今回は、一人で病院を訪れた。職場復帰のための診断書を貰うために。
うん、もう大丈夫だ。なんだって一人で出来る。
「さーちゃん、私、そろそろ仕事復帰しようかと思ってるんだ」
小春日和の暖かい日、お散歩の途中で私はそう言った。
「そうだね、いいと思う」と私の意志を尊重してくれて、でも無理しないでねと言う心配性なさーちゃんだから。
私はもう大丈夫だよと、行動で示したかった。
職場へも連絡して復帰の日も決まった。休職して、ちょうど1ヵ月が経っていた。
「だから、自分の家に戻るね。長々とお世話になりました」
夕食の唐揚げを食べながらだけど、少し真面目にお礼を言った。
「えっ、あっ、そうーー」
さーちゃんは口籠った後、無言になった--元々口数は多い方ではないけど。
これは、いろんなことを考えている顔だ。何かを言ってくれるまで待っていたけれど、ずっと黙ったまま、ついには食事も終わりそうになった。
痺れを切らして、どうした? と聞くと。
「一週間、様子見たらどうかな?」
「ん?」
「一週間ここから職場へ通ってみて、大丈夫そうだったら戻っても、遅くはないでしょ」
「まぁ、そうだけど。さーちゃんに迷惑--」
「迷惑じゃないから。美味しいご飯食べられるし、それに……」
「なに?」
「なんでもない」
「わかった。じゃそうするね、ほんとさーちゃんは心配性なんだから」
一週間は、何事もなく過ぎていった。
いつもより少ない仕事量だったので、みんなが気を使ってくれているのは感じていたが、申し訳ないなと思いながら甘えることにした。私に出来る事を粛々と進めていた。
お昼休みには、小林さんに声をかけた。
「あぁ、久しぶり。お弁当? じゃ行こうか」
気さくに答えてくれて、以前と同じように一緒にお弁当を食べた。
「あのね、ずっと謝ろうと思ってたの」と言うと。
小林さんは、お弁当を食べる手を止めてポカンとした顔をした。
「何を?」
「メッセージくれたのに返事出来なかったから」
「なんだ、そんなこと? 全然気にしてないよ」
小林さんは笑いながらお弁当をまた食べ始めた。
「それから、お願いがあるの」
「うん、何?」
「あの人形とか諸々、貰ってくれない?」
「あの、魔除けの?」
みーちゃんがお土産で買ってきてくれたモノだから。
「見てるのが辛くて」
「……わかった。私が預かっておくね」
小林さんには、休職の理由を話していないけれど、察してくれたみたいだった。
「その代わりーー」
少し言いにくそうに条件を出してきた。私に出来る事ならなんだってやるよ。
「その卵焼き、ちょうだい」
「へ? あ、どーぞ」
「やった! ん~やっぱり美味し」
小林さんの笑顔につられて、私も笑った。
「そうだ、今日は金曜日だし帰りにご飯食べに行かない?」
小林さんのお誘いに、少しの不安はあるけれどーー仕事も順調にこなせたし、ご飯くらいならいいかなーー頷いた。
小林さんとの会話は他愛もないことばかりで、程よい距離感だった。
ふらっと入ったカフェだったけれど、食事も美味しく、アルコールは飲まなかったけれど、心地良い時間だった。
「送って行こうか」と言われたけど、まだ早い時間だったし、小林さんだって女の子なんだから早く帰った方がいいでしょと、駅で別れた。
あぁ、そうだ。心配かけたマスターにも挨拶しておかなきゃ。もう大丈夫だからという謎の自信を持ち、懐かしい道を歩いた。
「あれ、なんだぁ」
今日は、貸切の札がかかっていた。
またにするか。仕方ないから駅までの道を戻っていたら、ポツポツと雨が降ってきた。ちょうど良く居酒屋の前を通りかかったので、ふらりと入った。
通されたカウンターに座り一息ついて気付いた。
「ここ……」
みーちゃんに初めて会った場所だ。
「お姉さん、大丈夫?」
そんな声で意識が浮上した。
「あれ、ここどこ?」
「結構飲んだんだね、俺が送って行こうか?」
あぁ、あの居酒屋だ。大丈夫だと思ったのに、またやっちゃった。
「ん〜大丈夫。一人で帰る」
「まぁ、そう言わずにさ。ほら、ふらついてんじゃん」
会計を済ませて外に出ても、なぜだかついてこようとする。
「ほら雨降ってるし、ちょっと休んでいく? 寂しいんでしょ?」
なにやらゴチャゴチャ言ってるけど。
遠くで響く雷鳴を聞いたら、また思い出してしまっていた、みーちゃんのことを。
「ね?」
「え? なに?」
「行こう」
腕を掴まれた。
「しーちゃん、何してるの?」
後ろから聞こえてきたのは、さーちゃんの声で。
「なんだ、おまえ」
隣にいた男が、さーちゃんに向かって言った。
「その子病気だから、濃厚接触しない方がいいですよ、移るから」
「えっ」
掴まれた手が離れた瞬間、行くよ! と引っ張られ、さーちゃんと走った。
駅とは反対方向へ少し走り、追いかけては来なかったのでそのまま歩いた。さーちゃんの車に乗り家へ着くまで、無言だった。
さーちゃんの家へ着いて、雨に濡れて冷えた体をお風呂で温めた。歯も磨いたけれど、まだお酒くさいかな?
相変わらず、さーちゃんは無言だった。
さーちゃんがお風呂に入っている間にホットミルクを準備した。
「さーちゃん、怒ってる?」
返事の代わりに、ミルクを一口飲んで深いため息を吐いた。
呆れられちゃったみたいだ。
元々、この週末にここを出て、一人で頑張るつもりだったけど、こんな形でこんな気持ちで出て行かなきゃいけなくなるなんて。なにやってんだろう、私。
「なんで?」
ようやく、さーちゃんが口をきいてくれた。
「大丈夫だと思ったんだけど、やっぱり寂しくて」
「寂しいから? だからってしらない
「別にそういうわけじゃ--」
「しーちゃんが傷つくだけだよ?」
「わかってるよ、でも一人じゃ耐えられない時もあるんだよ」
「なんで……」
「さーちゃんには分からないよ、私の気持ちなんて」
二人とも感情的になっていた。
どうしようもない気持ちをぶつけ合っていた。
「え?」
さーちゃんが近づいてきたと思ったら、視界が遮られて、唇に柔らかい感触があった。
数秒の後、キスをされたことを理解した。
「誰でもいいなら、私にしなよ」
「さーちゃん?」
「知らない
二度三度と口づけながら、そんな事を言う。
驚き過ぎて動けないでいたら、口づけが深くなってきていた。
「ずっと好きだった」
「もう傷つく姿を見たくない」
「あの人の名前を呼んでいいからさ」
初めて知ったさーちゃんの気持ちに、戸惑いながらも受け入れてしまって。
その夜、さーちゃんに初めて抱かれた。