1月のわりに気温が高く、歩いていても寒さは感じなかった。ただ指先だけは冷たくて手袋をはめてこなかったのを後悔した。
私は今、いつか来たビジネスホテルに向かっている。
半年ぶりに、みーちゃんに会うために。
さーちゃんは、私の好きにしていいって言った。みーちゃんに会って、けじめをつけて、さーちゃんの元に戻るつもりだ。
それが一番良いんだ。
さーちゃんと一緒なら、穏やかで幸せな日々が過ごせるのだから。
「雫、久しぶりだね。入って」
久しぶりに見るみーちゃんは、少し痩せていた。
「コーヒーでいい?」
私の返事を聞く前に淹れはじめていたので、構わずソファに座った。
部屋の隅には大きめのスーツケースが置いてあった。
「熱いから気を付けてね」
湯気のあがったカップを二つ、テーブルに置いた。
みーちゃんは、コーヒーを飲もうとしたがすぐにテーブルに戻した。
猫舌だったのを思い出したのか、部屋に入ってから一言も発していない私の沈黙に耐えられなかったのか「ごめん」と呟いた。
「何に謝ったの?」
みーちゃんは、不安げな顔で「だって口聞いてくれないから」と言った。
怒ってるんでしょ? とも。
「怒るに決まってるでしょ?」
「うん、ごめん」
「突然いなくなって、心配したんだからね」
「そうだよね、ごめん」
謝りながら距離を詰めてきて、すぐ隣に座った。
「電話も通じなかった」
「水没してそのままにしてた、ごめん」
手が触れた。
「なんで連絡してくれなかったの?」
「ごめん」
頬に手が触れた。
「謝れば許されると思ってるの?」
「思ってない」
顔が近づいてきた。
「一緒に暮らしてる彼女いるから」
「そう」
おでこが合わさった。
「もう、みーちゃんとは会わないから」
「ん、わかった。ごめん」
唇が合わさった。
「狡いよ、みーちゃん」
「ごめん」
唇が離れても、すぐに触れたくなる。
「どうして」
どうして、こんなにも惹かれるのか。
こんなはずじゃなかったのに。
みーちゃんの瞳に私が映る。
吸い込まれるように、自分から唇を合わせた。
もう止められない。
好きが
「大嫌い」
「ん、ごめんね」
何度も何度もキスをした。
そして、抱かれた。
「最低だ」
深い自己嫌悪に陥って、知らずに口に出していた。
隣で目を閉じている彼女には聞こえないように、小さくため息をついた。
「ごめんね」
そのつもりだったのに、聞こえていたみたいだ。
「みーちゃんのことじゃないから。最低なのは私だから」
「ねぇ雫、いっそ私と一緒に来ない?」
自信なさげな、弱々しい声だった。
「今どこにいるの?」
「北海道--の、離島」
「無理だよ」
「そうよね、彼女いるものね」
「彼女とは……別れないと」
こんなことして、もう一緒になんていられない。
「黙っていればわからないのに?」
そんなこと、出来るわけない。
「さーちゃんは、私がボロボロだった時にずっとそばに居てくれたの。さーちゃんがいなかったら、私どうなってたか。さーちゃんには誠実でいたいの」
誠実って? どの口が言うんだか。
自分の言葉に
「そっか、そういうところ雫は変わってないね」
そうなのだろうか? 周りを巻き込んで、迷惑をかけてばかりな気がする。
もう、さーちゃんも、みーちゃんも傷つけたくないから、辛くても一人でなんとかしないといけない。切実にそう思った。
「シャワー借りるね」と言って、ベッドを抜け出した。
みーちゃんも着替え終わっていて、暖かいお茶を淹れてくれていた。
「あ、ありがとう」
少し渋いお茶を一口すする。
あぁ、そういえばいつか話してたっけ。
春の陽射しの中、縁側でお茶を啜る二人のイメージが頭をかすめたが、もうそんな未来はやってこないんだな。
みーちゃんは、フーフーしながらようやく一口目を口に含んでいた。
「みーちゃんは元気だったの?」
「え?」
お茶が熱かったみたいで、顔をしかめながら驚いてる。
「だってみーちゃん、謝るばかりで何にも話してくれないから。何があったのか話したくないんだろうけど、元気だったかどうかくらい聞いてもいいでしょ?」
「え、聞いてくれるの? 全編言い訳だよ?」
「知りたいよ、みーちゃんのこと全部。私が振られた理由もちゃんと知りたい。あぁでも、新しい恋人とのイチャイチャは聞きたくないから、そこは割愛して」
「そんな人いないよ、恋人なんて。わかった全部話す。長くなるかもしれないけど時間いい?」
時計を見て、待ってくれているであろう、さーちゃんを想う。
「ん、いいよ」