目覚めたら、やっぱり一人だった。
みーちゃんだって寝不足なはずなのに、お客さんの朝ごはんの準備のためにしっかり起きるとは、その辺りはプロだなぁと思う。
寝不足の原因は私だから、後で謝っておこう。
あ、でも。午前中の飛行機で帰るから、もしかしたらゆっくり話す時間ないかもなぁ。そんな事を考えながらノロノロと身支度をした。
「おはようございます」
朝食を運んでくれたのは恵さんだった。
「ごめんね、今日はバタバタしてて一人で食べてもらわなきゃ」
「いえいえ、元々一人旅なので大丈夫です。それより何かあったんですか? もしかしてみーちゃんが寝坊とか?」
恵さんはキョトンとして、「ううん、違うわよ、週末に入るから土曜日は大体こんな感じよ」と言い。
「そうやって、いつも心配してるんだぁ、可愛い」と微笑むから、顔から火が出そうになった。
ゆっくり食事をした後は、まだ時間に余裕はあったけど、楽しかった旅を振り返りながら出発の準備をした。
そういえば、ずっと天気が良かったなぁ。私、晴れ女かも。
そういえば、お土産買ってないや。空港で買えばいいか。
「雫、準備出来てる?」
「えっ、みーちゃん? 出来てるけど」
突然やってきたみーちゃんは、女将姿ではなく普段着だ。
「とりあえずこれ、お土産。持って行って」
「え、いいの?」
何種類かの名物が入っていた。
ありがとうと、素直に受け取った。
「それでね、ちょっと早いけどもう出てもいいかな?」
「えっ?」
予定では、恵さんが飛行機の時間に合わせて送ってくれるはずだったけれど。
「私が、送っていきたいから。先に寄るところがあって早めに出たいんだ。駄目かなぁ」
駄目なわけーーあるわけない。
「嬉しい……」
目頭が熱くなったのを誤魔化すために、お土産をバッグにしまった。
「じゃ、行こうか」
車へ近づくと、後部座席に尚美さんが座っていた。挨拶をして隣に座ると相変わらずニコニコとしている。
みーちゃんの運転で出発した。
「今日からショートステイなのよ」
みーちゃんが説明してくれた。
尚美さんは月曜日まで施設に入るとのこと。
「あ、お泊まり?」
「そう」
当の尚美さんは、窓の外の景色を眺めているようだった。
島内にある施設だから、それほど長い時間ではなかったと思う。あれ? と思った。到着した時、尚美さんの笑顔が消えていたから。そういえば会ってからずっと笑顔しか見ていなかったな。
「こんにちはぁ」
施設のスタッフが迎えてくれて、尚美さんは入って行った。一度だけ振り返った。なんだか寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
助手席に移動して空港へ向かった。
時間には余裕があった。
小さな空港なので、割と静かだ。
「みーちゃん、さっきね。尚美さん、寂しそうに見えたの」
「そう? 嫌がる日もあれば、喜んで行く日もあって、よくわからない。自分の母親なのにね」
そう言うみーちゃんも、寂しそうで。
なんと言えば良いのかわからなくて、そっと手を握った。
みーちゃんも握り返してくれて、しばらくは無言で手を繋いでいた。
「そういえば、ごめんね」
「何が?」
「みーちゃん、眠いよね。私は飛行機で眠れるけど、みーちゃんはお仕事なのに昨夜はその……」
みーちゃんはクスクス笑い出した。
「めちゃくちゃスッキリ目覚めたよ。あんなことされて元気にならないわけないでしょ、雫の愛が私のパワーの源なんだよ」
うわっ、またサラッとそういう事を言うんだから。顔が熱くてしょうがないじゃないかぁ。
一人であたふたしていたら。
「雫、いろいろありがとう」
とびきり優しい声音だ。
あぁ、そろそろお別れの時間か。
「こちらこそ、ありがとう。楽しかった」
「またーー」
言いかけていた言葉が不自然に止まった。
え? みーちゃんが泣いていた。
「みーちゃん?」
「ごめん」
「大丈夫だよ」
私たちは大丈夫。
いろんな事を乗り越えてきたから。
これからだって、何があっても乗り越えていける。
「大丈夫だから、ねっ」
ゆっくりと背中をさすった。
「そろそろ時間だね」
みーちゃんも落ち着いたようで、最後は笑顔で見送ってくれた。
みーちゃん、私だってそうだよ。
みーちゃんの大きな愛が、私の生きる糧になってるんだから。
窓の外には、二日前と同じように、大きな山が鎮座していた。