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最終話 盾を手放すとぷんすか怒るヒーラーちゃん

「リラさん。俺、剣士になろうと思う」


「…………へっ?」


 俺からの突然の提案にリラさんは目を見開きながらキョトンと呆けている。


 その驚愕はなぜか怒りの眼光に変わっていった。


「……一応理由を聞いてあげます」


 なんでこの人ちょっと怒っているの?


 俺の剣士へのクラスチェンジがそんなに気に食わないってこと?


「いや、タンクとヒーラーってさ、どちらもパーティ補助が目的のクラスじゃん? これから俺たち二人だけでクエストをこなしていくんならアタッカーの存在が必要不可欠だと思うんだ」


 リラさんは俺以外とパーティを組まないと言っていた。

 その真意は恐らく大人数でのパーティに対する恐れがあるのだろう。

 追放という形でガイ達と別れたことがリラさんの心に大きな後遺症を残したのだ。

 ならば俺はリラさんの選択を尊重してあげたい。

 二人だけでパーティを組みたいのならそれに応じたクラスチェンジもまた必要だと思ったのだ。

 だけど——


「却下です」


「なんで!?」


 リラさんなら俺の意を汲んでくれると思っていたのだが、提案はあっさりと却下されてしまった。


「剣士なんて防御力の低いクラス駄目に決まっているじゃないですか! 死にたいんですか!?」


「タンクの次に防御が固いクラスだけど!?」


「だめだめだめ! 防御を下げるなんて駄目! 死んだら終わりなんですよ!?」


 確かに防御力が下がるのは痛いけど、それ以上に魅力的な攻撃スキルが手に入る。

 それに剣士とヒーラーの組み合わせならば二人だけでもやっていける編成だ。


「で、でも、俺が格好良く剣を奮う姿とか見せてあげたいし」


「誰にですか!? まさか愛人を作ったのではないでしょうね!?」


「リラさんに決まってるよ! どうして急に愛人とかいう話になってきたの!?」


「わ、私に格好良い姿を見せたいという気持ちは嬉しいですが、その必要はありません。バドさんに似合うのは盾です。剣ではありません」


 駄目だ。話が平行線だ。

 剣士、格好いいと思うけどなぁ。


「ほら。リラさんって剣士好きじゃん? 格好いい剣士と一緒にパーティ組めるんだよ?」


「……もしかして私が過去の失恋を引きずっていると思っているのですか?」


 うっ、眼光が怖い。

 地雷を踏んでしまったかもしれない。

 リラさんは無言で近づいてきて俺の右手に触れてきた。


 ギュム~~っ!!


「痛い痛い! どうして抓って来たの!?」


「ヒール」


 抓りながら回復を掛けてくるリラさん。

 瞬時に痛みが引くが、抓る手がそのままなので再び激痛が押し寄せる。

 一番痛みが伴う瞬間というのはダメージを受けた瞬間だ。

 その一番の激痛が何回も俺の右手に押し寄せてきていた。


「えぐいえぐいえぐい! 回復と抓りの合わせ技えぐいよ!」


「バドさんがクラスチェンジを諦めてくれるまでこの拷問は続きます。さあどうしますか?」


「わかった! わかったから! 剣士は諦めるから! タンクのままで居続けるから!」


「……ヒール」


 ギュムム~~っ!!


「なんで離してくれないの!?」


「過去の失恋を掘り出してきた罰です。私はもう次の恋を始めているんですから」


 まじかよ。

 女性は恋愛の切り替えが早いと聞くが、いくらなんでも早すぎでしょう。


「リラさん今好きな人いるの?」


「……はい?」


 いや、そこでなぜ心底不思議そうに首を傾げてきているの?

 なぜ唇を噛みながらプルプル震えているの?

 なぜ……今にも殺しそうな眼光で俺を見つめてきているのかな?


「冗談で言っていますよね?」


「えっ? なにが?」


 なんか話がかみ合っていない気がする。

 リラさんに新たな好きな人が出来たことはめでたいことだ。

 祝福してあげたいから殺意を向けてくるのを今すぐ辞めてもらいたいのだけど。


 ギュムムムム~!!


「痛い痛い痛い! リラさん! ヒール! ヒール忘れてるよ!」


「痛いのはこっちの心です! この間プロポーズしたばかりばのにどうしてもう忘れているのですか!」


「ぷ、プロポーズ!? いつ!? 誰と!?」


「バドさんとです! 私絶対に言いました! 『私の一生を貴方に捧げます』って!」


 うん。確かに言っていた。

 言っていたけど、アレは——


「一生俺とパーティ関係を築いてくれるっていう友愛の証じゃ……?」


「一生貴方と添い遂げますっていう愛の告白に決まっているじゃないですか!」


「ええええええええっ!!?」


「なんですか!? 『えええっ!?』って!」


「い、いや、まさかアレがそんな深い意味を持っていたなんて……」


「こっちがまさかです! どう考えても愛の告白だったのに友愛として受け取るとか、どんだけ鈍感野郎なんですか!」


「って、ちょっと待って!? リラさんが好きな人って……俺!?」


 ハッ! だからさっき『愛人』がどうのこうの言っていたのか。

 えっ? まって。じゃあ俺とリラさん交際しているってことになるの?


「なんで今気づくのですか! 先に『好き』って言ってくれたのバドさんじゃないですか!」


「ヒーラーとしての技術が好きって意味——あ、えと、なんでもないです」


「ですよねー? バドさん私のこと異性として『好き』なんですよねー?」


 圧が怖い。

 今さらながら俺は後に引けない立場にいるということを理解した。

 ええい! ならば乗ってやる! この桃色空気に!


「リラさん。俺はリラさんのこと好きだ。たぶん」


「たぶん!?」


「いや、リラさん普通に可愛いし、最近異常レベルに尽くしてくれるし、パートナーとして申し分ない女性だと思うよ?」


「じゃあいいじゃないですか! 結婚しましょう!」


「待って待って! えっとね? ほら、人生のパートナーってもっと慎重に選ばないといけないと思うんだ」


「バドさん以上の人なんているわけないです。バドさんは私と一生を過ごす運命です」


「いや、その、急な展開過ぎて俺の方が頭が追いついてないというか。正直今までそういう目でキミのことを見ていなかったから戸惑いが先行してしまって……」


 今まで『仲間』として見ていた人を急に『異性』と見るのは難しい。

 ましては『結婚』ともなるとさすがに待ったをかけずにはいられない。


「……わかりました。つまり、これから私に惚れさせればいいというわけですね?」


「えっ?」


「大丈夫。私達には時間はた~っぷりあるわけですから。これからゆっくり時間を掛けて貴方を私色に染めてみせます」


「そ、染められてしまうのか」


「私の愛の攻撃をしっかりと受け止めてくださいね。貴方はタンクなのですから」


「が、頑張ります」


 この日から俺はリラさんの愛を受け続けることになる。

 ちょっぴり重めなリラさんからの愛の特殊魔法。

 だけどそれは心地良い安らぎを齎すものであり、リラさんのヒールに似ているなと思わず苦笑を漏らしてしまう。

 幸せ色の魔法だった。

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