「なんだ、さーちゃんか」
虚ろな目で、彼女は何度もそう言う。
「なんだって、なんだよ」
最初はそう思った。でも今は、それでもいい。誰かの代わりでも、誰かと比べられても、彼女が辛い時にはそばにいたいと思う。
子供の頃から変わらずの、みんなに愛される笑顔を取り戻して欲しい。
しーちゃんが酔い潰れてるから迎えに来て欲しいと、マスターから連絡が来た。どうして私に? と思ったけれど、その理由は迎えに行ってみて分かった。
あの人--しーちゃんの恋人--がいなくなったらしい。マスターの話によると、失恋とか喧嘩とかではなく、何も言わずに消えたようだ。
「最悪だ」
ちらりとすれ違ったことのあるだけの、あの人の姿を思い出し顔を歪めた。
「俺が連れて帰る訳にいかないからさぁ、悪いけど頼める?」
「いいですよ」
私に連絡くれて良かったと感謝した。
それからずっと、私の部屋で一緒に過ごしている。とても一人にしておけない状態だったから。
促さなければ食事はおろか飲み物さえも口にしようとしない。
声をかけなければ話をしようとさえしない。笑顔なんてもってのほかだ。
常にぼーっとしていて表情がない。
そのくせ、あの人の話題になれば泣き崩れる。
ふらっと出て行っては、マスターから連絡が来るほど酔い潰れる。
一週間、仕事を休ませ様子を見ていたが、変わらないため無理矢理病院へ連れて行った。
「なんで? 病院なんて行かなくても大丈夫なのに」不満を漏らしたので。
「もう有給残ってないでしょ?」と現実を突きつけた。
心療内科で診断書を貰い、休職手続きをさせた。
職場にも私にも、迷惑をかけているという思いがあるようで、何度も「ごめんね」と言う。
その度に私は、謝らなくていいから、と言い続ける。
「なんでさーちゃんは、私なんかに良くしてくれるの?」
「何言ってるの? そんなの......決まってるでしょ」
「親友だから?」
「しーちゃんは覚えてないかもしれないけど、お母さんが出て行って私が大泣きした時、しーちゃんがずっとそばにいてくれたんだよ。あの時--大好きな人が何も言わずにいなくなった時に」
あの時から、しーちゃんは私の大事な人になった。
「覚えてるよ、小4だったよね」
「今度は私が、しーちゃんがもういいって言うまで一緒にいるから」