昔から行動力はある方だった。
中学を卒業すると同時に家を出た時は、無限の可能性を感じていた。
何かを決める時、私は敢えて困難な方を選んだ。そして決して後悔はしなかった。したくなかった。悔やんだら負けだと思ったから。あの時こうすれば良かったなんて、ウダウダ考えるなんてしたくないもん。
こっちに戻ってくると決めてからの行動は早かった。恵さんには私の決意が聞こえていたようで、優しく微笑んでいた。翌日は病院へ行き兄に報告を済ませ、職場へも連絡した。
本来なら急に辞める事は許されないけれど、事情が事情であること、今まで割と無理をきいて働いてきたことを考慮してくれて、快く--でもないが--送り出してくれた。会社都合の退社という事にして、すぐに失業保険が降りるようにとの配慮もしてくれた。
部屋の引払いと引越しも急いだ。大方のものは業者に引き取ってもらったら、あっという間だった。
兄は退院してから落ち着いていたので、引払いに立ち会うために一度東京へ戻った。
実際には
会社への挨拶も、時間の都合で簡単なものになってしまったが、引き継ぎをした後輩が優秀なので安心している。
「橘さん、まだスマホ通じないままなんですか?
「あぁ、ごめん」
仕事を介して知り合った友人の何人かのリストを渡してくれた。たぶん大した用はない相手ばかりだけど、後で連絡してみよう。
「それにしても、スマホなしでよく生きられますね、僕だったら無理だなぁ」
「それが案外、なくてもやっていけるもんなんだよ、田舎だからかな? パソコンはあるから、何かあったらメアドに送って」
「了解しました」
「じゃ、元気でね」
「はい、橘さんも」
「さて、帰るか」
空港で思わず口にした言葉に、自分自身が驚いていた。
帰る場所は、もう
決めたからには後悔はしない。
「おぅ、お帰り」
「お兄ちゃん、ただいま。顔色いいね」
「飯が美味いからかな」
「それは……ご馳走様」
恵さんの兄を思う気持ちが、一番の治療なんだね。
私は部屋に戻り、友人たちに近況報告をした。皆一様に驚くが応援もしてくれる優しい人達だ。
「もう、こんな時間か」
私は寝る準備をした。
連絡出来ない一枚の名刺は、テーブルの上に置いてある。
もしかしたら、初めて後悔するのかもしれないな。
それでも巻き込むわけにはいかない。
「雫」
もしも、こんな私を許してくれるなら、また夢に出てきて欲しい。
そう思いながら、眠りに落ちた。