「ただいま〜」
「おかえり〜」
そんな何気ない挨拶が心地いい。
「あぁ、あったかい」
部屋に入った瞬間、そんな言葉が漏れる。
「寒くなったもんね」
「外、寒かったよ、ほら!」
冷たい手のひらを、さーちゃんのうなじに触れる。
「ひゃっ、何すんの」
飛び上がって驚く様子が面白くてケラケラ笑っていたら、両手首を掴まれて連行された先は浴室で。
「沸いてるから、温まってきて」とムッとした顔で言う。
怒ってるのに優しい。
「そういえば、今週の金曜日は忘年会だ」
夕飯の鍋をつつきながら、思い出していた。
「あ、うちの会社もそうだわ」
年末だから、どこも同じような日程になるのだろう。
どうしようかな、と呟いているさーちゃんに。
「参加しないの?」と聞くと。
「飲んだら、しーちゃんを迎えに行けなくなるから」と言う。
前回の、酔った時の失態を心配しているんだろうな。
「今回は飲まないから、お迎えも要らないよ」
あれ以来飲んでないし、信じてもらえると思っていたけど、その不審顔はなんでだ。
「ほんとに大丈夫だからね、なんなら私がさーちゃんのお迎えに行くよ?」
「いや、私もそんなに飲まないからいいよ」
「そうそう、お母さんがさ、お正月は二人で帰ってこいって言ってたよ」
話題を無理やり変えたみたいだけど、本当に言われたんだから仕方ないよね。
「えっ、二人って」
「私とさーちゃんでしょ」
他に誰がいるのさ、と呟いたのが聞こえたみたいで。
「あぁ、いや、うん」
わかったような、わかってないような返事だ。
「さーちゃん、あんまり帰ってないんでしょ? まぁ、無理にとは言わないけどさ、考えといてよ」
「うん、わかった」
「ただいまっと」
まだ帰ってないよなぁ。
今日の忘年会は、ウーロン茶でやり過ごし一次会で帰ってきたため、家の灯はついていなかった。
さーちゃんも忘年会だからご飯も作らなくていいし、やることないなぁ。
お風呂でも入ろ。
「しーちゃん、ただいまぁ」
「おかえり、ごきげんだねぇ、けっこう飲んだ?」
顔色は変わらないけど、酔ってるのがわかる。
「あ、ちょっとだよ、断り切れなくて。センセイしつこくてさ」
「センセイ?」
「非常勤なんだけどね、弁護士の先生がいるんだ」
「へぇ、気に入られてるんじゃない?」
「ううん、いつもからかわれてる」
そう言いながら嬉しそうな顔してるんだもん、わかりやすいな。
「もしかして、さっき抱きついてた女の人?」
「え!?」
「外から声が聞こえたからさ、カーテン開けてみたら見えたんだよね」
わざとじゃないよ。
「え、あれは先生が勝手に抱きついて--あ、酔ってたみたいでね」
「タクシーで送ってもらったんだね」
「うん」
「連絡くれたら迎えに行ったのに」
「あぁ、うん、はい」
眠そうな表情になってきていた。
「もう寝る? お風呂沸いてるけど酔って入ると危ないかな」
「大丈夫、入ってくる」
「そう?」
「うん、先寝てて。おやすみ」
さっさと、浴室へ歩いていく背中に向かって「寝落ちしないでね」と声をかけた。
自分の布団でウトウトしてたら、小さな声が聞こえた。
「しーちゃん起きてる? 入ってもいい?」
いいよって返事をしたら、布団に潜り込んできて驚いた。
部屋に入るって事かと思ったら、布団に入るって意味だったようで。
いつもは私がさーちゃんのベッドに潜り込むもんだから、さーちゃんからのお誘いは--初めてじゃないか?
「んんっ」
いきなりのキスに更に驚く。
「ごめん、お酒くさい?」
酔ってるからか、いつもの優しいキスじゃなくて熱を帯びている。
お酒の匂いじゃなくてボディソープの甘い匂いがする。
首を横に振るとホッとした表情になって、再びのキスが降る。
アルコールと入浴のせいで、いつもより体温の高いさーちゃん。
私はといえば、さっき見たセンセイとやらとの抱擁シーンがチラついて。
その夜は激しく抱かれ、そのまま朝を迎えた。
「しーちゃん……しーちゃん」
私を呼ぶ声で目が覚めたのに。
「寝言?」
童顔なせいか、さーちゃんの寝顔は割と……笑える。
それなのに。
しばらく眺めていたら「……好き」なんて言うから、ドキッとした。
私も好きだよ、小声で寝言に返事をするが、起きる気配はなかった。