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第29話 夢で会えたら

 昔から行動力はある方だった。

 中学を卒業すると同時に家を出た時は、無限の可能性を感じていた。

 何かを決める時、私は敢えて困難な方を選んだ。そして決して後悔はしなかった。したくなかった。悔やんだら負けだと思ったから。あの時こうすれば良かったなんて、ウダウダ考えるなんてしたくないもん。


 こっちに戻ってくると決めてからの行動は早かった。恵さんには私の決意が聞こえていたようで、優しく微笑んでいた。翌日は病院へ行き兄に報告を済ませ、職場へも連絡した。

 本来なら急に辞める事は許されないけれど、事情が事情であること、今まで割と無理をきいて働いてきたことを考慮してくれて、快く--でもないが--送り出してくれた。会社都合の退社という事にして、すぐに失業保険が降りるようにとの配慮もしてくれた。


 部屋の引払いと引越しも急いだ。大方のものは業者に引き取ってもらったら、あっという間だった。

 兄は退院してから落ち着いていたので、引払いに立ち会うために一度東京へ戻った。

 実際には10日とおかぶりなんだけど、もっと離れていたような感覚だ。この地の人の多さに圧倒された。人混みの中で、ふと誰かを探してしまうが、そんな運命のような偶然は起こらなかった。


 会社への挨拶も、時間の都合で簡単なものになってしまったが、引き継ぎをした後輩が優秀なので安心している。

「橘さん、まだスマホ通じないままなんですか? 会社こっちに連絡いっぱい来てますよ」

「あぁ、ごめん」

 仕事を介して知り合った友人の何人かのリストを渡してくれた。たぶん大した用はない相手ばかりだけど、後で連絡してみよう。

「それにしても、スマホなしでよく生きられますね、僕だったら無理だなぁ」

「それが案外、なくてもやっていけるもんなんだよ、田舎だからかな? パソコンはあるから、何かあったらメアドに送って」

「了解しました」

「じゃ、元気でね」

「はい、橘さんも」


「さて、帰るか」

 空港で思わず口にした言葉に、自分自身が驚いていた。

 帰る場所は、もう故郷あっちになってんだなぁ。


 決めたからには後悔はしない。


「おぅ、お帰り」

「お兄ちゃん、ただいま。顔色いいね」

「飯が美味いからかな」

「それは……ご馳走様」

 恵さんの兄を思う気持ちが、一番の治療なんだね。


 私は部屋に戻り、友人たちに近況報告をした。皆一様に驚くが応援もしてくれる優しい人達だ。

「もう、こんな時間か」

 私は寝る準備をした。


 連絡出来ない一枚の名刺は、テーブルの上に置いてある。

 もしかしたら、初めて後悔するのかもしれないな。

 それでも巻き込むわけにはいかない。

「雫」

 もしも、こんな私を許してくれるなら、また夢に出てきて欲しい。

 そう思いながら、眠りに落ちた。


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