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第8話 お揃い

「あれ、また増えてる?」

 同僚の松本さんが、私のデスクを通り過ぎる時に呟いた。

「知り合いのお土産なんです」

「へぇ」

 大抵の人は、こんな反応だ。


 私のデスクの上に並ぶ謎のオブジェ--木彫りの人形だったりブリキの玩具だったり。

 海外の民芸品のようだ。

 ちなみに最近増えたものは、ニュージーランドの原住民マオリ族手彫りの人形だ。


「可愛いね」なんて言われたことはない。微妙な感じなのだ。

 ただ、同期の小林さんだけは、いつもじっと見つめて頷いたりしている。

「興味深い」と呟いたことも一度だけあった。

 こういうの、好きな人は好きなんだろうか?


 毎回、海外出張に行ったときにみーちゃんが買ってきてくれるお土産だし「幸運を運んでくれるから、職場に置いておいて」って言われたから飾っているのだけど。

 眺めながら、思い出していた。

 このお土産を貰った5日前の夜のことを。


※※※


 みーちゃんは、出張がなければ土日休みが基本なので、私たちは大抵週末に会っている。


「今回はどこだったの?」

 料理を並べながら聞いた。

「ニュージーランドだよ」

「へぇ、いいなぁ。コアラ抱きたい!」

「雫、コアラはオーストラリアだよ」

「あ、そっか。ニュージーランドは?」

「羊とか、キーウィとか。あとはラグビーが強くてぇ、自然がいっぱいで綺麗だったな」

「写真、ある? 見たいなぁ」

「あ……うん。後でね。それより早く食べたい! 雫の手料理」

 あれ、なんか誤魔化された? 気のせいかな。


 夜は、二人で海外ドラマを見ていた。

 全米で長く続いている医療ドラマらしい。

 その最初のシーズンで、インターンである主人公やその仲間たちの恋や成長物語みたいだ。医療ドラマというより青春群像劇っぽいな。


「主役の子、可愛いね」

 思わずそんな感想を口走る。

 日本のドラマではありえない脚本や演出を楽しそうに演じている(ように見える)女優さんは、輝いて見えた。

「私は、こっちの子の方が好きだな」

 主役の子と同じインターンで、同居している典型的なブロンド美女。

「みーちゃん、こういう子がタイプ?」

「うんーーん? タイプ? 違うよ、役柄だよ! だってこの子、こんな顔して患者さんにとっても優しいし」

 焦って否定しているが。

「こんな顔ねぇ」

 やっぱ、顔が好みなんじゃん。

 少しだけモヤっとしたけど、画面の中の女優に嫉妬する必要なんかないーーみーちゃんは目の前にいるんだから。


 キリのいいところまで見て、続きはまた見ようと約束をして交代でお風呂に入った後、ベッドに入った。

「みーちゃん、写真見せてよ」

 甘えてみせると、スマホを操作して見せてくれた。

「うわっ、なにこれ」

「これね、クルーズ船から撮ったんだけど、綺麗でしょ。ネイチャーガイドがいてね、いろいろ説明聴きながら見てまわったの」

 はぁ、さすがスケールが違う。自然の雄大さに感動しながらスワイプしていく。

「この人は?」

「え、あっ。取引先の人でーー」

 仲良さげに写っていたのは、雰囲気があの女優に少し似た、ブロンド美人だった。

「仲、良さそうだね」

「あ、うん。歳も近くて親しくしてもらったーーあ、もちろん仕事上でだよ」

 めちゃくちゃ焦ってるくせに。


「やましいことはないんだよね?」

「もちろん」

「じゃ、スマホ貸して?」

 素直に渡してくれる。

「操作しても?」

「いいよ」

 私は3回タップしてそれを見つけ、溜息を吐いた。

 あまりにもあっけなく見つけてしまったので怒りより呆れてしまった。


「これは?」

「え、あれ?」

「みーちゃん、削除しても残ってるんだからね」

 冷たく言い放ってしまった。

 私が見つけたものーー『最近削除した項目』フォルダの中にあった写真--

 ブロンド美女が、みーちゃんの頬にチューをしている。

 まぁね、あっちでは挨拶みたいなもの?

 自撮りで連写で撮られてるらしきその写真には、チューされて驚いてるみーちゃんが映ってるから、不可抗力っぽいし。取引先相手では強く拒否も出来ないだろうけど……削除したのはアウトじゃないか?


