最強の剣闘士を決める大祭のため、帝国領の各地から腕自慢の剣闘士たちが集結した。その数は千人をゆうに超えるものであり、当然、いちいちトーナメントをやっていてはいつまで経っても試合は終わらない。そんなわけで、炎龍闘祭初日から数日は帝都に点在するいくつかの闘技場で、同時並行的に選別が行われることとなっていた。
「さあ、ここに集まるは二十人の勇猛なる剣闘士たち! “怪力”フォルティスや“翠の鱗”のスクァマと、有力者も勢揃い! その中には男ながらに数多の女たちをのし倒してきた男傑、ウィリウスの姿もあるぞ!」
審判の調子のいい口上に客席から歓声があがる。その中には、無事に第一試合を勝ち抜いたウルザたちもいるはずだ。
炎龍闘祭の第一試合は実力者とそれ以外を大雑把に選別する乱戦だ。二十人の剣闘士が一箇所に並べられ、敵味方の区別もなく争う。このなかで第二試合に進めるのは、最後に立っていた一人だけ。つまり、祭りの参加者が千人程度から、五十人まで一気に減らされるわけだ。
「ウィリウス! 頑張れよ!」
「あんなババァども全員殴り倒しちゃえ!」
「うおおおっ! 我は応援しているぞ!」
客席から聞き覚えのある声がする。ウルザとフェレス、それにほっかむりをして変装したつもりになっているトリクスだ。正体を隠して闘技場に侵入した彼女は、すっかり興奮してしまってライオンの耳が完全にあらわになっている。
そんな彼女たちの声援を聞いていると、不思議と心が落ち着いてくる。二十人の剣闘士のうち、男は俺一人。否が応でも注目を集める。鼠獣人である“怪力”のフォルティスなどは一度戦った相手で、向こうも俺の実力はよく知っている。
十中八九、俺は開始直後に周囲から狙われるだろう。
「それでは、準備はいいか!?」
審判が俺たちを見下ろす。準備も何も、ここに集まった奴らは全員、昨日から闘志を昂らせているのだ。やれと言われた瞬間、動き出す。
「それでは――」
審判の手が高く掲げられる。楽団が準備をする。
俺は剣を握り、盾を構えた。周囲の筋肉ダルマのような女たちが、俺に鋭い視線を向けていた。
「始めっ!」
「どっせーーーーーーいっ!」
「ぬわーーーーーーっ!?」
審判が手を振り下ろし、ラッパが高らかに鳴り響く。
その瞬間、少々予想外なことが起きた。俺をじっと睨んでいた小柄な鼠獣人の剣闘士“怪力”のフォルティスが勢いよく身の丈ほどもある巨大な棍棒を振り回したのだ。
俺に飛びかかろうとしていた剣闘士たちは不意打ちを喰らい、勢いよく吹き飛ぶ。身長2メートル越えの女たちをまとめて吹き飛ばすのだから、さすがの怪力といったところか。
いきなり場内が一掃され、観客席も騒然となる。
「助けてくれたのか?」
「勘違いするな。お前にばかり気を取られて背後が隙だらけになった雑魚を払っただけのことだ」
小柄ながらも武人のような迫力を纏う剣闘士が、ふんと鼻息を荒くする。俺も彼女も敵同士であることには変わりない。だが、試合中に協力してはならないという規則もない。
「優しいんだな、あんた」
「ちゅっ!? そ、そういうわけではないと言っているだろう!」
「分かってる――よっ!」
顔を赤くしてこちらへ振り返るフォルティスの腕を引き、胸元へと手繰り寄せる。彼女は何か悲鳴をあげているようだったが、直後自分がいた場所に勢いよく剣が振り下ろされるのを見て耳を立てた。
「ちぃっ! ちょこまかと動きやがって!」
フォルティスの背後から攻め込んできた枝角を生やした鹿獣人の剣闘士が悪態をつく。
「ごちゃごちゃ言ってる暇があるのか」
「なにっ!? ぐわっ!?」
