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第7話 おもい、重い、想い

「ふぅん、上手くいったんだぁ」

「うん、さーちゃんのおかげ。今日も待ち合わせてるんだぁ、遅くなるみたいだからここで時間つぶし--」

「ほぉ、私は時間つぶしに付き合わされてるわけだ」

「ううっ、でもお礼をしたい気持ちはほんとだよ、なんでも頼んで!」


 いつものバーで、親友であるさーちゃんは『ブルームーン』を頼んだ。マスターは怪訝そうな顔をしたけれど、珍しいカクテルなのかな?お酒には詳しくないからわからないけれど。一口飲んださーちゃんは渋い顔をしてこう言った。

「もうさぁ、変に連絡してこないでよ?」

「えっ、なんで?」

 驚いて顔を見ると、冗談ではなく割と真面目に言っているみたいだ。

「いつも言ってるけど、私だって暇じゃないんだよ、これからは恋人がいるんだし」

「えっでも、さーちゃん友達でしょ?」

「--ん、まぁ」

「いろいろ聞いて欲しいよぉ」

 今までだって相談に乗ってくれてたのになんでだ?


「惚気とか愚痴とか聞きたくないもん」

「え〜じゃ、喧嘩した時はどうすればいいの?」

「そういう時は、私に言うんじゃなくて本人に謝るの! 今までの、おままごとみたいな恋じゃないんだから、自分で向き合いな。ちゃんと自分が思っている事を言葉にして伝えるんだよ、言わなくても分かるでしょって思わないでね」

「はぁい」


 同級生なのにお姉ちゃんみたいだ。悔しいけれど、昔からしっかりしているから頼ってばかりだったなぁ。

 さーちゃんとは長い付き合いだから以心伝心みたいなところがあるけど、言葉で伝える事が私は苦手なのかもしれない。

「まぁ、心配しなくても、恋人出来たら友達なんて自然に疎遠になるもんだから」

「そういうもん? さーちゃんなんで詳しいの? 恋愛経験ないのに」

 ほんとはあるのかな? でも前聞いた時は片想いって言ってたしなぁ。

「うっさいわ」

 今夜はずっとしかめ面だったけど、ようやくさーちゃんは笑顔になった。


 あっ。握りしめていたスマホが震えた。

「もうすぐ来るみたい」

「ん、じゃぁ私はそろそろ行くね、ご馳走さま」

「うん、ありがとう」

 帰り支度をしながら、さーちゃんはじっと私の顔を見ていた。

「何か付いてる?」と聞くと。

「はぁ、無自覚かぁ」と呟いた。

「は、何が?」

 さーちゃんは苦笑いをしながら、去り際に耳元で「デレ過ぎ」と言った。


 あれ、そんなにニヤけてた?