「ごめん」

「何があったの?」

「何もない! 誓って、何もないから。それでも雫がこの写真見たら嫌な思いすると思って消しました」

 消えてなかったけどね。

「怒らないから、正直に答えて欲しいんだけど。アプローチされた?」

「・・・あ、うん、された。けど、断ったから」

「今日は、ソファで寝る」

 そう言って、ベッドから抜け出した。

「待って、怒らないって言ったのに」

「怒ってない、一緒に寝たくないだけ」

「しずくぅーー」

 何か言ってたけど、そのままリビングへと移動した。


 私にとっては、遠く離れた国の全く接点のないブロンド美女。

 ドラマの中の世界と一緒のようなものだけれど、世界を渡り歩くみーちゃんにとっては、割と身近な存在なんだろうなぁ。

 あんな可愛い顔で言い寄られたら、心が揺れることもあるかも?

 みーちゃんに限ってそれはない、って思いたいけど。


 みーちゃんがお風呂に入ってる間に、ネットでニュージーランドのことを調べてたんだ。2013年から同性婚が認められていることを知って自分の事のように嬉しくなったんだけど。今はそれが不安の種になるとは。

 結局、その夜は一睡もできずソファで丸まっていた。


 翌朝早く、家へ帰った。

 みーちゃんも眠れなかったのかどうかは分からないけど、わりと酷い顔をしていた。でも、何も言わず送り出してくれた。

 引き止められなくて良かった。大喧嘩はしたくない。


※※※


 あれから5日。しばらくはメッセージが届いていたけれど、返信していない。頭を冷やしたかったし、正直、どうすればいいのかわからないから。

 昨日から、メッセージは来ていない。まさかこのまま?

 マオリの人形を見ながら、今日何回目かの小さなため息を吐いた。


「あぁ、やっぱり」

 突然、頭上から声がした。

 見上げると、小林さんが見下ろしていた。手にお弁当箱を持っているから、これからお昼らしい。休憩室へ行く途中のようだ。

「え?」

「これをくれた人は、あなたの恋人?」

「へ? なんで」

 この、ちょっと変わったオブジェを見て、分かるの?

「その反応は、正解かな」

 ニヤリと笑って去って行く。

「え、待って小林さん、一緒にお弁当食べよう」

 慌てて追いかけた。


 小林さんは、同期入社ではあるが仕事上の接点があまりないため、会えば挨拶する程度の仲だ。

 同じ部署の人たちともお喋りする風でもなく、一人で本を読んでいたり、いつも静かに過ごしているイメージだ。

 そんな彼女が話しかけてくれて、しかもあんな思わせぶりな発言なんてー-気になるじゃないか。

「ねぇ小林さーん、私もお弁当だから! いいよね?」

 休憩室の手前で追いついて、顔を覗き込んだら少し驚きつつも「どうぞ」と言ってくれた。

 お互い、手作りのお弁当を広げて食べ始めた。


「ねぇ、聞いてもいい?」

「うん?」

「なんで恋人からのだって分かったの?」

 小林さんは少しだけ考えて、でも質問の答えは言ってくれず。

「その人、独占欲強い?」

 さらに質問で返してきた。

「そう……かな」

「あれ、たぶん全部魔除けのためのものだから、そういう目的のためだと思う」

「そういうって?」

「男除けというか。一種の、、マーキングだね」

 は、あれがマーキング?

「そうなんだ」


「ごめん、言わない方が良かった?」

「ううん、教えてくれてありがとう。聞けて良かった。そっか、マーキングかぁ」

「え、なんで嬉しそうなの?」

「だって、ちゃんと愛されてたんだなぁって」

「あ、そ」

 その後は、小林さんはあきれ顔で、私はにやけ顔でお弁当を食べた。

 食べ終えてお茶を飲む頃には、小林さんも微笑んでいて「大石さんって面白い人だね、また時々、一緒にお弁当食べよ」と言ってくれた。

「うんうん、もちろん! 時々と言わず毎日でも」

「それは、ちょっと遠慮しとくわ。惚気を聞かされる身にもなってよね」

 そそくさと片付け、休憩室を後にしようとしている。

「え、待って! じゃ、惚気はたまににするから」

「結局するんじゃん」

 苦笑いしながらも、ドアのところで待っていてくれた。


 午後の業務は、長く感じた。

 終わったらすぐに連絡しようと思っていた。平日だけど、出来れば会いに行きたい。みーちゃんの仕事が終わるのをいつまででも待つつもりだった。定時になり、スマホを確認するまでは。

 残業もなく定時に上がれたので、すぐに連絡しようとしたら、みーちゃんからの着信と留守電の通知が届いていた。

 え、何事?


