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第6話

「うわぁ……立派なお屋敷~」

「うおぉぉぉ……お前、今日からココの女主人になるの?」

 オレと次兄は二人揃って到着先のお屋敷をほへぇーと見上げた。

 ニルヴァーナ王国は魔法の発達した国だ。そのため要所要所に転移魔法陣が設置されている。

 シェリング侯爵家前にも転移魔法陣が設置されていたので、それを使って移動したわけだが。

 うららかな春の午後。オレたちは素晴らしく豪華なお屋敷の門扉前に立っていた。

 現在は裕福だが歴史を大事にメンテナンス重視のランバート伯爵家に比べたら、シェリング侯爵の屋敷は豪華が過ぎる。

 門扉の向こうに玄関など見えない。門をくぐっても建物まで辿り着くまでに馬車が必要なくらい距離がある。

「すっげぇなぁ。広~い」

「屋敷から出なくても体力付きそう」

 黒い魔法使いローブをまとったデカい男とフリフリ多めの貴族服を着た二人組がギャーギャー騒ぎ、門扉で屋敷を守っている衛兵はそちらをギロリと睨んだ。

 いや、怪しい者じゃないし。そもそも来たくて来たわけじゃないし。求められているわけでもないのに言い訳が色々と浮かんでしまう、小心者のオレ。

 大人げなくはしゃくから目立つのは分かってるけど、しょうがねーじゃん。

 だって、初めての外出だもん。

「あー……お前は初めのお外だったか」

「うん。ずぅぅぅぅぅぅぅぅっと屋敷の中にいたから。正真正銘、初めてじゃない?」

「そうかー。そうだわー。お前、屋敷で生まれて……あー、そのまま出さずに育ったから、お外は初めてだわー」

「カンドーするべき?」

「んー、どうだろ? 好きにすれば? 僕はむしろ呆れている。お前にも兄さまにも、自分にも。なぜ外のことをもっと知るべきだと思わなかったんだ。護ることにばかり気を取られていたよ。なぜに初の外出が、嫁ぐ当日?」

「確かに。自分のことながら笑う~」

 異常だねぇ。

 さすがオメガ。

 闇が深い。

 門扉の向こうから白髪頭をカッチリ固めて燕尾服を着た紳士が声をかけてきた。

「お客さま。もしやランバート伯爵家の方でしょうか?」

「ああ、そうだけど」

 執事かな? と、思いながら雑に返すオレ。

 そう言えば、家族以外との会話って久しぶり。

 ジョエル兄さまは魔法省勤めだからか、オレよりはマシな社交性を見せた。

「ランバート伯爵家のジョエルとミカエルだ。シェリング侯爵家の方かな?」

「はい。申し遅れました。家令のセルジュと申します」

 シェリング侯爵家の家令、ジョエルが丁寧に頭を下げた。

「王命により今日からこちらで世話になるミカエルを送り届けにきた」

「話は伺っております。ようこそおいで下さいました。心より歓迎いたします」

「侯爵さまは?」

「主人はただいま留守にしておりまして。申し訳ございません」

 オレはふたりのやり取りを見ながら、これが大人の対応かぁ~、と、感心しながら見ていた。

 基本、家族としか会話はしないし、使用人とも距離をとってるからね。

 大人の会話とか、全然わからねぇーんだわ、オレ。

 今日から侯爵夫人らしいけど。

 どうしましょ、ホホホっ。

 ……ま、王命だから全部国王さまの責任だよな。

「こちらへどうぞ」

 セルジュの後に続いて建物を目指して歩く。

 使用人だからセルジュはベータだろう。身長はオレよりも低い。

 オレはオメガとしては大きくて178センチくらいあるからね。

 お年寄りだと身長が縮むし、オレよりも背が低くても不思議じゃない。

 でもさー。オメガが家令よりも背が高いってどうなの? って気はする。

 やっぱり外はモゾモゾする事が多いなぁ、と、思いつつ辺りを眺める。

 手入れの行き届いた屋敷だ。馬車が通る玄関へのアプローチは平に整えられているし、庭も美しい。

 馬車も上等そうだ。成金趣味ではないが、手間も金も掛かっていそうだなと眺めながら進んでいく。

 家屋は近付けば近付くほどデカい。

 我がランバート伯爵家の倍くらいの大きさかな? と、思ってた建物は四倍はありそうだ。しかも、離れとかあるし。

 ああ、これは金持ちだ。金の匂いがする。

 と、言っても、オレだって一応、稼いでいるからね。

 金の力になんて屈しないよ。はーはは。

 ……などと強がってみたり。

 もうね。本館入る前からオレはビビり倒していたけど。

 一歩中に入ったら、もう……なんなの、これ?

 安っぽさが見当たらない重厚さ。

 歴史は感じるけど、古ぼけていない。

 そして、上品。

 柱とか天井とか階段とか、黒に近い茶色なんだけど、照りが違うから。光っちゃってるから。

 暗さとか野暮ったさとか、ないから。

 絨毯も擦り切れてないし。シャンデリアとか下がってるし。

 そこに、なんかコレお高いんでしょ? って感じの花瓶とか絵とか。

 お約束の先祖肖像画も沢山あるし。

 もー。なんなのー、この家ー。まじビビる―。

「まずは奥さまのお部屋にご案内します」

「ふはぁい」

「僕も一緒に行くよ。弟の部屋に我が家と直通の転移魔法陣を設置したいから」

「承知しました」

 階段を上がってテクテク歩く。広い屋敷の中。通された部屋は、夫婦の寝室に繋がった奥さま部屋だった。

 夫婦の寝室を挟んだ反対側は旦那さまのお部屋らしい。

 なんか生々しい~。

 などと思いつつ通された部屋は、花柄やフリル、レースに溢れたピンクを基調とする……女性の部屋みたいな部屋だった。

「こちらをお使いください」

「……」

 オレは無口になり、隣でジョエル兄さまの肩が分かりやすく揺れている。

 おいッ。笑ってる場合じゃねーぞ。オレはココに住むらしいぞ。助けろ。

「えーと。我が家への転移魔法陣は、クローゼットの辺りにでも設置すればいいかな?」

「そうですね。なるべく事故のない場所にお願いします」

「……」

 おいっ、オレのことは無視かっ!

 ジョエル兄さまは、やるべきことを済ませると、さっさと魔法陣を起動して帰って行った。

 冷たい。おにーさま、冷たい。

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