パーティには各々役割がある。
例えば俺なんかは分かりやすい。
敵の注意を引き付け、頑丈な身体を活かして攻撃を引き受けることがタンクである俺の役割だ。
「くっ……!」
スケルトンキングが一瞬で眼前にまで踏破してくる。
防御を完全に捨てた自滅覚悟の波状攻撃が俺の体力をガンガン減らす。
このままではまずい……!
「リラさん! 頼む! ヒールを!!」
俺が攻撃を引き受け、ヒーラーのリラさんが俺に回復を与える。
これがスタンダードなタンクとヒーラーの関係——
「いいえ。貴方ならまだまだ耐えられます。男の子なんだから我慢してください」
——なのだけど、俺の相棒は一筋縄ではいかないのだった。
スケルトンキングを撃破した俺たちパーティはダンジョンの深部へと足を勧める。
イケメン剣士のガイ、おっとり系魔法使いのリーシャが先導する。二人共俺の大切な仲間だ。
そしてもう一人の大切な仲間——ヒーラーのリラさんの隣を俺は歩いているのだが……
「あの、リラさん? ヒールをしていただけないでしょうか? さっきの戦闘で怪我した腕がめっちゃ痛いのですが……」
「いやです」
「…………」
ヒールを断るこのヒーラー。
他パーティではあり得ないであろうこのやり取り。
しかし、俺とリラさんの間では日常茶飯事のように行われてしまうのだ。
「ち、ちなみにどうしてヒールをして頂けないのでしょうか?」
「だって、バドさんまだまだHPに余裕ありますよね?」
「ま、まぁ、HPには余裕あるけど、痛いものは痛いというか……」
「今回復させちゃうとHPマックスになるじゃないですか」
「何か問題が!?」
「MPの無駄」
「…………」
そうなのだ。
俺の相方リラさんは『超節約厨』であり、中々ヒールを掛けてくれないのが特徴だった。
HPギリギリまで減らさせ、満身創痍のタイミングでようやくヒールを掛けてくれる——時もある。
掛けてくれない……時もある。
まぁ、わかるよ?
MP尽きたらヒールできなくなっちゃうもんね。
でもさぁ……
「ガイさん! 危ない! ヒール! 追いヒール!」
「追いヒール!?」
まさかのヒール重ね掛けに戦闘中にも関わらずガイは驚きの表情をリラさんに向けていた。
——これなのだ。
MPを節約している割に剣士のガイには過保護なくらいヒールを掛けまくる。
まぁ、あれだ。
結局の所、世の中顔がいいヤツが得をするということなんだろう。
ダンジョンは深部に潜るほど敵の強さも比例して上がってくる。
この階層でも上位手の魔物——『ロードヴァンパイア』と相まみえることになってしまっていた。
俺はいつものように魔物の注意を一身に引き受ける。
「今だ! ガイ!」
「ああ——!」
ガイは敵の背部に走り込み、ヴァンパイアの足元をスライディングで崩してから半円を描くようにショートソードを奔らせる。
——が、ガイの攻撃は一歩届かず、ヴァンパイアは体勢を崩したまま起用に飛翔して回避する。
同時にヴァンパイアの甲高い雄叫びが耳を貫く。
その声に反応するように土壌が大きく揺れ、土の中からスケルトンの大群が生み出されてきた。
敵の召喚魔法!?
慌てて俺はヘイトを高めてスケルトンの注意を集める。
だが、対応が一歩遅れてしまい、1匹のスケルトンがガイに棍撃を繰り出していた。
「くっ——!」
ガイは仰け反りながらバックステップで敵との間合いを取る。
剣を持つ手の甲から一筋の血が流れ出ていた。
一方俺はスケルトンの大群に加え、ロードヴァンパイアからの攻撃も一身に受け続けている。
HPがすごい勢いで減り続けている。このままだと以って十数秒か。
だけど俺には相棒がいる。
さすがのリラさんでもこの状況ならヒールを掛けてくれるだろう。
「リラさん! 頼む!」
懇願するように大声で叫ぶ。
リラさんはすでに呪文を唱え終えていた。
そして——
「ヒール!」
リラさんの回復魔法が——
『ガイ』の手の傷を癒していた。
……マジかよ。
満身創痍の俺よりも……かすり傷のガイを優先って……
そりゃあ……ないよ……リラさん。
俺のHPがみるみる減っていく。
意識が途絶えそうになったその瞬間——
ガイの持つ剣がロードヴァンパイアの胸を貫いている姿が映った。
ロードヴァンパイアとの一戦に辛くも勝利した俺たちはすぐにダンジョンから帰還した。
俺は意識を朦朧とさせながらガイに肩を貸してもらい、足を引きずらせながら帰り道を歩いた。
なんとか宿にたどり着くことができ、一息入れていると、リーシャがリラさんの眼前に塞がって表情を歪ませながら怒りの感情を向けていた。
「どうしてバドさんにヒールを掛けないのよ!!」
おっとり系魔法使いリーシャが珍しく声を荒げて激昂している。
「……ごめんなさい……MPが……もう……」
「……っ!!」
バチィンッ!!
