それで、旅館の営業も再開したの。
私も出来るところは手伝ったんだよ、信じられないかもしれないけど、料理もね、割と好評でね。
母の介護も少しずつ慣れてきてね、私の事を「美佐さん」って呼ぶようになったの。娘ってことは分かってないみたいなんだけどね、それなりに仲良くなったのよ。あんなに憎み合っていたのが嘘みたいにね。
兄は、3ヶ月って言われてたけど半年頑張ったの。やっぱり愛の力は偉大なんだと思ったわ。最期もそんなに苦しまなかったしね。
まだ落ち着いていた頃には、恵さんと二人で出掛けたりしてね、秋口には、隣の島へ一泊の旅行もしてた。二人とも最高の笑顔で帰ってきてたよ。
でも喧嘩というほどじゃないけど言い争いもしてた。それは恵さんが一人になっても旅館を続けたいって言ったからでね、何度も話し合ってた。お互いに気持ちをぶつけ合って、結局は兄が折れてた。
恵さんは私にこう言ったの。
「ここは聡志さんが愛した場所だから、私は、私が愛した人の大切な場所を守りたいし、その場所で生きていきたい。ここにいれば寂しくないと思うから」って。
兄は兄で、私にこっそり惚気るんだよ。
「なぁ美佐、やっぱり最後は愛だな」なんて、くっさい台詞を真面目な顔で言うんだもん、泣きそうになっちゃったよ。
私の事も心配してくれてね。
「本気で好きなら、ちゃんと向き合ってこい、当たって砕けるくらいの覚悟で、奪うか振られるかして来い」なんて言うんだよ、お兄ちゃん、最後まで優しかったな。
家族で新年を迎えてね、3日目に静かに逝ったの。一昨日お葬式を済ませたの、みんなに和やかに見送られて、良い式だったわ。
それでね--私は、会いに来たの。
雫、あなたに。