりすぎだろ?」

 思わず笑う。

 ピンクや赤の花びらがお湯の上でゆらゆらしていた。マーサが準備してくれたのだろうか。

 オレをもてなすためか、それとも何かを期待してか。どっちかな。どっちもかもしれないな。

 オレはオメガだし。嬉しいような、いたたまれないような。

 いやでも、そこまでは考えてないだろう王命だし、急だし、みたいな複雑な思いが色々と心のなかで乱れ飛ぶ。

 風呂なのにリラックスできない。風呂の意味~、は、どっちにしろあるか。

「まぁ、考えてたってなるようにしかならないしー」

 わしゃわしゃーと頭にお湯をかぶる。備え付けのシャンプーはオレンジ系の良い匂いがした。

「コレを使ったらオレの猫っ毛も、ふわふわツルツルすべすべのサラッサラになるのかなぁ」

 いや、ふわふわツルツルすべすべのサラッサラってどういう状態?

 などと自分の言葉にツッコミを入れながら泡立てたシャンプーを頭に乗っける。

 わっしわっしと頭を洗って、体をジャバジャバと洗って、ザババーっと湯をかぶって、全身を綺麗にしてから湯船に浸かる。

「ふわぁ~。いい気持ち~。このままシェリング侯爵さまが現れなきゃ、ここは天国かもしれないなぁ」

 お湯の力は偉大だ。オレは広い湯船でひとりきりを堪能した。

 世の中、なるようにしかならないし。

 悪い方にいくとは限らないじゃん? 

 鼻歌混じりにそう思ったオレは、とんだ甘ちゃんだったことを後に知ることになるのだった。

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