「あら、私宛て?」
誰もいないのに声に出してしまった。
差出人が雫さんだから間違いかと思ったけど、確かに宛名は私だ。
一般的なA4サイズの封筒、中から出てきたのは履歴書だった。
夜には電話がかかってきて話をする事が出来た。
「本来なら直接伺わないといけないのに、すみません」
「それはいいけど、どういうこと?」
「今の会社を退社する予定で、就職活動中なんです」
「ということは他にも?」
「いえ、御社一択で」
ふふ、もう可愛いことをするんだから。
「美佐さんには内緒よね?」
「ええ、まぁ。プレッシャーかけたくないですし。それに美佐さん関係なく、私がそちらで働けるか恵さんに判断してもらいたくて。迷惑なら遠慮なく言ってください。一応、海外のお客様でも対応出来るように英語も勉強しましたし、短大で経済を勉強しました。コンサルティングに興味があって中小企業診断士の資格を取ろうと勉強中です。あと、今営業担当なので、ささやかですが人脈も少々ーー」徐々に早口になっている。
「ん、わかったわかった」
本当は半分もわかっていなかったけど、雫さんの熱い想いは伝わってくるから。
どうしてもウチに来たい、というか美佐さんと一緒になりたいってことでしょ?
「少し時間をもらってもいい?」
「はい」
「あと、雫さんがウチに来て何をしたいか、この旅館をどういう風にしていきたいか、まとめて提出してくれる?」
「はい、わかりました」
あら、なんだか先生みたいだわ。なんだか楽しい。
電話を終えてキッチンへ行くと、ちょうど美佐さんもやってきた。
「寒いわよね、お茶飲む?」
「いただきます」
あらこちらは、わかりやすく落ち込んでいる。
先日、ケアマネから連絡があって、お義母さんの施設入所が出来なくなったのだ。なんでも虐待が疑われて緊急性の高い入居希望者が現れたため、部屋が埋まってしまったとのこと。
それはしょうがないよねぇと二人で納得はしたものの、美佐さんはまだ諦めきれないようで、他の施設をあたっているらしい。今日も見学に行っていたようだ。
「大丈夫? 疲れてるみたいだけど」
「うん、なかなか見つからないし、さっき雫に電話したら話し中だったし、はぁ……」
誰と話してんだろ、と溜息を漏らしていた。
あ、それ私だ。
「ねぇ、美佐さん。私は無理に施設入所しなくてもいいと思うんだけど」
「ダメよ」と言うものの、揺れ動いているようにもみえた。
「無理しないでね、お茶飲んだらもう一度電話してみたら?」
「そうだねぇ、そうする」
美佐さんを元気にするには、雫さんに任せるのが一番だ。
「早いもので、もう師走だねぇ」
買い物へ行くと、あちこちでそんな挨拶が交わされる。
雪は降り積もり、少し暖かくなった。
降り始めの11月の方が寒かったりするのだ。
雫さんからは、かなりの枚数のレポート用紙が届いており、昨日ようやく読み終えた。
美佐さんはというと、最近、更に元気がない。
旅館の方はスキー客がいるが、夏よりは少ないので忙しくはない。
お義母さんの施設入所の件に進展はない。
「最近、雫さんとはどう?」
「どうって?」
明らかに、この話題が嫌だって雰囲気を醸し出している。
元気がない理由はそこかな。
「仲良くやってるかなぁって思って」
美佐さんは、はぁ〜と大きなため息を一つ。
「実はあんまり話せてない。最近ね、雫の態度がそっけないんだ」
「忙しいんじゃないの?」
「そうだね、仕事以外でも何かしてるみたいだし……こんなんでプロポーズしてもなーー」
最後は独り言みたいだった。
「ねぇ、ちょっと飲まない? 良いお酒入ったんだよ、寒いし熱燗でさ」
愚痴なら聞いてあげるよと、強引に誘った。
場所を移して、コタツで熱燗をチビチビやる。
「振られるのが怖いの?」
そんなことは100%ありえないと知っているので、揶揄うように発した言葉だった。
「うぅ」
なのに、美佐さんはうなだれた。
「あら、図星だったの?」
「恵さんって意地悪なんですね」
少し酔いも入って、半泣きだ。
「大丈夫よ、自信もって! 雫さん、美佐さんのこと大好きだから」
「なんで、わかるんですかぁ」
「それは……なんとなく」
「適当なこと言わないでよ、雫を失ったら私……どうやって生きていけばーー」
「はぁ、もう。ちょっと待ってて」
勝手に見せるのはどうかと思うけど、致し方ない。
ウダウダ言ってる義妹にカツを入れるために、部屋からレポート用紙を持ち出した。
「これ、読んでみて」
「なぁに?」
読み始めると、酔いも醒めたようで真剣な顔になる。
「何これ、雫が?」
「美佐さん、一度ちゃんと話しておいで」
少し早い冬休みよーーと言って送り出した。