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第7話

 夜も更けてまいりましたが案の定、オレの旦那さまになるシェリング侯爵は顔を見せない。

「ま、白い結婚も悪くないよね」

 白くない結婚の方が問題あるし。うん。

 オレは広いベッドの上に寝転がって天蓋を見上げた。オレのベッドよりも升目が細かい。

 ……いや、今日からコッチがオレのベッドか。なんだか急展開すぎて理解が追いつかない。

 奥さま部屋に案内されて早々に帰ってしまった次兄は、オレの部屋にある転移魔法陣と、この部屋に設置したものとを繋いでくれただろうか。

 早くもランバート伯爵家の住み慣れた部屋に帰りたい。とはいえ、初日に帰るわけにもいかない。

 そもそも、転移魔法陣を設置したのは帰るためではなく、仕事を続けるためである。

 急な結婚で自分の物を持ち込むことが難しかった。身の回りの物なんてどうでもいいが、仕事に使う物となれば話は違う。

 仕事をするとなれば、それなりの道具が必要だ。

 それをシェリング侯爵家に全て持ち込むような時間的な余裕なんてなかった。

 道具を持ち込むならシェリング侯爵に許可を貰う必要もある。そもそも道具を持ち込むには、この奥さま部屋では狭い。

 なんかイロイロと面倒だが仕事を続けないという選択肢はない。

「どうしても仕事を辞めろって言われたら、オレは逃げるからな」

 ひとりごちる。小さな呟きではあるが大きな決心だ。仕事はオレの存在意義と同等の重さがあると言っていい。

 幸せなんて分からない。

 オレが幸せであれば母が自分の命と引き換えにオレを産んだ意味がある。そう兄たちは言うが。

 どうなれば幸せか。そんな難しいことオレには分からない。

 お母さまの命を奪ってまで生まれた己の価値を見いだすのに一番手っ取り早いのが仕事だ。仕事には価値がある。

 他人の役に立っているという実感がある。金も手に出来る。自立することが出来る。

 オレの価値を実感するのに一番よい手段が、仕事だ。

 幸せを追求するより、仕事をしたほうがいい。

 分かりにくい幸せの追求よりも、分かりやすいオレの価値の証明。

 人生にオレが求めているのはソレだ。幸せなんてどうだっていい。

 どうだっていいけど、不幸にはなりたくない。

 結婚と幸せはイコールでは結ばれない。

 不幸とイコールで結ばれているわけでもないだろうが、現状、オレの結婚はそっち側に近い気がする。

 結婚と不幸をイコールで結ばないためには、冷遇されるくらいがちょうどよいかもしれない。

 王命による突然の結婚だから準備が間に合わない、スケジュール組めない、ってのは分かるけど。

 それはオレも同じよ?

 次兄が帰ったあと、家令のセルジュは侍女のマーサを紹介してくれた。

 オレの世話をしてくれる人だそうだ。マーサは白髪交じりの優しそうな感じの女性だ。

 髪と瞳も茶色という馴染み深い色をしている。オレの髪と瞳は父譲りの淡い茶色だが長兄は濃い目の茶色だ。

 マーサの色は長兄に近い。それだけでマーサへの親しみを感じる。

 オレって単純だから。小柄で細身なマーサはお仕着せのような服装をしていた。

 白のヘッドトレスに白襟の付いた紺色のワンピース。白いエプロン。圧迫感のない話やすそうな人という印象。

 ベータでセルジュの奥さんでもあるらしい。オレがオメガだから、性的な刺激に敏感な若者は避けたそうだ。

 この部屋に案内されている間に使用人を見かけることはなかったが、どうやらそれも配慮されてのことだったらしい。

「護衛もしっかり配置していますので安心してお過ごしください」

 セルジュはそう言っていた。セキュリティは大切だ。

 外から来た犯罪者を防ぐのはもちろん、内部犯を出さないのも大切なことだ。

 兄さまたちの手ほどきでオメガにしては鍛えられているオレではあるが、ムキムキマッチョな若い護衛に襲い掛かられたらひとたまりもない。

 その辺も経験豊富な妻帯者の護衛をつけたり、魔法道具と組み合わせたりと対策してあるから大丈夫と言われた。

 まぁ、それを説明するのは家令のセルジュの役目じゃなくて、旦那さまであるシェリング侯爵の役目だとオレは思うがな。

 セルジュやマーサも思う所があるのか、苦笑しながら色々と説明してくれた。

 王命による急な結婚だから、仕方ないのかもしれない。

 でもでもでも……と、モゾモゾする辺りがオレの初心さなのか? よくわからん。

 期待しているわけでもなかったハズだが、ガッカリしているような気もするし。

 不安になっているような気もするし、安心しているような気もする。

 これで旦那さまであるシェリング侯爵が現れなければ白い結婚となるわけで。

 それはそれでオレにとっては楽なんじゃないか、とも思う。

 楽だとは思うがモゾモゾする。落ち着かない気分だ。

 オレはどっちを求めているんだろう?

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