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第51話 ケジメ

 【美佐side】


 あれから私は忙しい日々を過ごしている。

 まずは指輪だ! クリスマスに間に合わせるには早く注文しなきゃ。前から考えていたから、候補は何個かに絞ってはある。出来ればずっと付けていて欲しいからシンプルで飽きないのがいいな。でも雫には可愛いのも似合うだろうな。

 あーでもないこーでもないと悩む私に、恵さんは呆れた様子だ。

「こっちの事はいいから、早く行っといで」

 札幌まで出て、そこでもギリギリまで迷って注文を終えれば、今度はどうやってプロポーズするかで悩む。いや、もうサプライズでもないから、隠す必要はないんだけれど、一生に一度のことだから思い出に残したいじゃない?

「そんなの気持ちがこもっていれば、どんな形でも嬉しいんじゃない?」

 やっぱり恵さんは冷めた表情で言う。


「それより新居はどうするの?」

 思い出したように恵さんが尋ねる。

「えっ?」

「え?」

「ここで一緒に暮らすけど、だめ?」

「あ、そうなの? 私は大歓迎だけど、二人きりじゃなくていいの?」

「うん、雫がそうしたいって言うから」

「そう、幸せものだね美佐さん」

 本当にそうだと思う。

「ありがとう、恵さん」

 落ち着いた声で、そう伝えれば。

「どうしたの、改まって」

 と、照れている。

「なんというか、ほら、ケジメっていうやつーー」

 言いかけてハタと気づいた、大切なこと。


 留守にする間の諸々をいろいろ調整していたため、結局ギリギリになってしまったが。

 クリスマスイブに、私は再び雫の元へ飛んだ。




「いらっしゃい」

「お邪魔します」

「寒かったでしょ」

「ううん、こっちは暖かい」

「そっか、向こうは毎年ホワイトクリスマスかぁ」

 促されて炬燵に入る。


 部屋を見渡して気付いた。

「荷物、少なくなってる?」

「要らないものは、だいぶ処分したよ」

 年内で退社した雫は、年が明けてから引っ越しをする予定をしている。

「そうそう、年明けには法事があってバタバタするから、その前にご両親に挨拶したいんだけど、都合どうかな?」

「えっ、うちの親? いいよ、そんなの」

「いや、良くないでしょ」

「電話で話したし」

「なんて?」

「北海道で好きな人と暮らすって」

「ーーそう、でも、それなら尚更挨拶した方が……。雫、私はねこの先ずっと雫と生きていくつもりなの。だからもう雫を返せないから、だからやっぱり挨拶、させて」

「ーーわかった。みーちゃん」

 雫の目が潤んでいる。

「ん?」

「プロポーズしてくれて、ありがとう」

「えっ?」

「え、違うの?」


「ごめん、順番間違えた」

 慌てる私を見て、雫はケラケラと笑う。

 私は鞄から包みを取り出し、雫に渡す。

「雫、これ。えっと……私と一緒に……あの、お願いします」

 さっきはスラスラと出てきた言葉が、今は思うように出てこない。

 あぁ、情けない。

「開けていい?」

 雫は嬉しそうに包みを開けて、出てきたペアの指輪を見つめる。

 嬉しい……そう呟いて、顔を上げる。

「みーちゃん、ありがとう」

「あ、うん」

「嵌めて」

 キラキラした笑顔でお願いをされる。

「ん」

 ここは、決めなきゃ!

 雫の手を取って、ススっと滑らす。

 うん、サイズもピッタリだ。

「雫、幸せに……してください」

 クスリと笑って、雫は答える。

「はい、幸せになりましょう」

 そう言いながら、今度は私の指にも嵌めてくれた。

 やばい、泣きそうだ。

「ありがとう」

 自然と重なる唇で、永遠の愛を誓う。



【雫side】


「みーちゃん、急だけど明後日でいい?」

 クリスマスらしくケーキを食べてまったりした後、みーちゃんの入浴中に両親に連絡を取った。

 善は急げというか、みーちゃんも忙しそうだからこのまま二人で向かった方がロスが少ないと思ったのだ。

 幸い、両親はいつでもいいと言ってくれているし。

「ん、いいよ」

 そう言った、みーちゃんの声はいつも通りだったのに。


 翌日はクリスマスで、私は恋人らしくムフフな展開を期待していた。それなのにみーちゃんったら。

 両親への挨拶の事で頭がいっぱいらしい。今から緊張してどうするんだろ。

 難しい顔をして一人でブツブツと何か言っている。こっそり近付いて聞き耳を立てると「ーー必要な存在」とか「ーーかけがえのない大切な」なんて。こっちが赤面してしまうけれど。

