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第46話 サマードリーム・美佐side

 いつも通りの午後だった。

「お客さんを迎えに行くから、帰ってきたら案内お願いね」

 恵さんが念を押して出掛けて行った。

 いつものことなのに何故だろうと思ったけど、特に気にはしていなかった。


 驚いた。

 雫がお客としてやってきたから。


 そんなこと、一言も言ってなかったよね。予約なしで来るわけないだろうからーーあ、恵さん! 知ってたの?

 そういえば、「お付き合いしてる人の名前は?」って聞かれた事があったっけ。


 最初は驚きの感情が強かったけど、じわじわと嬉しさが込み上げてきた。

 ずっと会えなかったから。


 もちろん、ずっと会いたかった。

 会いに来てって言いたかった。

 でも、一度キャンセルしてるから。

 会いに来てもらう予定を立てたのに、母の入院という理由はあったにせよドタキャンしてしまったから。

 もう、あんな辛い思いはさせたくないし、したくない。

 だから誘えなかった。


「みーちゃんは、嬉しくない? 迷惑だったかな」

 頬を触られながら上目遣いで言われた。

 嬉しいに決まっている。

 私も雫に触れー-ようとしたら、拒否られた。

 なんでだ、今、そういう雰囲気だったよね?

 再会のキスはお預け?

「仕事中でしょ」って、雫は案外そういうところ、お堅いのかもしれない。

 いや、ただ単に旅行に来たのか、一人旅を満喫したいのか?

 とっとと、一人でドライブへ行ってしまった。


 夕食の準備をしていても、頭の中は雫の事でいっぱいだった。

 さっきから、恵さんがチラチラと私を見ながら何か言いたそうにしている。

「なんですか?」

「いや別に」と言いながらニヤニヤしてるから、開き直ってみる。

「雫、可愛いでしょ?」

「そうね、いい子そうだし。でも、そんな美佐さんも可愛いわよ。ふふっ……あ、配膳終わったら休憩に入ってね」

「えっ」

 いつもとは違うけど、何かあったっけ?

「えっ、一人で食べさせる気?」

「あっ、ありがとう」


 恵さんの配慮もあって、雫と一緒にご飯を食べた。下善や片付け等の仕事も残っていたから、ゆっくりは出来なかったけれど、雫も喜んでくれていたみたいだった。


 早いところ今日の仕事を片付けて、ゆっくり雫と話をしたい。だが、そんな時ほど上手くいかないもので、母が癇癪を起こしたりして、なかなか寝付かなかった。


 遅い時間だったので、もう寝てるかも。さすがに寝込みを襲うような真似は出来ず、いつものようにメッセージを送る。良かった、起きてた。部屋へ行って抱きしめる。もう仕事中じゃないから雫も怒らないよね。

 雫の顔を見たら、どう見ても寝起きの顔だ。それでも寝てないって言うって、私に会いたかったってことでいいんだよね。もう、そういうところも大好きだよ雫。




 抱きしめたまま、横になったらすぐに寝ついた。またキスはお預けだけれど、この寝顔はそれ以上の価値がある。

 雫の温かさ、雫の匂い、私の腕の中に雫がいる奇跡。雫の存在をずっと感じていたい。

 そう思っていたのに、私もウトウトしてしまって気付けば明け方だった。名残惜しいけど、そろそろ行かなきゃ。勝手にしたら、また怒るかな? 眠っているからノーカンだよね、寝顔にキスをして布団を出た。よし、これで一日頑張れる。


朝の仕事が一番厳しい。時間に追われバタバタと忙しない。それでも今日は……

 現金なもので、雫の姿をチラッと見かけただけでなんだかやる気に満ちている。そんなテンションで朝ご飯も一緒に食べて、買い出しにも一緒に行く約束を取り付けた。都合良すぎるかもしれないが、雫も嬉しそうに「行く」って言ってくれたからいいよね。


 時間になって、迎えに行ったら雫は部屋にいなかった。連絡をしたら、驚く事を言われた。慌ててそこへ行って見た光景を、私はきっと一生忘れないと思う。

 本当に今回は、雫に驚かされてばかりだ。

 何をどうしたら初対面の母と雫が仲良くお茶を飲んでいるのか。後で聞いたら、会ったのは偶然だったみたいだけど、それよりも母の穏やかな表情が不思議でならなかった。あんな顔もするんだなと。


 その日は結局、いろいろ手伝ってもらってしまった。名物のラーメンはご馳走したけれど、観光らしい観光は出来なかったな。私の、一緒にいたいという我儘に付き合わせてしまったけれど、雫は嫌な顔ひとつせず、いつもニコニコしていた。


 そしてもう一度、今度は意図的に母に会わせた。

 あぁ、やっぱりだ。

 母のあの笑顔、雫とのやり取り。

 なんだなんだ、あの人も雫が大好きなんじゃないか。


 もしも母が認知症でなかったら、私の彼女だと紹介してただろうか、いや、そもそも認知症でなかったなら、私はここにいないだろうし、遠距離恋愛もしてないけれど。きっと雫は母に会いたいと言い、会ったらあんな感じで打ち解けてしまうのだろう。

 そんな気がする。


 そして、その夜。

 ようやくキスをされた。

 求められ、受け入れ、そして求めた。

 初めて会ったあの夜のように、私は雫に夢中になる。

 何度でも恋に落ちる。



 だが、時間は無情だ。

 楽しかった時間はあっという間に過ぎ別れの時が来る。

 恵さんに頼んで、見送りをさせてもらった。

 いろいろと、想いを話そうと思っていたのに、胸がいっぱいで言葉ではなく涙が出てくる。あぁ、情けない。


「大丈夫だからって」私の背中をさする雫が大人びて見える。

 今回、雫と一緒にいて時々感じた頼もしさ。


 私は誘うのを躊躇っていたのに、雫は一人でこの地にやってきた。

 一人でも大丈夫って観光へ出かけ、笑顔で帰ってきた。

 私が何ヶ月もかかった母の笑顔を一瞬で手に入れていた。

 不安を溢せば、肯定も否定もせずそっと手を握ってくれる。


 私が日々同じことを繰り返している間に、雫は成長し、強い大人の女性となっている。


 私も、このままじゃいけないな。


 飛び立つ飛行機を眺めながら、決意を固めていた。



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