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第35話 ホワイトラブ・1

「白い」

 窓から外を眺めるとオフホワイトの世界だった。三月も後半に入ったというのに細かな雪が降っていた。

 飛行機を降り電車を乗り継ぎ、初めて訪れた北の街。

「広い」

 白い息とともに溢れ、とてつもない不安に襲われた。

 指定された場所に間違いはない。でもこんなに広くて、こんなに多くの人がいる中で……あ、見つけた!

 そんな不安は、一瞬で晴れた。

 見間違えようがない、みーちゃんだ。


※※※


 先日、チームで取り組んでいた案件が一段落した。それなりの成果があって上は喜んでいた。私に対しても、事務方の力も大いに役立っているんだよと、労ってくれた。縁の下の力持ちだよなぁ、うん。などど、上機嫌な上司だった。

 何度か休日出勤をしたこともあり、平日でも休みを取って良いとのお達しがあり、私は連休を取った。春らしい暖かい日も増える三月に。


「それで連休を取ったんだけど、会いに行ったら迷惑かな?」

 電話口で、そう言った。

 忙しければ仕事の邪魔をするつもりはないが、出来れば一目だけでも……会いたいな、なんて思う。

「いつだっけ?」

 正確な日程を伝えると、少し待って! と言われた。明日、返事をするからと。

 みーちゃんが忙しいのは分かっているし、だから即答できないのかもしれないけど。

 でも……会いたいって思ってるのは私だけなの?

「雫?」

 信じてないわけじゃない。

 あの手紙を読んでるから、私のことを大切に思ってくれているのは分かってる。でもなんで……会いたいって言ってくれないの? 今はまだ会うには早すぎるってこと?

「聞いてる?」

「あ、うん。ちょっと眠くなっちゃった」

 わざとあくびをして、涙声を誤魔化した。



 翌日は淡々と仕事を終え駅へと急いでいた。日が暮れると気温がグッと下がって指先から冷えてくる。いつも通っている街がなんだか賑やかだと思ったら、そうか今日はホワイトデーだったか。

 家に着いてお風呂に浸かりながら考えていた。

 あぁ、また私のダメなところが出てきている。

 いつも、そう。相手の気持ちとか考えないで、自分の思ったことを押し付けてしまう。私が会いたいからって、相手にも会いたいって言って欲しいなんて。我儘にも程がある。

「みーちゃん」

 浴室に、呟いた私の声がこだました。


 のぼせそうになって慌てて浴室を出た。お水を飲みながらスマホを手に取ると、みーちゃんからのメッセージが届いていて、ファイルが添付されていた。

「何これ」

 開こうとしたら、折りよく着信が入った。

「みーちゃん?」

「雫! 今いい?」

「うん、お風呂から出たところ」

「良かった。あのね、来週札幌に行く予定があって、日程調整したから」

「ん? 日程?」

「あ、まだ見てないのか。雫のお休みに合わせて札幌に出ようと思って。一日目に用事を済ませれば、あとの二日はフリーだから、札幌まで来てもらえるかな?」

「え、えぇ?」

「ほら、ちょっと遅れるけどホワイトデーだし? デートしよ。雫に会いたい」

「やだ、どうしよ。嬉しい」

「良かった。ホテルとか空港からの乗り継ぎとか、詳しくことはさっき送ったファイルに入ってるから、チケットもこっちで手配するから」

「いいの?」

「雫は会いに来てくれるだけでいいからね」

「楽しみすぎて……眠れないかも」

「寝坊しないでよ」

「遠足前の夜みたいだ」


※※※



 たくさんの人々が行き交う中で、ひときわ輝いて見えた。

 みーちゃんが手を振って歩いてくる。

「雫、久しぶり」

「みーちゃん……太った?」

 それまでの笑顔が歪んだ。

「いきなり、それ言う?」

「あはは、ごめんごめん。でも褒めてるんだよ、健康的で綺麗だよ」

 前会った時は、痩せていたというか、やつれていたから。

「なんかね、最近ご飯が美味しくてね。つい食べ過ぎちゃう」

 無意識だろうか、お腹を撫でている。

「私もだよ、幸せ太りってやつだね」

 ようやく私の大好きな笑顔が戻った。

 さりげなく私の荷物を持ってくれて、ゆっくり歩き出す。

「でもさぁ、二十代の体重増加とアラサーのそれは種類が違うんだよ」

「どう違うの?」

「脂肪が付く場所とか、落ち方とか」

「落とさなくてもいいよ、私そういうの好きだから」

「え、雫ってデブ専だった?」

「みーちゃん限定でね」

「なんの話してんだか」

 歩きながら隣をチラッと見れば、みーちゃんの耳が赤くなっていた。

「ホテルは近くだから、まず荷物を置いてからご飯食べに行こうか」

「はぁい」

 ホテルの部屋に入り荷物を整理する。

 みーちゃんはスーツからカジュアルな服に着替えていた。

「ごめん、ちょっと電話だけさせて」

 と言い、ベランダへ向かおうとする。

「いいよ、ここでどうぞ」

 私は洗面所へ行き顔を洗った。

「あ、恵さんーーうん、今合流してホテルに入ったよ。で、銀行の方はーー」

 微かにみーちゃんの声を聞きながらお化粧を直した。


「よし、じゃ行こうか。雫、何が食べたい? 雫?」

 部屋に入った時から気付いてた。

「みーちゃん、この部屋って……」

「あっ、あのね。ツインを取ろうと思ったんだけど、空いてなくてね。ほら、学生さん達が春休みでしょ? それでかな」

 いきなり早口になったところをみると、言い訳っぽいな。ジッと目を見て無言でいたら。

「ごめん、嘘。敢えてダブルの部屋を取りました。あ、でも。よこしまな気持ちはないの、ほんと。ただ、せっかくだから触れ合って眠りたいなって思って」

「ふぅん、ないんだ。ふぅん」

「え、あっ、え?」

「みーちゃん、私ラーメンが食べたい。早く行こ」

「うん」


「うわぁ、綺麗だね」

 外に出ると、一旦止んでいた雪が降り出していた。

「雫、転ばないでよ」

 薄っすらと積もった道を見て、このくらいが一番滑りやすいんだと言う。

「この街は白が似合うね、うわっ」

「ほら、空を見上げてないで、ちゃんと足元見てよ」

 尻餅をつく前に、みーちゃんに抱えられた。

「はぁい」

 その後は自然に手を繋ぎ、真っ直ぐな道を歩いた。


「このまま、どこまでも歩いて行けそうだ」

「いや、ラーメン屋さんまでよ?」

 そんな現実を言うみーちゃんを睨んだが、心は幸せで満ちていた。


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