「前にも言ったけどさ、その子が出て行ってくれたから、私と紗奈は今こうして二人でいられるんだよ、私は感謝してるよ」
余裕な顔をして彼女は笑う。
年に一度、私の過去の恋バナを肴にされる。私の誕生日なのに、理不尽だ。
それもこれも、毎年バースディカードを送ってくる元カノであり親友の、しーちゃんのせいだ。
「まぁでも、私の大事な紗奈を一度でも泣かせたのは許せないかなぁ」
そう言いながら、私の頭をグルグルと撫でる。もう酔いがまわっているみたいだ。
「私は泣いてませんよ」
「嘘だぁ」
「なんで?」
「だって、敬語だもの」
え、嘘つくとき敬語になる? ほんとに?
あの日--しーちゃんがあの人に会いに行った日も、私の誕生日だった。しーちゃんの好きにすれば良いと言って送り出したのは私だ。だから文句なんて言えない。それでも、ほんの少しだけ期待していた。私のところに帰ってきてくれるんじゃないかって。
夜遅く帰ってきたしーちゃんの顔を見た時に、その期待は脆くも崩れたことを悟った。
必死に話をしよう、謝ろう、とするしーちゃんを無視して拒絶した。初めてだったよね、そんなこと。私が、しーちゃんから離れるなんて。でも、あの時はああするしかなかった。絶望とか腹立たしさとか、そんな感情が渦巻いていたのもあったけど、しーちゃんの顔がまともに見れなかった。自業自得だと思ったんだ。
しーちゃんがボロボロになって私を頼ってくれた時、嬉しかった。辛くて悲しいのは知っていても、このままでいて欲しい、元気にならなくてもいいとさえ願ってしまったから、バチが当たったんだと思えて。
「へぇ、そんなこと思ってたんだ」
「私、案外腹黒いんですよ」
「ほら、やっぱり敬語」
「あっ」
ふふふと笑って、今度は顔を撫で始めた。そろそろ眠くなるかもしれないな。
「可愛い子だったよね?」
「そう? 一瞬しか会ってないのに覚えてるの?」
「あ、逃げ出したのは私だったね。懐かしいな」
しーちゃんが出て行った日から1年、全くの音信不通だったしーちゃんが突然現れた。彼女を家に招待した日だったから、ちょうど帰った時に鉢合わせをした。
しーちゃんは、ずっと気にしていたんだと思う。私が別れ話を聞くのを拒否したこと。しーちゃんは、そういう子だ。私はそれを知っていて、あえてそうした。苦い思い出でも、しーちゃんの記憶に残っていて欲しいと願った。あぁ、やっぱり腹黒いな。
「もしかしてヤキモチ?」
「違いますぅ。あの時は取り乱したけど、今は全然! 今は親友なんでしょ? 私はね、そういう過去も全部ひっくるめて、紗奈が好きなの!」
あぁ、もう目がトロンとして今にも寝そうな彼女。
「はいはい」
「はいはい、じゃなくてぇ。紗奈はどうなの?」
細い腕を私の首に巻き付けて、しなだれかかってくる。
「愛してるよ、美穂」
言った瞬間、真っ赤になるなんて。
可愛いらしい歳上の、私の彼女。