素早く女の側へと詰め寄り、剣を走らせる。体を切るのは後々禍根を残す。狙うのは胸当てを支えるベルトだ。丈夫な革のベルトも、勢いをつけた剣の切先で撫でれば簡単に切れる。
「きゃあああっ!?」
ぼろん、と胸が露わになり、鹿獣人は慌てて胸を腕で隠す。胸を露出させることに対する羞恥心は薄いだろうが、そもそも刃物が飛び交う戦場で胸当てを失うことは致命傷に等しいのだ。
「こ、このヒトオスめ! よくも! 試合が終わったら部屋に引き摺り込んでヒンヒン言わせてやろうか!」
「敵を見誤るなよ、この愚か者が!」
「ぐわーーーーっ!」
怒りと共に注意をこちらに向けた瞬間、憤怒の表情を浮かべたフォルティスが槌を叩き込む。勢いよく吹き飛んだ鹿獣人はそのまま気絶してしまった。
「ふんっ」
「次々来るぞ。気をつけろ!」
「言われずとも!」
俺とフォルティスは一時的に背中を預け合う。お互い体格で周囲に圧倒的に劣る者同士、せめて死角を補わなければならなかった。
しかしフォルティスの身のこなしは以前戦った時よりもはるかに洗練されている。自身の重心の低さや体重の軽さを十分に活用し、敵の足元をくぐり抜けるようにして翻弄するのだ。そうして向こうがバランスを崩した瞬間、大槌が容赦なく叩き込んで意識を刈り取る。その様は疾風のようだった。
「ケヒャヒャヒャ! ヒトオスがこんなところに紛れ込んでるとはなぁ! お姉さんと遊ぼうぜぇ!」
「せぇいっ!」
「ケヒャーーーッ!?」
俺も負けてはいられない。人間族の男と侮ってくれる相手ならまだやりやすい。相手の得物を叩き落として、そのまま投げ飛ばせば、大体沈む体。
「男剣闘士ウィリウス。テメェ、なかなかやるらしいな!」
「くっ」
厄介なのは、純粋に俺の力量だけを見定めてくる奴だ。
現れたのは立派なツノを持つ犀獣人の剣闘士。その手には分厚い戦斧が握られている。純粋に体も大きく、あれを投げ飛ばすのは骨が折れそうだ。物理的に。
「せああああああっ!」
大声を上げながら斧が振り下ろされる。あれに当たれば腕ぐらい吹き飛ぶだろう。規則らしい規則もない剣闘では、命を失うことすら許容される。
フォルティスも屈強な象獣人と対峙しているようで、助けは期待できない。
「いや、甘えたこと言ってる場合じゃないな」
頭をふり、弛んだ思考を振り払う。フォルティスも最後には敵になるのだ。彼女を頼るわけにはいかない。
「はぁっ! どうしたウィリウス! もうへばったのか!」
「冗談!」
犀獣人の弱点は、強いて言うならば動きが遅いこと。とはいえ、表皮は鎧のように分厚く丈夫で、おそらくこの剣すら通らない。力も強く、あの戦斧で巨岩を砕くこともできるはずだ。
生身で重戦車と対峙しているような絶望感がある。
「ウィリウス! 踏ん張れ!」
「やっちゃえ!」
「うおおおおおおおおっ!」
どこからか声援が聞こえる。
少なくとも、孤立無援ではない。ならば――。
「せあああっ!」
再び犀獣人が斧を振り下ろす。それが砂地に深く食い込んだ瞬間を狙い、走り出す。斧の頭に足を乗せ、長い柄を駆け上る。我ながら曲芸のようなことをしているが、犀の方がよほど驚いている。慌てて斧を振り上げようとするが、むしろ走りやすくなるだけだ。
「何を!」
「ハグだよ。そら」
「あふっ」
兜を被った犀獣人の頭へと飛びかかり、太い首に腕を回す。一瞬色っぽい吐息が聞こえた気がするが、関係はない。俺はするりと勢いを利用して首を絞める。
「おぎゅっ!?」
妙な声をあげて、犀の巨体が揺れる。俺が砂の上に着地すると同時に、白目を剥いた巨女の体がどしんと落ちた。
トリクスの盛大な咆哮を聞きながら、俺は次々と殺到する敵へ意識を向けた。