 頬を触りながら見送った先には、みーちゃんの姿が見えた。

「お待たせ、雫」

「お待たされ、みーちゃん」

 スーツ姿は相変わらずカッコいいなと見惚れる。

「今、すれ違ったのは雫の友達? なんだか睨まれた気がしたんだけど」

「うん、さーちゃん。視力悪いからじゃないかなぁ。それよりこれからどうする?」

「一杯飲んでから出ようか。うち、来るでしょ?」

「はい!」

 みーちゃんは、私の顔を見て笑う。

 あ、ニヤけ過ぎないようにしなきゃ。


 お店を出て、まずはスーパーへ向かう。どうせ、みーちゃん家の冷蔵庫は空っぽだろうから。

「24時間営業のスーパーがあるって、やっぱり都会は違うねぇ」

 カートを引きながら、必要なものを入れていく。

「夜中にも働いてる人いっぱいいるからね」

 野菜のコーナーで立ち止まる。

「あ、わりと新鮮」

「雫、見分けられるの?」

「田舎育ちなので、得意なんです」

「そうなの、どこ?」

「東北の方ーー都会育ちのみーちゃんに言ってもわからないと思う」

「都会?」

「あれ、違うの? そんなイメージだから」

「ーーまぁ、こっち来て長いからそうかな。生まれたところはド田舎だったけどね」

 そう言いながら目を伏せた表情が、なんだか聞かれたくないようだったので、出身地は聞かなかった。過去に何があっても、今ここにいるんだからそれでいい。


「みーちゃん、お肉は何がいい? 牛、豚、鶏、ん〜全部買っちゃえ」

 余ったら冷凍しておけばいいし。

 会計をして外に出る。

 ついつい買いすぎて、マイバッグ二つみーちゃんが持ってくれていた。

「ごめん、一つ持つよ」

「いいよ、これくらい」

 カッコつけさせて--なんて言う。

「でも、それじゃ手を繋げないよ?」

 ハッとしたみーちゃんは、それでも。

「雫に重いもの持たせたくない」と頑なだ。

 みーちゃんの家は、すぐ近くだから甘えることにした。


 玄関に入り、まず荷物を置くみーちゃん。あぁ、やっぱり重かったのかなぁ。ごめんね、みーちゃん。と思っていたら。

 振り向いたみーちゃんに、唇を奪われた。えっ、ちょっ、まだ靴も脱いでないのに? という思いは口が塞がれているため声にはならず。

 まぁそんなことより、激しく口内で暴れ回るみーちゃんの舌に感じまくってしまうのだった。


 ようやく離れた、みーちゃんの口から「会いたかった」とこぼされた言葉にキュンとなって、イチャイチャモードに突入しそうになったけど。

 お肉を冷蔵庫に仕舞わなきゃ、という思いが冷静にさせた。あぶないあぶない。

「みーちゃんお腹空いてる? 何か作ろうか? --あ、私を食べたいとか、そういうのはやめてね」

 図星だったのか、シュンとなってるみーちゃんも可愛いな。


「じゃ、おつまみ系お願い出来る? 一緒に飲もう」

「はぁい」

 バラエティ番組を流し見しながら、ワインを飲んで、みーちゃんの話を聞きながら、まつ毛長いなぁなんて思っていた。美人は三日で飽きるって言うけど嘘だよね。ずっと眺めていられるよ。

「ちょっと雫、聞いてる?」

 聞いてるよー。

「寝てるじゃない、もう夜はこれからだっていうのに」

 えぇ、寝てないよぉ。

 愛しい人の声はしっかり聞こえてるのに、声は出ていないみたいだし体も動かないみたい。

 フワッと持ち上がった感覚と移動してる感覚とボンっと寝かされた感覚--そして朝になっていた。


 うわっ、やってしまった。

 お酒は、そんなに弱くないと思うんだけど、気が緩むと眠くなってしまうみたいだ。

 隣には、ぐっすり眠るみーちゃん。

 まだ起きそうもないので、シャワーを借りることにした。

 その後は、キッチンも借りて料理をする。ご飯は作るって言ってあったから、いいよね。みーちゃんは、仕事が終わるのが遅い関係もあって、ほとんど自炊はしてないって言ってたけど。全くしてないみたいだ。キッチンが綺麗すぎる。

 なのに、設備は整っているから料理が楽しい。作り置きもいっぱい作っておこう。


「おはよう、いい匂いだね」

 寝癖がついた髪や、少し乱れたパジャマ姿でも、みーちゃんに見惚れてしまうのはなんでだ?

