「どうしたの? 改まって」
不思議そうな表情の恵さんに、思っている事を伝える……はずだった。
「えっと、あの」
「あっそうだ、プリン食べる?」
「あ、ん」
「美佐さんは、くまざさ味でいい?」
「はい」
「それで?」
「美味しい」
「うん安定の美味しさだね、じゃなくてさぁ」
呆れた顔で私を見ながら、そんなに言いにくい事? と首を傾げた。
「あのね、私……雫にプロポーズしたいと思ってるの」
「あぁ、はい」
え、何この反応……もっと驚くと思ったんだけど。
「二人を見てたらそろそろかなぁと思ったよ?」
「そ、そう?」
「うん、お似合いだったよ。まぁ、うちはどうにでもなるからさ、二人で幸せになって欲しいし、聡志さんもそう思ってるはずだし」
少し寂しそうだけど、恵さんは笑っている。
「あ、私はここをやめないよ。雫に来てもらうつもり」
「そうなの? こんな離島に……」
恵さんは、自分のことでもないのに不安そうだ。
「だって、それがネックになってプロポーズ断られたら美佐さん泣いちゃうでしょ」なんて言う。
「それはそうだけど、たぶん大丈夫」
私は雫に、いつか迎えに行くと約束をした。私がここを離れられない事情は知っているはずだから、そのつもりだと思うけれど。
もちろん人の気持ちは変わるし、仕事が充実していればもしかしたら断られる事もあるかもしれない。
でも、その時はまた話し合って、遠距離を続けるかどうするか……とにかく、別れることだけは考えられない。別れないよ、絶対ーーやだ、別れたくない。
妄想が暴走しはじめた。
「美佐さん、大丈夫? 泣きそうじゃない?」
「もう、恵さんが変なこと言うから」
「ごめん」
「それで恵さん、本題なんだけど」
「へ、今までのは前振りなの?」
「あのね、プロポーズの前にしておきたいことがあって、それが……なんというか、言いにくいんだけど」
一旦口を閉じた私を、恵さんは静かに見つめていた。
「お母さんを施設に入れたいの」
私の言葉を咀嚼するように、恵さんはゆっくり頷いていた。
「そう……でも、どうして? 雫さんとお義母さん、仲良さそうだったじゃない」
「だから余計にだよ、この前は良かったけど、ずっと調子いいわけじゃない、悪い時を知ったらどう思うか。それにーー」
この先を恵さんに言ってもいいだろうか、躊躇する。
「それに? そこまで言ったらぶっちゃけてよ」
なかなか言い出せない私に、軽い感じで促してくれる。
「私、雫にはこの仕事もあの人の介護もさせたくはないの、苦労させたくないから。でも近くにいたら雫はきっと関わろうとする。だから施設に入れたいと思ってるーー恵さんには申し訳ないと思ってるんだけど」
最後の言葉は消え入りそうに小さくなってしまったが……
「私は苦労だなんて思ってないけど、そうね、そう思う気持ちもわかるわねぇ」
その後しばらく黙り込んで、そして言った。
「そっかわかった。でも、美佐さんはそれでいいの? 後悔しない?」
「はい、費用のことは私がなんとかします」
「ん、じゃ、そのへんも踏まえてケアマネさんに相談してみようか」
「ありがとう、恵さん」
「美佐さん、この書類書いて欲しいんだって」
恵さんが封筒から取り出した用紙には『特例入所』の文字があった。
要介護2の人でも、認知症や虐待などの特別な事情があれば入所することが可能らしい。施設で委員会を設置し入所の可否を判定するとのこと。
「この書類が重要なんじゃ?」
緊張しながら、記入していく。
「今の状況だったら入れそうってケアマネさんは言ってたよ、決定するのは11月らしいんだけど」
「そっか」
「決まってから入居の手続きやらなんやらで……プロポーズはクリスマスあたりかなぁ」なんて言うもんだから。
恵さん、先走りすぎですよと牽制しながらも、それもいいなぁなんて考えていた。