「わははははっ! お前、ずいぶん呑める奴だな! いいぞ、気に入った!」
「お前こそいい飲みっぷりだ。我に迫る者などそうおらんぞ!」
突然ではあるがトリクスとキュオラも加わり、〈ソルオリエンス〉の宴が始まった。メインディッシュは俺が提案したチーズフォンデュで、大鍋でぐつぐつと溶けたチーズが煮えている。そこに各々が串に刺した野菜や肉、海鮮といった具材を突っ込んでいくスタイルだ。
何はともあれ、宴が始まれば酒が出る。あれほどトリクスを警戒していたカウダは、あっという間に赤ら顔の上機嫌になって、二人で仲良く肩を組んで盃を交わしていた。
「あいつらどんだけ飲むんだ……」
「剣闘士なんて何かと理由をつけて酒を煽る生き物だからな。むしろトリクスが強くて驚いたよ」
陽気に笑い声を上げる女たちを見ながらチビチビと薄いワインを呑んでいると、少し酒の回った様子のウルザが隣にやってきた。彼女の手には大皿があり、山のように積まれた食材にチーズが雑にかけられている。
「チーズフォンデュってそういうもんじゃないんだが……」
「チーズと一緒に食べるんならなんでも一緒だろ」
ウルザは串にも刺していないベーコンを摘み、チーズを拭うようにして纏わせて口に放り込む。せっかく体験型の楽しい料理を提案したと言うのに、風情もなにもあったもんじゃない。
「申し訳ありません、皆さん。仲間内の宴席に加わってしまって」
そこへジョッキと小皿を持ったキュオラがやってくる。すっかり剣闘士団に溶け込んだトリクスとは違い、彼女は部外者としての引け目を感じているようだった。
「いいさ。酒を飲む時は多い方がいいだろ」
「そう言っていただけると……」
ウルザが自分の皿から適当に食材のチーズがけをキュオラの方へと移す。いい感じに酒も回ってきたが、キュオラが遠慮してあまり食べてないことに気付いたのだろう。
「こっちこそ良かったのか。もう夜も遅いが」
「まあ、お母君が鬼のように怒るだけですので」
それは大丈夫なのだろうか……。
トリクスが貴族であることはなんとなく分かったが、彼女の母親――つまり一家の当主はずいぶんと厳格な性格であることも察せた。今日も鎖で椅子に縛り付けてでも勉強させようとしていたらしいし、彼女は将来を期待されているのだろう。
「……たまには息抜きも必要だと、私は思います。トリクス様もアレですが、普段は一応真面目に学問や礼儀、武術と多くのことを学んでおられますから」
それは側近として、というよりもトリクスの友としての言葉だった。
カウダたちと一緒に裸踊りを始めている獅子獣人を、狐獣人の女は優しげな目で見ている。
「息抜きに覗きや奴隷の物色はどうかと思うぞ」
「その点は重々言って聞かせますので」
ウルザのツッコミにキュオラは笑って答える。ちなみに覗きの件はしっかり母親にもバレたようで、ずいぶんこってりと絞られたらしい。
「ああ見えてあの方は、いわゆるご友人が少ない方なんですよ」
「そうなのか? あれだけ陽気なら、すぐに誰とでも仲良くなれると思うが」
カウダたちともすっかり打ち解けたトリクスを見ていると、キュオラの言葉もにわかには信じられない。
「貴族社会というのも色々複雑なものがあるのです。目には見えないしがらみや、古臭いしきたりなど、純粋な人同士の対話というものはなかなかできないようになっているのです」
そう語るキュオラもまた、立場としてはトリクスの従者だ。幼い頃から共に育ったとしても、生まれながらにしての立ち位置は大きく異なる。自身がそうだからこそ、彼女はトリクスの心境もよく理解していた。
「ウィリウスさんやウルザさん、〈ソルオリエンス〉の方々は、あの方にとって初めてのご友人です。立場や家柄といった制約のない、唯一無二の自由な関係なのです。――ですので、よければ今後も付き合っていただけると嬉しいです」
「言われなくても。まあ、俺たちは巡業剣闘士団だからな」
いつか別れる日はやってくる。それでも、それまでの時間は少しでも彼女と共に過ごしたい。
そのためにも、俺たちは本業に集中しなければならない。
「炎龍闘祭ももうすぐ始まるしな」
ウルザがぎゅっと拳を握る。
五年に一度、最強の剣闘士を決める大祭。その幕開けが迫っていた。帝都内の闘技場全ての立ち入りが禁止されているトリクスのためにも、俺たちは少しでも長く勝ち抜かねばならない。
「期待していますよ、ウィリウスさん」
キュオラがこちらへもたれかかってくる。そっと、獣人族にしては華奢な肩が触れ、少しどきりとしてしまった。
「おうおう。アタシらは眼中にないってか?」
「あ、いや。ウルザさんたちもモチロン応援しますよ!」
すぐにウルザが半目になって反対から身を寄せてくる。キュオラが慌てて取り繕うが、ウルザは俺の首に腕をかけてぐいと引き寄せる。彼女の横乳に頭が埋まり、ついでに首の骨が圧迫された。
「うごごっ」
「今年の炎龍王はアタシが獲る予定なんだ。賭けるんならアタシにしときな」
「ウルザ、し、しぬ!」
だめだ、こいつも酔いが回っている。バシバシと腕を叩いても、いっこうに気付かない。意識が落ちかけた、その時。
「うぇええええええいっ! ウルザも呑んでるぅぅぅ? お姉さんと一緒に呑み比べしましょうよぅ! うぇいうぇい!」
「うばーーーっ!? ちょ、リニカ!? 背骨が折れる!?」
するりとウルザの腹にピンクの尻尾が巻きつき、強引に椅子から引っ張り上げる。見れば顔をほのかに赤く染めたリニカが、大きな壺を傾けて直に一気飲みしていた。
団内一の酔っ払いに物理的に絡まれたウルザは悲鳴を上げるが、それを助けようとする者はいない。むしろカウダたちは面白がって、ウルザとリニカ、どちらが勝つか賭け始めている。
「……賑やかなところですね、ここは」
そんなカオスというほかない混迷極まる宴席を見渡して、キュオラが頬を引き攣らせる。
笑いの絶えないテーブルで、次々と料理と酒が消えていく。俺も少し酔いが回って、ふわふわとし始めた。そんなころ、何やらドミナがトリクスを誘って、奥の部屋へと消えていくのを見たような気がした。