目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第5話 強靭

 あの夜から。


 あれから私は恋をした。親友が言うところの本当の恋だ。

 寝ても覚めてもあの人の事を考えてしまう。

 早く会いたいと願ってしまうーー会う約束なんてしていないのにだーー


「それ、遊ばれただけでしょ?」

「えぇ~、名前、教えてくれたよ?」

「名前だけでしょ、それだって本名かどうかーー」

「そんな人じゃないもん」

「なんで分かるの? たった一度セックスしただけでしょ。だいたい会ったその日にするなんて遊ばれたに決まってーー」

「もういい! さーちゃんなんて絶交するから」

 強制的に通話を終了した。


 イライラする。

 いつもは私の恋を応援してくれるのに、別れた時は慰めてくれるのに、なんで今回に限ってそんなことを言うのか。親友だって言っていいことと悪いことがあるんだよーと、怒ってはみたものの。


 ほんとは私も不安なんだ。イライラしてるのは、そのせい。

 私はこんなにも会いたいのに……

 全く連絡もないし……

 やっぱり、そういうことなのかな?

 やだよ、ワンナイトにはしない、絶対に。

 そのために行動に移す。

 それから毎日、私は仕事の帰りにあの居酒屋に通った。

 会えるかどうかなんてわからないけれど、他に方法が見つけられなかったから。


 そして、やっと見つけた。

 キャリーケースを引きながら歩く、あの人の姿を。

 嬉しくなって、その人の名前を大声で呼んだ。

「みーちゃ〜ん」

「ちょっと、みーちゃん無視しないでよぉ」

「ねぇ、みーちゃんってば」


 すったもんだあったけど、押し切って一緒にバーに入った。

 ほら思った通り、お洒落なバーがよく似合う。

 常連らしいそのお店で、彼女がよく飲むというカクテルを飲んだ。

 あぁ、やっぱり美味しい。


 さーちゃんに言ったら、同じお酒を飲んだからって近付けるわけじゃないって怒られそうだけど、美味しいもんは美味しいし。

「マスターお代わりお願いしまーす」

 好きなお酒の他にも、彼女のことを色々知ることが出来た。

 海外を飛び回る仕事をしていること、この一週間はヨーロッパへ行っていたこと。写真も見せてもらったし、嘘じゃない。これで、さーちゃんにも何も言わせないぞ!ーーいや別に疑ってたわけじゃないけどーー


 全く連絡がなかったのも、日本にいなかったんだから仕方ないよね。

 ヨーロッパの街並みや景色の写真を見ながら、二人で歩く妄想をする。

 あぁ、いいなぁ。寄り添って夕陽を眺めたりして〜あぁ、また頭がふわふわしてきたなぁって思ったのを最後に意識がなくなった。

 気が付いたら、見たことのない部屋にいた。


「ここ、どこ?」

「ホテルだよ」という声の方を向くと、読書中のみーちゃんだ。

 眼鏡をかけた綺麗な横顔に吸い寄せられるように近付けば「ーー帰ろうかな」なんて言う。

 どうして? せっかく会えたのに!

 酔い潰れた私がいけないの?

 幻滅されちゃった?

 一緒にいて欲しい。

 抱いて欲しい。

 また我儘を言ってしまった。

 会えなかった時間で、私の気持ちは自制できないくらい大きくなっていた。


 恋愛に関してはクールと言われた、今までの私では考えられないことだ。

 こんなにも誰かを求めるなんて。

 強引にキスをした。少しの抵抗はあったけれど受け入れてくれた。蕩けるような甘い口付けに夢中になった。もう止められない。ほんのり色づいた首筋に吸い付いたら「雫!」と掠れた声で呼ばれ、天にも昇る心地になった。

 ちゃんと名前を覚えててくれて、呼んでくれた。

 そして「ベッド行こ」と誘われた。

 え、嘘、夢じゃないよね?

 二人もつれ合いながら、ベッドへ倒れ込んだ。

 さっきまでの覚めた感じのみーちゃんではなく、妖艶な瞳で見つめられ動けなくなる。


「雫」

 名前を呼ばれる度に身体の中心がキュンとなる。

 求められるまま、身体を開いた。

 何度も昇り詰め、そのまま眠りに落ちた。

 朝起きたら、みーちゃんはいなくなっていた。

 置き手紙を残して。


「それで? その置き手紙には何て?」

 今回は電話ではなく直接会って親友に相談というか報告をしている。


 この前は絶交なんて言ってゴメンと謝ったら、いつもの事でしょ! と気にしていなかったけれど、お詫びにcafeのケーキセットは私の奢りだ。

「仕事で早く出社するから先に出るって」

「連絡先は?」

「書いてなかった」

「ふぅん」

「どう思う? やっぱり遊びかな」

「話を聞いた限りだと身体目当てって感じだけど、雫はそう思ってないんでしょ?」

「うん、そう思いたくないだけかもしれないけど」

 あの時はちゃんと私を求めてくれた。

 私と同じ気持ちだと信じてる。


「だったら信じて待つか、若しくはーー」

「また、自分で見つける」

 さーちゃんは、少し目を細めてコーヒーを口に運んだ。

「しーちゃん、変わったね」

「そう?」

 恋をすると強くなるのか、と呟きながら視線は窓の外だ。

 私も同じように外を見れば、雨が降り出していた。


「さーちゃんは?」

「ん?」

「さーちゃん、恋してる? いつも私の話聞いてくれるけど、さーちゃんの話聞いたことないなって」

「私はーーずっと片想いだから。ずっと弱いまんまなんだ」

 視線は外したまま、カップを持つ手が少し震えていた気がして、それ以上聞けなくなった。いつか話してくれるまで待つつもりだ。大事な親友だから。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?