『ごめん、雫。急だけど明日から出張になったの。行く前にどうしても会いたくて。今日はずっと家にいるから、連絡して欲しい。待ってます』

 元気のない声で入っていた留守番を聞いて、会社を飛び出した。

 そのまま、みーちゃんの家へ直行した。

 玄関の前で、2回深呼吸をしてピンポンを鳴らした。


「雫?」

 すぐにドアが開いて、みーちゃんが現れた。

「お邪魔します」

 努めて冷静にと行動をした--いつも通りを。

 そうしないと、感情的になって自分がどうなってしまうか不安だったから。

 手を洗って、キッチンへ行き冷蔵庫を開けた。ここにある材料で作れるメニューを考える。

「チャーハンでいい?」

「え、いいよご飯なんて」

「もう食べたの? 私、お腹空いてるんだけど」

「食べてない、です」

 目も合わさずにシュンとなってるから、きっと私が怒ってると思ってるんだろう。

 人は、お腹が空いているとマイナス思考になる--と私は思っているので、ご飯食べるまでは、あまり話したくない。

 だから、話しかけられたくないオーラを出しながら料理をした。


「美味しい」

 それはお世辞ではないようで、みーちゃんはガツガツとチャーハンを食べた。

「そんなに? お代わりあるよ?」

 まるで部活終わりの男子中学生のように。

「あ、ごめん。あれから何食べても美味しくなくて、最近はあんまり食べれてなかったから」

「ちゃんと食べないとダメだよ、仕事もあるんだし。明日からはどこに行くの?」

「沖縄」

「そっか、海外じゃないけど遠いね」

 みーちゃんはお代わりも食べ、片付けを済ませ、コーヒーを淹れた。


「雫、ごめんね。まだ怒ってる、よね? どうすればいい? 許してもらえるなら何だってするから」

「何でも?」

「うん」

 じゃ来て!

 みーちゃんを寝室へ連れて行ってベッドへ座らせた。

 シャツのボタンを外し胸元をハダけると吸い付いた。強く.......痕が残るように。

 唇を離し、赤くなったソコに指を這わせる。帰ってくる頃には消えているだろうけど。


「みーちゃんを誰にも渡したくない」

「雫?」

 潤んだ目に見つめられて、思わず 好き! と想いを溢した。

 口付けをしながら、そっとベッドへ押し倒す。

「もっと付けてもいい?」

「いっぱい付けて」

 首は避けて、さっきとは逆の胸にキスを落とす。

 そうしながらも服を脱がし、さらにはブラも取って白い肌を晒し、自分が付けた痕を確認する。

 見下ろしたみーちゃんの顔は既に紅潮していて、何か言いたげだ。

「どうしたの?」

 分かっていたけど意地悪して聞いた。

「雫が欲しいの、抱いて」

 唇を合わせた。隙間から舌をねじ込んだ。すぐに舌が絡まる。

「--んっ」

 久しぶりな感じがする。たった5日会わなかっただけなのに。気持ちがすれ違っただけで時間は永遠にも感じる。

 柔らかい耳たぶ、うなじ、鎖骨へと舌を這わしながらゆっくり下がっていく。

「--あっ...」

 自分がこんなにも嫉妬深いと思わなかった。独占欲の塊だ。

 柔らかな膨らみを揉み上げる。気持ちいい触り心地。すぐにピンと立つ乳首に吸いつく。舐める。転がす。

「--うっ...はぁ」

 誰にも触れさせたくない。私だけを見ていて欲しい。

 両方の胸を揉みながらも、顔は下へ向かう。おへその横の柔らかい部分にも吸い付いて赤い痕を残す。おへそにも舌を差し入れ舐め回す。

「ーーっ……しずく」

 そんな声は私にだけ聞かせて欲しい。

 濡れそぼった秘所に指を沈める。指を包む弾力と暖かさに私の子宮もうずく。親指で蕾をスリスリと刺激する。

「ーーふあっ……あぁっ」

 遠くにいても、私の事を思っていて欲しい。

 深いキスをしながら、指の動きを徐々に速めていく。

「ーーうぅ、しずく……もう、イクっ」

 あぁ、その顔でその声で、私の名前を呼んで欲しい。


「みーちゃん、けっこう付けちゃったけど大丈夫?」

 みーちゃんを抱きしめながら余韻に浸っていた。

 私の胸に埋めていた顔を上げたみーちゃんは、うんうんと頷いていた。

「何の問題もないよ」

「私も、なかなか重い女だったみたい」

「ふふ、お揃いだね」

 そう言った顔は、私の大好きな笑顔だったから、またチュッとリップ音を立てキスをしてしまった。

「雫、まだ不安? 今回は時差がないから、夜電話するね」

「うん、待ってる」

「お土産も買ってくるね」

「うん、楽しみにしてる」


 今回はシーサーかなぁ、と思いながら、もう一度キスをした。

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