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第14話 大丈夫だと思ったのに

 今回は、一人で病院を訪れた。職場復帰のための診断書を貰うために。

 うん、もう大丈夫だ。なんだって一人で出来る。



「さーちゃん、私、そろそろ仕事復帰しようかと思ってるんだ」


 小春日和の暖かい日、お散歩の途中で私はそう言った。

「そうだね、いいと思う」と私の意志を尊重してくれて、でも無理しないでねと言う心配性なさーちゃんだから。

 私はもう大丈夫だよと、行動で示したかった。

 職場へも連絡して復帰の日も決まった。休職して、ちょうど1ヵ月が経っていた。


「だから、自分の家に戻るね。長々とお世話になりました」

 夕食の唐揚げを食べながらだけど、少し真面目にお礼を言った。

「えっ、あっ、そうーー」

 さーちゃんは口籠った後、無言になった--元々口数は多い方ではないけど。

 これは、いろんなことを考えている顔だ。何かを言ってくれるまで待っていたけれど、ずっと黙ったまま、ついには食事も終わりそうになった。

 痺れを切らして、どうした? と聞くと。

「一週間、様子見たらどうかな?」

「ん?」

「一週間ここから職場へ通ってみて、大丈夫そうだったら戻っても、遅くはないでしょ」

「まぁ、そうだけど。さーちゃんに迷惑--」

「迷惑じゃないから。美味しいご飯食べられるし、それに……」

「なに?」

「なんでもない」

「わかった。じゃそうするね、ほんとさーちゃんは心配性なんだから」




 一週間は、何事もなく過ぎていった。

 いつもより少ない仕事量だったので、みんなが気を使ってくれているのは感じていたが、申し訳ないなと思いながら甘えることにした。私に出来る事を粛々と進めていた。

 お昼休みには、小林さんに声をかけた。

「あぁ、久しぶり。お弁当? じゃ行こうか」

 気さくに答えてくれて、以前と同じように一緒にお弁当を食べた。

「あのね、ずっと謝ろうと思ってたの」と言うと。

 小林さんは、お弁当を食べる手を止めてポカンとした顔をした。

「何を?」

「メッセージくれたのに返事出来なかったから」

「なんだ、そんなこと? 全然気にしてないよ」

 小林さんは笑いながらお弁当をまた食べ始めた。

「それから、お願いがあるの」

「うん、何?」

「あの人形とか諸々、貰ってくれない?」

「あの、魔除けの?」

 みーちゃんがお土産で買ってきてくれたモノだから。

「見てるのが辛くて」

「……わかった。私が預かっておくね」

 小林さんには、休職の理由を話していないけれど、察してくれたみたいだった。

「その代わりーー」

 少し言いにくそうに条件を出してきた。私に出来る事ならなんだってやるよ。

「その卵焼き、ちょうだい」

「へ? あ、どーぞ」

「やった! ん~やっぱり美味し」

 小林さんの笑顔につられて、私も笑った。


「そうだ、今日は金曜日だし帰りにご飯食べに行かない?」

 小林さんのお誘いに、少しの不安はあるけれどーー仕事も順調にこなせたし、ご飯くらいならいいかなーー頷いた。




 小林さんとの会話は他愛もないことばかりで、程よい距離感だった。

 ふらっと入ったカフェだったけれど、食事も美味しく、アルコールは飲まなかったけれど、心地良い時間だった。

「送って行こうか」と言われたけど、まだ早い時間だったし、小林さんだって女の子なんだから早く帰った方がいいでしょと、駅で別れた。


 あぁ、そうだ。心配かけたマスターにも挨拶しておかなきゃ。もう大丈夫だからという謎の自信を持ち、懐かしい道を歩いた。

「あれ、なんだぁ」

 今日は、貸切の札がかかっていた。

 またにするか。仕方ないから駅までの道を戻っていたら、ポツポツと雨が降ってきた。ちょうど良く居酒屋の前を通りかかったので、ふらりと入った。

 通されたカウンターに座り一息ついて気付いた。

「ここ……」

 みーちゃんに初めて会った場所だ。



「お姉さん、大丈夫?」

 そんな声で意識が浮上した。

「あれ、ここどこ?」

「結構飲んだんだね、俺が送って行こうか?」

 あぁ、あの居酒屋だ。大丈夫だと思ったのに、またやっちゃった。

「ん〜大丈夫。一人で帰る」

「まぁ、そう言わずにさ。ほら、ふらついてんじゃん」

 会計を済ませて外に出ても、なぜだかついてこようとする。

「ほら雨降ってるし、ちょっと休んでいく? 寂しいんでしょ?」

 なにやらゴチャゴチャ言ってるけど。

 遠くで響く雷鳴を聞いたら、また思い出してしまっていた、みーちゃんのことを。

「ね?」

「え? なに?」

「行こう」

 腕を掴まれた。


「しーちゃん、何してるの?」

 後ろから聞こえてきたのは、さーちゃんの声で。

「なんだ、おまえ」

 隣にいた男が、さーちゃんに向かって言った。

「その子病気だから、濃厚接触しない方がいいですよ、移るから」

「えっ」

 掴まれた手が離れた瞬間、行くよ! と引っ張られ、さーちゃんと走った。

 駅とは反対方向へ少し走り、追いかけては来なかったのでそのまま歩いた。さーちゃんの車に乗り家へ着くまで、無言だった。



 さーちゃんの家へ着いて、雨に濡れて冷えた体をお風呂で温めた。歯も磨いたけれど、まだお酒くさいかな?

 相変わらず、さーちゃんは無言だった。

 さーちゃんがお風呂に入っている間にホットミルクを準備した。


「さーちゃん、怒ってる?」

 返事の代わりに、ミルクを一口飲んで深いため息を吐いた。

 呆れられちゃったみたいだ。

 元々、この週末にここを出て、一人で頑張るつもりだったけど、こんな形でこんな気持ちで出て行かなきゃいけなくなるなんて。なにやってんだろう、私。


「なんで?」

 ようやく、さーちゃんが口をきいてくれた。

「大丈夫だと思ったんだけど、やっぱり寂しくて」

「寂しいから? だからってしらないひとについていくの?」

「別にそういうわけじゃ--」

「しーちゃんが傷つくだけだよ?」

「わかってるよ、でも一人じゃ耐えられない時もあるんだよ」

「なんで……」

「さーちゃんには分からないよ、私の気持ちなんて」

 二人とも感情的になっていた。

 どうしようもない気持ちをぶつけ合っていた。


「え?」

 さーちゃんが近づいてきたと思ったら、視界が遮られて、唇に柔らかい感触があった。

 数秒の後、キスをされたことを理解した。

「誰でもいいなら、私にしなよ」

「さーちゃん?」

「知らないやつにとられるくらいなら私が......あの人の代わりになるから」

 二度三度と口づけながら、そんな事を言う。

 驚き過ぎて動けないでいたら、口づけが深くなってきていた。

「ずっと好きだった」

「もう傷つく姿を見たくない」

「あの人の名前を呼んでいいからさ」


 初めて知ったさーちゃんの気持ちに、戸惑いながらも受け入れてしまって。


 その夜、さーちゃんに初めて抱かれた。



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