 こういう真剣なところも可愛らしい。

 ふいにバックハグをしたらビクついて、その後フニャリとする。

「みーちゃん、大丈夫だよ。いざとなったら駆け落ちすればいいんだから」

 私が軽い気持ちで言えば、泣きそうな表情で振り返る。

「ごめん、冗談だよ。うちの親は理解あるから大丈夫って言いたかったの」

 真剣に考えてくれている人に対しいう言葉ではなかったな。みーちゃんは親と絶縁する悲しさを知っている人だから特にだ。

「ううん、安心してもらえるように少しでもしっかりしたくて」

 歳のわりに頼りないでしょ、と俯いてしまう。

 全くもう! この人は、こうやっていつも私の弱いところを押してくる。

 私は今度は、正面からガバッと抱きしめる。

「そういうところが大好きだよ」




 一年ぶりの実家だった。


「まぁまぁ、ようこそ」

「よぐきたなぁ~」

 両親の歓迎は専らみーちゃんに対するものだ。

「ほら、これ食べな」

「こっちのも美味しいよ」

 食事の時も、あれやこれやと忙しない。

 相変わらず、賑やかな両親だ。

「あ、はい。ありがとうございます」

 緊張しながら、勧められるまま食べているみーちゃん。大丈夫かな、ちょっと苦しそう。

「それで、美佐さんは北海道で旅館を?」

「はい」

「いいわねぇ、お父さん旅行に行きましょうよ。家族割り引きなんてあるのかしら?」

「それはもちろんいつでも。お代なんていりませーー」

「来るなら正規の代金でどうぞ!」

 いつでも! なんて言ったら、本当に何回も来そうだから牽制しておく。

「もう雫は厳しいわね」

「そういう訳だから、よろしく。はい、話は終了」

 この両親のペースに合わせてたら、いつまで経っても終わらないため、無理やり終わらせた。元々反対なんてされていないし、なんなら早く嫁に行ってくれと常々口にしていた両親だから。

「あぁ、はいはい。美佐さん、よろしくね」

「え、あ、はい」

 みーちゃんは呆然としていた。


 その後も話好きの両親の質問攻めにあいながらも、少しは緊張もとけたみたいで笑い声も聞こえるようになった。

「そうだ! 今夜はリビングにお布団敷いて四人で寝ましょう」

 突拍子のない母の提案。

「はっ、なんで?」

「いいな、そうしよう」

「いいですねぇ」

 私の言葉は完全に無視され、話が進んでいく。

「それじゃお父さん、炬燵を片付けて」

「私も手伝います」

 みーちゃんまで……



 すっかり打ち解けて、話をし続ける両親。みーちゃんも嫌な顔はしていないから、まぁ放っておこう。

 私は布団に横たわり、話に加わることもなく目を閉じた。

 話題はころころ変わり、今は美容関係か? 髪の手入れやら肌の手入れの仕方をみーちゃんに聞いているが、今さら何をどうするんだ、母親よ。

「そうそう、最近腸活にハマってるのよ」

「腸活ですか、乳酸菌とか?」

 今度は健康編かよ。私は聞きながらも寝返りを打つ。

「そうなの、でも毎日飲んでいたのが品薄になっちゃってね、代わりはないかなって」

「飲み物だったら甘酒もいいんじゃないですか? 食べ物なら納豆とかキムチとか」

「あら、甘酒は美味しいしいいわね、お父さんも好きだし」

「俺は便秘なんてしたことないぞ」

「あらお父さん、腸活は便のコントロールだけじゃなくて、免疫も高めるから健康にいいんですよ、もちろん美容にもね」

「ほぉ、そうなのか」


「美佐さん、一つだけお願いがあるの。くれぐれも長生きしてちょうだいね」

 突然、母の口調が変わったので驚いたが、そのまま私は目を閉じていた。

「え?」

 みーちゃんも驚いたようだ。

「うん、そうだな。雫はこう見えて寂しがりやだからな」

「え、あっ、はい。一日でも長く一緒にいられるよう長生きします」

「よろしく頼みます」

 見えていないけれど、父の声は涙ぐんでいた。

「お父さん、私も長生きしますからね。明日の朝は甘酒ね」

 母の声は明るかった。


 結局、私は目を開けることなくそのまま眠りに落ちた。

 一回くらいなら、家族割り引きしてもいいかなと思いながら。


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