「あ、おはよう。先にシャワー借りたよ」

「うん、私もしてくる」

 一旦、浴室へ向かったみーちゃんは、また戻ってきてチュッとキスをして行った。

 そういうところか。

 やけに顔が熱い。


「うわー美味しい、雫やっぱり天才じゃない?」

「そんなことないよぉ」

 照れるけれど、やっぱり褒められれば嬉しい。

「このスクランブルエッグなんてホテルのモーニングみたいだよ」

「これね、生クリーム混ぜてみたんだぁ」

 朝はパン派って言ってたから、洋食にしたのだ。

「ふぅん、愛は?」

「--っ、もちろん入ってるよ」

 たぶん顔が赤くなってるんだろうなと思いながら、言った--いや、言わされた。

 ほんと、そういうところだよ。


「さて、これからどうする?」

 後片付けもあと少しで終わるという時、バックハグしながら聞いてきたみーちゃん。

「出掛けるよ」

「えぇ、イチャイチャしようよ」

 耳元で囁くなんて狡い、心が揺らぐじゃないか。

「お昼にみーちゃんとデートしたいの。いつも夜だったから」

「あ、それもいいね」

 デートという言葉が効いたみたいだ。

 どこへ行こう、何しよう、あれこれ話したが結局決まらず、とにかく出掛けることにした。


 ウィンドショッピングをしながら、いろんなお店に入り、これ可愛いね、こういうのも好き、お互いの好みを確認しながら歩いた。

「初デートの記念に、何か買おうよ」

 そう言ってみーちゃんは、二人とも気に入ったペンダントを買ってくれた。

 ランチはパスタを食べて、お散歩しながら家へ帰った。

「楽しかったね」

 特別なことをしたわけではないけれど、自然とそんな言葉が出てきた。好きな人と過ごすって、こういうことなのか。


 それと同時に、一緒に過ごす時間がどんどん減っていく寂しさも募っていく。今夜は帰る約束だからあと数時間でお別れだ。

「夕飯は何がいい?和洋中、なんでもいいよ」

「え、中華も出来るの?」

「エビはないのでエビチリは無理だけど」

 他のメニューなら、なんとかなるはずだ。

「雫、好き!」

 クスクス笑いながら、料理をする私を眺めている。


「手際いいねぇ、いつから料理してるの?」

「小学校の高学年くらいからかな、最初は簡単なものだったけどね、母が料理好きな人だから教えてくれて」

「そうなんだね、だから楽しそうに作るんだね。いいなぁそういうの」

 みーちゃんを見ると、目を細めて何かを考えているようだった。

「出来たよ」

「美味しそう! 雫、好き」

「わかったから、食べよ」

 そっけなく言ったけど、心の中ではガッツポーズした。


「はぁ、満腹だぁ。ご馳走さまでした」

「お粗末さまでした」

「美味しかったよ、でも……ねぇ雫、無理してない? いつもご飯作ってくれなくていいんだよ」

 気遣ってくれてるとは思うものの、その言葉に不安を抱く。私の浅はかな目論みに気付かれたかもと。


「もしかして、迷惑? キッチン勝手に使われるのが嫌だとか?」

「違う、違うよー、そうじゃないからね」

 嫌な言い方しちゃったな。そろそろ帰る時間だなと思ってイライラしてたからかな。全力で否定するみーちゃんを見て申し訳なくなった。そして、さーちゃんの言葉を思い出した。自分の思いを言葉で伝えてみよう。


「ねぇみーちゃん、今日泊まったらダメかな? もう少し一緒にいたい」

「それは--」


「我儘言ってごめんなさい、そろそろ帰るね」

「待って」

 みーちゃんは、今日買ってきた紙袋からケースを取り出した。

「そういえば忘れたね、付けてあげるから座って」

 私の首にペンダントを付けてくれた。

 私も、みーちゃんに付けた。

「可愛いね」

「うん、可愛い」

 しばらく見つめ合った。

「雫」

「みーちゃん」

 同時に相手を呼んだ。


「あ、お先にどうぞ」

「あ、うん。雫に言っておかなきゃいけないんだけど。私、結構重いかも」

「ん?」

 視線は自然とみーちゃんの腹部辺りへ。

「いや、体重じゃなくてね。好きになるとその人しか見れなくなるというか、束縛しちゃうから、だから意識して距離を保とうとしてる。本音は今夜も明日もずっと一緒にいたいんだけど--」

 なんだ、そんなこと。

「重くてもいいよ、いくらでも受け止めてみせるから」

 グッと腕を曲げて、力を入れてみせる。

 だから、体重じゃないって。と笑っている。

「で、雫の話は?」


「あ、えっと。私がご飯を作るのはね、みーちゃんの胃袋を掴みたいからなんだ。みーちゃんが離れていかないようにって。不純な動機でごめんなさい」

「ふっ、ふふ。なんだ、そんなの--ふふふ」

 みーちゃんは、その後しばらく笑ってた。

 結局、その日も泊めてもらう事になった。

 交代でお風呂に入り、髪を乾かしベッドへ入る。今日はアルコールなしだ。


「昨日は先に寝ちゃってごめんね」

「いいよ、寝顔を堪能したから。でも、あんまり他の人とお酒飲まないでね、無防備だから心配だよ」

「気をつけます」

「素直で良い子だね」

 頭を撫でられた。


 素直か、、さーちゃんの言葉を思い出して良かったな。でなきゃあのまま帰って悶々としてたなぁ。

「雫、来週は出張になりそうなんだぁ、良い子でお留守番しててね」

「海外?」

「うん、お土産買ってくるから」

 そっか、仕事じゃしょうがない、でも。

 みーちゃんに抱きついた。

「寂しい」

 みーちゃんは抱きとめてくれた。

「連絡するから」

「うん」

 その言葉と、みーちゃんの暖かさや柔らかさで、不安は薄れていく。

「雫」

 顔を上げると、口付けをされた。

 軽く触れるキスから徐々に深いものへ。

 みーちゃんの想いがこもった、恋人らしいキスだ。私もみーちゃんへの想いを込めて応える。

「今日はいっぱいしよ」

 二人の想いは一致している、甘い夜。

  翌朝、微睡みの中ふと思う。


 そういえば……

「昨日、どうして笑ってたの?」

 私が胃袋を掴みたいって言った時のことだ。


「そんなの、とっくに掴まれてるし--胃袋だけじゃなくて全部をね」


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