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第17話 知らないうちに

「ただいま〜」

「おかえり〜」

 そんな何気ない挨拶が心地いい。

「あぁ、あったかい」

 部屋に入った瞬間、そんな言葉が漏れる。

「寒くなったもんね」

「外、寒かったよ、ほら!」

 冷たい手のひらを、さーちゃんのうなじに触れる。

「ひゃっ、何すんの」

 飛び上がって驚く様子が面白くてケラケラ笑っていたら、両手首を掴まれて連行された先は浴室で。

「沸いてるから、温まってきて」とムッとした顔で言う。

 怒ってるのに優しい。


「そういえば、今週の金曜日は忘年会だ」

 夕飯の鍋をつつきながら、思い出していた。

「あ、うちの会社もそうだわ」

 年末だから、どこも同じような日程になるのだろう。

 どうしようかな、と呟いているさーちゃんに。

「参加しないの?」と聞くと。

「飲んだら、しーちゃんを迎えに行けなくなるから」と言う。

 前回の、酔った時の失態を心配しているんだろうな。

「今回は飲まないから、お迎えも要らないよ」

 あれ以来飲んでないし、信じてもらえると思っていたけど、その不審顔はなんでだ。

「ほんとに大丈夫だからね、なんなら私がさーちゃんのお迎えに行くよ?」

「いや、私もそんなに飲まないからいいよ」

「そうそう、お母さんがさ、お正月は二人で帰ってこいって言ってたよ」

 話題を無理やり変えたみたいだけど、本当に言われたんだから仕方ないよね。

「えっ、二人って」

「私とさーちゃんでしょ」

 他に誰がいるのさ、と呟いたのが聞こえたみたいで。

「あぁ、いや、うん」

 わかったような、わかってないような返事だ。

「さーちゃん、あんまり帰ってないんでしょ? まぁ、無理にとは言わないけどさ、考えといてよ」

「うん、わかった」




「ただいまっと」

 まだ帰ってないよなぁ。

 今日の忘年会は、ウーロン茶でやり過ごし一次会で帰ってきたため、家の灯はついていなかった。

 さーちゃんも忘年会だからご飯も作らなくていいし、やることないなぁ。

 お風呂でも入ろ。


「しーちゃん、ただいまぁ」

「おかえり、ごきげんだねぇ、けっこう飲んだ?」

 顔色は変わらないけど、酔ってるのがわかる。

「あ、ちょっとだよ、断り切れなくて。センセイしつこくてさ」

「センセイ?」

「非常勤なんだけどね、弁護士の先生がいるんだ」

「へぇ、気に入られてるんじゃない?」

「ううん、いつもからかわれてる」

 そう言いながら嬉しそうな顔してるんだもん、わかりやすいな。

「もしかして、さっき抱きついてた女の人?」

「え!?」

「外から声が聞こえたからさ、カーテン開けてみたら見えたんだよね」

 わざとじゃないよ。

「え、あれは先生が勝手に抱きついて--あ、酔ってたみたいでね」

「タクシーで送ってもらったんだね」

「うん」

「連絡くれたら迎えに行ったのに」

「あぁ、うん、はい」

 眠そうな表情になってきていた。

「もう寝る? お風呂沸いてるけど酔って入ると危ないかな」

「大丈夫、入ってくる」

「そう?」

「うん、先寝てて。おやすみ」

 さっさと、浴室へ歩いていく背中に向かって「寝落ちしないでね」と声をかけた。


 自分の布団でウトウトしてたら、小さな声が聞こえた。

「しーちゃん起きてる? 入ってもいい?」

 いいよって返事をしたら、布団に潜り込んできて驚いた。

 部屋に入るって事かと思ったら、布団に入るって意味だったようで。

 いつもは私がさーちゃんのベッドに潜り込むもんだから、さーちゃんからのお誘いは--初めてじゃないか?


「んんっ」

 いきなりのキスに更に驚く。

「ごめん、お酒くさい?」

 酔ってるからか、いつもの優しいキスじゃなくて熱を帯びている。

 お酒の匂いじゃなくてボディソープの甘い匂いがする。

 首を横に振るとホッとした表情になって、再びのキスが降る。

 アルコールと入浴のせいで、いつもより体温の高いさーちゃん。

 私はといえば、さっき見たセンセイとやらとの抱擁シーンがチラついて。

 その夜は激しく抱かれ、そのまま朝を迎えた。


「しーちゃん……しーちゃん」

 私を呼ぶ声で目が覚めたのに。

「寝言?」

 童顔なせいか、さーちゃんの寝顔は割と……笑える。

 それなのに。

 しばらく眺めていたら「……好き」なんて言うから、ドキッとした。


 私も好きだよ、小声で寝言に返事をするが、起きる気配はなかった。



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