「しーちゃん、準備出来た? そろそろ行くよ」
「え、ちょっと待って」
さーちゃんは、乗り気じゃなかった帰省のはずなのに、用意周到だ。
二人で家を出て鍵を閉める。いつもは出勤時間が違うので、二人で歩くのも新鮮だ。新幹線の中ではコーヒーとおやつを出して、まるで遠足気分。
「おじさん、何か言ってた?」
「めちゃくちゃ喜んでた」
「だろうね」
おじさんの笑った顔を思い浮かべる。目元がさーちゃんソックリなんだよな。
「あのさぁ、しーちゃん。おばさんには、二人のことは何て言ってる?」
「ん? あぁ、一緒に暮らしてるって言ったよ。経済的でいいわねって言ってたから、ルームシェアだと思ってるね」
「そっか、そうだよね」
「おじさんには、まだ言ってない?」
「うん」
さーちゃんのことだから、ちゃんとした形で言いたいのかな、私たちの関係を。私とさーちゃん、いったいどんな関係なんだろう。どんな名前を付けられるんだろう。
いつの間にか、車窓からの風景は雪景色となっていた。
「あら、おかえり! さーちゃんもよく来たねぇ。さぁさぁ入って」
「ご無沙汰してます」
「いやほんと、大きくなって。綺麗になったわねぇ」
さーちゃんとお母さんの会話を横目に、荷物を部屋へと置く。
戻ってきたらお父さんも加わって、やいのやいの言っていた。
「ーーそれに比べて」なんて言葉が聞こえてきたりして。
「なぁに?」
両親に向かって軽く睨んでみた。
「どうせ雫が寝坊でもして遅くなったんでしょ? もうお昼だからさーちゃんも食べてってね」
まぁ、その通りなので何も言い返せないが。
「おじさんも楽しみに待ってると思うから、遅くなるって電話したら?」
さーちゃんも、そうだねとスマホを取り出した。
途中で、うちの親とも代わって話をして、結局決まったことは。
お昼ご飯は我が家で食べて、夕食はさーちゃん家で食べることになった。
しかも、うちの親も参加という。
「みんなで行くの? いいの、さーちゃん?」
「大勢の方が楽しいし、それにーー」
久しぶりだから、その方が帰りやすいのだと、こっそり教えてくれた。
出来れば泊って行って欲しいとも。
お母さんは、作りすぎたお節とか煮物とか、あれもこれも持っていくと言いはり、荷物は全部お父さんに持たせていた。
「久しぶりだなぁ」
挨拶もそこそこに、宴会は始まって。
私たちが子供の頃は家族ぐるみで仲良くしていたから、両親も喜んでいる。
いや、はしゃぎ過ぎだろうと思ったら、大人たちはアルコールが入っていた。おじさんも楽しそうに笑ってる。
話のネタはもちろん昔の話で、私たちの恥ずかしい話なんかもあり、そんな子供の頃の話をされてもなぁ。と、いたたまれなくなって二人でさーちゃんの部屋へと逃げてきた。
「わぁ、昔のまんまだねぇ」
上京してからも、部屋はそのまま残してるんだなぁ。
それなのに埃っぽくなくて、定期的に掃除もしているようだ。おじさんの、さーちゃんに対する思いを感じた。
「なんか、うちの親がごめんね」
「なんで謝るの? おかげで普通に話せたから逆に助かったよ」
「さーちゃん?」
「あ、べつに喧嘩してるわけじゃないよ、ただちょっと気まずいだけで、私の問題だから心配しないで」
「気まずいって?」
さーちゃんちは仲が良くて、おじさんも優しくて羨ましいって、ずっと思ってたけど、男親だからだろうか? そういえば私もお父さんとはあまり話さないな、大抵お母さんが間に入るから。
「しーちゃんはさぁ、もう地元には戻ってこないつもり?」
逆に質問をされた。
「それって、Uターンってこと?」
「うん。すぐにってことじゃないけど、お父さん独りだし……いろいろ考えちゃって」
「全然、考えてないや」
私は先のことも親のことも、まるで考えていなかった。目の前のことでいっぱいいっぱいで、それすらまともに処理できていない現実で。
「もちろん、先のことなんてどうなるかわからないけどね」
それでもーー何があっても困らないように資格を取っておきたいんだ、と続けた。
「凄いね、さーちゃん」
「いや全然。まだ取れてないし、取れるかどうかもわからないし、中途半端なんだよ。だから、帰って来れなかった」
「そっか、ごめんね無理矢理連れてきちゃったね」
「ううん、良い機会だからしっかり話してみるよ、ありがとね。あぁでも、今夜は泊まってってよ」
「うん、わかった」
いつの間にか、静かになっていたので下へ降りていくと、両親はとっくに帰ったと言われた。全く、勝手な人たちだ。
「しーちゃんは、泊まっていくんだろ? お布団、運んでおくから。先にお風呂入っておいで」
「ありがとうございます」
私がお風呂から出ると、交代でさーちゃんが入る。おじさんがお茶を淹れてくれたので、コタツに入った。
「紗奈は、向こうでちゃんとやってるかい?」
穏やかな声で、でも顔は心配そうに見えた。
「はい、頑張ってますよ。私なんかより全然しっかりしてるし」
「そうか、自分のやりたい事をやってくれれば、それでいいけどな」
「おじさんは、寂しくないの? さーちゃんに帰ってきてほしい?」
やはり穏やかな顔で、首を横に振った。
「親ってのはね、子供の幸せだけを願ってるもんなんだよ。しーちゃんのご両親だってそうだよ」
「そうかな?」
うちの親は、何も考えていないと思うけどな。
「そういえば、しーちゃんは仕事で何かのプロジェクトを任されたんだって?」
「え、さーちゃんが言ったの? 任されたわけじゃなくてチームの一員になっただけだよ」
さーちゃんってば、自分のことを話せばいいのに、なんで私の事を話すんだ?