リーシャの平手打ちが空間に乾いた音を響かせる。
驚きで俺とガイは思わず背筋が伸びきるように跳びあがった。
ビンタの大音に驚いたのではない。
内向的なリーシャが激昂したことに驚いたのだ。
「最っ低!! 好きな人にはヒールを掛けて、一番回復が必要な人は放置!?」
「…………」
項垂れながら沈黙するリラさん。
やっぱりそうだったのか。
今日の行動を見て半ば確信していたけど、リラさんはガイのことを好ましく思っている。
恋愛的な意味で……だろう。
だからこそヒールの優先度も俺よりガイの方が高かった。
ただそれだけのことだった。
「リラ。本当なのか?」
ガイもその場に立ち上がり、神妙な面持ちでリラさんに詰め寄っていた。
リラさんは無言でうつむいたままだ。
その顔色は青い。
目にうっすら涙も浮かんでいる。
雰囲気は重い。
想いが伝わったことで甘い雰囲気になる様子は一切感じ受けなかった。
「ガイさん、バドさん。私、もう無理。前々から思っていたけどリラさんはヒーラーとして……いえ、人間として問題あると思う」
「分かってる。その件は今決着をつけよう」
雰囲気で察することができた。
ガイはパーティリーダーとして非情な決断をこの場で下そうとしている。
「リラ。まず最初に言っておくが僕はキミの気持ちに応えるつもりはない」
リラさんの肩がビクッと震えた。
瞳にたまった涙がポタリと床に落ちる。
「キミはパーティの為にMPを節約していると思っていたのに違ったんだな。ただ単に私情で動き、その勝手な行動で仲間を窮地に追いやった。その仲間は今も痛手を負っている」
リラさんと目が合った。
泣き顔のまま申し訳なさそうに俺を見つめてくる。
「キミは後衛だから知らないだろう。HPが減った状態というのは常に物凄い激痛が奔るんだ。血を流していても、骨が折れていても癒してもらえない。MP節約という名目でキミは仲間に激痛を我慢させていたんだぞ」
「……っ!」
ガイの言葉に顔面蒼白になるリラさん。
ガイ……それだけは言うなって言ったのに。
「キミに大切な仲間の命を預けることはできない。ヒールを怠るヒーラーなんて……いらない」
「……っ!」
やっぱり、こういうことになるか。
ガイの目は決意に満ちている。
もう俺には彼を止めることはできないだろう。
「パーティリーダーとして権限を発動する。リラ=シーラス。今、この瞬間をもって、キミをパーティから追放する」
「………………はい」
リラさんはゆっくりと立ち上がり、ガイとリーシャに向けて深いお辞儀をする。
最後に俺の前にゆっくりと歩みを進め、先ほどよりも深く頭を下げてきた。
「バドさん……ごめんなさい……ごめんなさい! 不精なお願いではありますが……MPが回復したら貴方の傷を私に治させてください。街を出る前に……どうか……私に!」
今までの態度からは考えられないほど殊勝な態度だった。
俺はその気持ちをありがたく受け取ることにする。
「うん。ぜひお願いするよ」
「……っ! あ、ありがとうございます!」
俺の言葉にリラさんは微かに微笑んだ。
リラさんはこの場からゆっくりと出ていこうとする。
そうだ。リラさんが出ていく前に俺も伝えないと。
「あっ、待って。俺もパーティから出ていくからリラさん玄関で待ってて」
「「「……はい?」」」