「白い」
窓から外を眺めるとオフホワイトの世界だった。三月も後半に入ったというのに細かな雪が降っていた。
飛行機を降り電車を乗り継ぎ、初めて訪れた北の街。
「広い」
白い息とともに溢れ、とてつもない不安に襲われた。
指定された場所に間違いはない。でもこんなに広くて、こんなに多くの人がいる中で……あ、見つけた!
そんな不安は、一瞬で晴れた。
見間違えようがない、みーちゃんだ。
※※※
先日、チームで取り組んでいた案件が一段落した。それなりの成果があって上は喜んでいた。私に対しても、事務方の力も大いに役立っているんだよと、労ってくれた。縁の下の力持ちだよなぁ、うん。などど、上機嫌な上司だった。
何度か休日出勤をしたこともあり、平日でも休みを取って良いとのお達しがあり、私は連休を取った。春らしい暖かい日も増える三月に。
「それで連休を取ったんだけど、会いに行ったら迷惑かな?」
電話口で、そう言った。
忙しければ仕事の邪魔をするつもりはないが、出来れば一目だけでも……会いたいな、なんて思う。
「いつだっけ?」
正確な日程を伝えると、少し待って! と言われた。明日、返事をするからと。
みーちゃんが忙しいのは分かっているし、だから即答できないのかもしれないけど。
でも……会いたいって思ってるのは私だけなの?
「雫?」
信じてないわけじゃない。
あの手紙を読んでるから、私のことを大切に思ってくれているのは分かってる。でもなんで……会いたいって言ってくれないの? 今はまだ会うには早すぎるってこと?
「聞いてる?」
「あ、うん。ちょっと眠くなっちゃった」
わざとあくびをして、涙声を誤魔化した。
翌日は淡々と仕事を終え駅へと急いでいた。日が暮れると気温がグッと下がって指先から冷えてくる。いつも通っている街がなんだか賑やかだと思ったら、そうか今日はホワイトデーだったか。
家に着いてお風呂に浸かりながら考えていた。
あぁ、また私のダメなところが出てきている。
いつも、そう。相手の気持ちとか考えないで、自分の思ったことを押し付けてしまう。私が会いたいからって、相手にも会いたいって言って欲しいなんて。我儘にも程がある。
「みーちゃん」
浴室に、呟いた私の声がこだました。
のぼせそうになって慌てて浴室を出た。お水を飲みながらスマホを手に取ると、みーちゃんからのメッセージが届いていて、ファイルが添付されていた。
「何これ」
開こうとしたら、折りよく着信が入った。
「みーちゃん?」
「雫! 今いい?」
「うん、お風呂から出たところ」
「良かった。あのね、来週札幌に行く予定があって、日程調整したから」
「ん? 日程?」
「あ、まだ見てないのか。雫のお休みに合わせて札幌に出ようと思って。一日目に用事を済ませれば、あとの二日はフリーだから、札幌まで来てもらえるかな?」
「え、えぇ?」
「ほら、ちょっと遅れるけどホワイトデーだし? デートしよ。雫に会いたい」
「やだ、どうしよ。嬉しい」
「良かった。ホテルとか空港からの乗り継ぎとか、詳しくことはさっき送ったファイルに入ってるから、チケットもこっちで手配するから」
「いいの?」
「雫は会いに来てくれるだけでいいからね」
「楽しみすぎて……眠れないかも」
「寝坊しないでよ」
「遠足前の夜みたいだ」
※※※
たくさんの人々が行き交う中で、ひときわ輝いて見えた。
みーちゃんが手を振って歩いてくる。
「雫、久しぶり」
「みーちゃん……太った?」
それまでの笑顔が歪んだ。
「いきなり、それ言う?」
「あはは、ごめんごめん。でも褒めてるんだよ、健康的で綺麗だよ」
前会った時は、痩せていたというか、やつれていたから。
「なんかね、最近ご飯が美味しくてね。つい食べ過ぎちゃう」
無意識だろうか、お腹を撫でている。
「私もだよ、幸せ太りってやつだね」
ようやく私の大好きな笑顔が戻った。
さりげなく私の荷物を持ってくれて、ゆっくり歩き出す。
「でもさぁ、二十代の体重増加とアラサーのそれは種類が違うんだよ」
「どう違うの?」
「脂肪が付く場所とか、落ち方とか」
「落とさなくてもいいよ、私そういうの好きだから」
「え、雫ってデブ専だった?」
「みーちゃん限定でね」
「なんの話してんだか」
歩きながら隣をチラッと見れば、みーちゃんの耳が赤くなっていた。
「ホテルは近くだから、まず荷物を置いてからご飯食べに行こうか」
「はぁい」
ホテルの部屋に入り荷物を整理する。
みーちゃんはスーツからカジュアルな服に着替えていた。
「ごめん、ちょっと電話だけさせて」
と言い、ベランダへ向かおうとする。
「いいよ、ここでどうぞ」
私は洗面所へ行き顔を洗った。
「あ、恵さんーーうん、今合流してホテルに入ったよ。で、銀行の方はーー」
微かにみーちゃんの声を聞きながらお化粧を直した。
「よし、じゃ行こうか。雫、何が食べたい? 雫?」
部屋に入った時から気付いてた。
「みーちゃん、この部屋って……」
「あっ、あのね。ツインを取ろうと思ったんだけど、空いてなくてね。ほら、学生さん達が春休みでしょ? それでかな」
いきなり早口になったところをみると、言い訳っぽいな。ジッと目を見て無言でいたら。
「ごめん、嘘。敢えてダブルの部屋を取りました。あ、でも。よこしまな気持ちはないの、ほんと。ただ、せっかくだから触れ合って眠りたいなって思って」
「ふぅん、ないんだ。ふぅん」
「え、あっ、え?」
「みーちゃん、私ラーメンが食べたい。早く行こ」
「うん」
「うわぁ、綺麗だね」
外に出ると、一旦止んでいた雪が降り出していた。
「雫、転ばないでよ」
薄っすらと積もった道を見て、このくらいが一番滑りやすいんだと言う。
「この街は白が似合うね、うわっ」
「ほら、空を見上げてないで、ちゃんと足元見てよ」
尻餅をつく前に、みーちゃんに抱えられた。
「はぁい」
その後は自然に手を繋ぎ、真っ直ぐな道を歩いた。
「このまま、どこまでも歩いて行けそうだ」
「いや、ラーメン屋さんまでよ?」
そんな現実を言うみーちゃんを睨んだが、心は幸せで満ちていた。