「それでも凄い事だよ。しーちゃん、いつも仲良くしてくれてありがとな」
「ううん、さーちゃんには、私の方がお世話になりっぱなしなんだよ」
「あいつは、昔からさーちゃんが大好きだったから、一緒にいるだけで幸せなんだよ、きっと」
え、おじさん、気付いてる? まさかね。
「あ、出てきたみたいだ。じゃ、ゆっくりしていってね」
真意を確かめる間もなく、おじさんは出て行った。
「ねぇ、さーちゃんはさぁ。いつから私のこと好きだったの?」
さーちゃんの部屋にはいくつかの写真立てがあって、その、どれにも私が写っている。二人の写真もあれば、仲の良い友達何人かの写真もあるし、小学生だった頃のものや高校の卒業時のものも。
「ん〜いつの間にかって感じなんだよね」
「この頃は?」
中学での修学旅行の写真を指差すと、コクリと頷いた。そっか、この頃にはもう……
「あ、アルバムある? 見たいなぁ」
「いいよ」
「うわぁ、可愛い」
最初のページは、生まれたばかりのさーちゃんだ。
「赤ちゃんの頃は誰でも可愛いでしょーが」
苦笑いのさーちゃんも可愛いと思う。この赤ちゃんがこんな風に成長するんだぁと眺めていたら、とっととページをめくられた。
「あれ、これ私?」
公園で二人で砂遊びをしている写真は「三歳くらいかな」と解説された。
「うちにはないなぁ、この写真。写メしとこ」
小学生の頃の写真は、ほとんど二人で映っていた。
「ずっと一緒に遊んでたよね」
「他に友達いなかったもん、私」
「私もだよ」
中学ではクラスが変わって、交友関係が広がったので、それぞれに友達も出来ていたけれど。それでも何かと連絡は取り合っていたし気心の知れた親友だったのだ、私にとっては。
さーちゃんは、その頃から想っていてくれた。
もしも、その時に気持ちを知っていたなら、私はどうしていただろう。
さーちゃんの隣は、とても居心地が良かったから、もしかしたら……
でも、待って。そうしたら、私はその後、みーちゃんに出会っても恋をしなかったのだろうか。そう思ったら、胸がチクリと痛んだーータラレバなんて意味のないことだけど。
年越しは、それぞれの家で家族と過ごした。それでも新年の挨拶を言いたくて電話をしてしまう。
「おめでとう、今年もよろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
「起きてた? よね」
夜中に電話しておいて、今さら聞くなって話だけど。
「うん、お父さんと話してた」
「そっか、良かったね。そうだ、初詣行こうよ」
「いいよ」
翌日、待ち合わせて、近所の神社へ出向く。
「なんだか、こういうのも新鮮だね」
「そうだね」
近所だけあって、知った顔をあちこちで見かける。
「あれ〜雫? 久しぶりじゃない?」
同級生もいて軽く立ち話をすると、この後地元の子と帰省組何人かで集まるらしく「雫も良かったら、おいでよ」と誘われた。
さーちゃん、どうする? と聞くと。
「私はいいから、しーちゃんは行っておいで。私は帰ってもう少し親孝行するよ」
「わかった、行ってくるね」
その夜は、久しぶりに会う友達との近況報告で盛り上がる。
楽しい。楽しいのだけれどなんとなく落ち着かないのは、隣にさーちゃんがいないからなのかな。思えばこの数か月、ずっと一緒にいてくれた。
ほんの少し距離を置いただけでこれだもん、甘えすぎなのかなぁ。
後悔し始めていた。あんな形でさーちゃんとの関係を始めてしまった事を。中途半端な関係を。
気付き始めていた。少しずつ大きくなっていた、私の中でのさーちゃんの存在を。あんなに、不安で気持ちが乱れていたのが嘘みたいに穏やかになっていることを。
あたたかくて大きな、包み込んでくれるようなーーまるで、家族のような故郷のようなーーそんな存在。
二日後、新幹線に乗った。
「帰りの方が荷物多いね」
「親っていうのは、なんでお土産を持たせたがるのか」
「確かに……不思議だね」
そう言いながら、有難いと思っている。さーちゃんの顔にも、そう書いてある。
幸せを噛み締めながら、二人の家へ向かった。