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第13話 猫になりたい

 さーちゃんに連れられて心療内科を受診した。形だけだよ、診断書を貰えば休職の申請が出来るから、と言われやってきた。

 小綺麗な診察室とニコニコ笑っている医者。とりあえず薬出しときますって言ってたな。希望すればカウンセリングも受けられるらしいけど、どうでもいいかな。誰に何かを話したところで、みーちゃんに会えるわけじゃないし。


 会社に連絡して休職の手続きをした。何か言われるかとーーもう来なくていいとか、嫌みの一つでもーー思ったけど、ゆっくり休めとか待ってるとか温かい言葉を貰ってしまって。有難いんだけど、こんなに迷惑かけてるのに申し訳なくて自己嫌悪に陥ってしまう。

 夕方、メッセージが届いた。差出人は小林さんだった。

 同期入社で最近仲良くなった彼女は、私が休職することを知って連絡してくれたようだ。

 心配してくれてるんだろうな、と思う。私が逆の立場でもそうしただろう。

 でも、返事は書けなかった。ごめんね。


 あぁ、今日はなんか疲れたな。

 微睡んでいたら、隣の部屋からさーちゃんの話し声が聞こえてきた。改まった話し方だから、職場の人と電話で話しているみたいだ。

 静かになった後、さーちゃんが部屋にやってきた。

「あ、寝てた?」

「少しだけ。さーちゃん、ごめんね」

「なんで謝ってんの?」

「私のために仕事休んだんでしょ?」

「謝らなくてもいいよ、職場は私がいなくてもなんとかなるし」

 しがない事務員だからさ、と笑っていた。

 さーちゃんは何も言わない。

 頑張れとか、元気出せとか、もう忘れろとか、泣くなとも言わない。ただ「ごめんね」と言うと、悲しそうな顔をして謝らなくていいと言う。

 こんな私のそばにいてくれる。




 さーちゃんの部屋で過ごすようになって三週間が過ぎた。少しずつ私の日用品が増えていく。

「今日ね、宅配便が来たよ。差出人見たらおじさんからだったから受け取っておいた」

 さーちゃんが帰ってきた時に報告をした。

「さんきゅ。お父さん、時間指定とかしないからね」

 早速、段ボールを開けて見ている。

 野菜とか食品が多い。さーちゃんの好きなものばっかりだ。昔から仲の良い親子だったっけ。

「ねぇ、今日私がご飯作っていい?」

「え、いいの?」

「新鮮な野菜見たら作りたくなった」

 ようやく最近はお腹が空くようになって、ご飯が食べられるようになってきたところだったし、そろそろ私に出来ることをしていかなきゃって思っていたところだったんだ。

「出来るまで、さーちゃんは好きなことしてて」

「じゃ、少し走ってこよっかな」

「え、走るんだ」

 数年前からジョギングをしてるって聞いていた。私も何度か誘われたことがある--断り続けているけれど。昔は運痴だったのに、変われば変わるものだ。

「しーちゃんも一緒に--」

「やだっ」

「即答だね」

 はなから期待していなかったみたいで、クスクス笑いながら出て行った。


 冷蔵庫の中に鶏肉があったので、ソテーにした。最近は朝晩が冷えるようになったので、届いた野菜を使ってスープも作った。

 そうだ、あれも作ろう。

 1時間くらいで帰ってくるって言ってたから、そろそろかな。


「おかえり〜よかったら、これ飲んで」

「あ、スムージー?」

「うん、さーちゃんが好きな果物と野菜入ってるよ」

「ありがと、んまっ」

「一気飲み? そんなに?」

「うん、美味し」

「ふふ、シャワー浴びたらご飯にしよっ」

「はぁい」


「あ〜これ、懐かしいな。おばさんの味だね」

「さーちゃん、うちのお母さんの味、覚えてるんだ」

「もちろん、よく食べさせて貰ったもん」

「私も少しだけど手伝ってたんだよ」

「うん、知ってる」


 さーちゃんのお母さんが出て行った時、私たちはまだ小学生で。さーちゃんはひとりっ子だったから、お父さんと二人になった。お父さんは仕事で帰りが遅いため、夕食は、近所で仲の良かった私の家で食べることが多かった。

 私はもちろん、他の家族もみんな、さーちゃんが元気になれるよう、笑顔になれるよう願っていた。

 あぁ、そうか。今は逆に私が--


「さーちゃん、ありがとね」

「え? 作って貰った私が、ありがとうなんだけど?」

「あぁ、うん。でも、ありがとう」

 さーちゃんは不思議そうな顔をしながらも「どういたしまして」と微笑んだ。


「そういえば。しーちゃん、料理が得意だから、調理実習の時張り切ってたよね。カップケーキいっぱい作って配ってたの、いつだっけ?」

「中2だよ」

「あれも美味しかったなぁ」

「あの時付き合ってた涼くんにも好評だったよ」

「涼? あぁ、バスケ部だった?」

「そうそう、今度大学院に進学するんだってよ」

「はぁ? 何それ、どこ情報?」

「本人、普通にメッセのやり取りしてる」

「そうなんだ。もしかして、歴代の恋人とも?」

「全員じゃないけどね。まぁ、さーちゃんの言う通り、本当の恋じゃなかったってことかな、友達の延長みたいなものだったんだね」

 本当に連絡が欲しい人からは、来ないのだから。



 それから私は、時々料理をするようになり--毎日でもいいんだけど、さーちゃんが無理しちゃダメだと言うから。

 必然的に、時々買い物に出掛けるようにもなった。

「天気良いからお散歩しない?」

 さーちゃんの誘いにも、頷いた。

「歩きならいいよ」と、念を押して。


「さーちゃん、いつもここを走ってるの?」

「そうだよ、信号もないし、車も通らなから安全でしょ」

 確かに、川沿いに設けられた遊歩道のような場所は、歩いたり走ったりするのにはちょうどいい。実際に走っている人もちらほら見かける。小さな子供を連れたママ達や、犬を散歩させている人も多い。


「あら、こんにちは〜今日は歩きなの?」

「はい、お散歩です。ヨシヨシ! レオくん今日も可愛いねぇ」

 さーちゃんの知り合いかな? レオくんと呼んで頭を撫でているのは……あれは、ブルドックじゃないか。可愛い……のか? 懐かれてるなぁ、えっ、嘘、舐められてるよ?

 私は、さーちゃんが犬と戯れる姿を遠くから眺めていた。


「あれ、しーちゃん?」

「ん?」

「犬、嫌いだったっけ?」

「えっ」

 なんでバレた?

「全然近寄って来ないし、あきらかに避けてるでしょ」

「私さ、前世では猫だったんじゃないかと思うんだ。おとなしい犬でも私にだけは吠えるんだよ? 避けたくもなるよ」

 あまり人に話したことはないけれど、真面目に悩んでいるのに、さーちゃんは「そうなんだ」と言ってニコニコしている。

「なんで笑うの?」

「しーちゃんが猫になった姿を想像したら......可愛いなって思ってね」

 そう言って再び歩き出した。


 あぁ、猫になりたいなぁ。自由気ままに好きな人の元へ訪れて、膝の上で包まりたいなぁ。

 ダメだダメだ。私は大きく首を横に振り、小走りでさーちゃんに追いついた。

 そして伝えた。


「さーちゃん、私、そろそろ仕事復帰しようかと思ってるんだ」


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