どうして、こうなったのか。
可愛い寝顔を見ながら思う。
偶然? たまたま? あぁ、昔の歌にそんなのがあったっけ。
たまたま居酒屋で隣の席に座っただけよね。
意気投合してお酒を酌み交わした相手は、同性の女の子。
見るからに若いわぁ、お肌のきめの細かさが物語っている。
そんな彼女が目を潤ませて言った。
「お姉さん、私とワンナイトしませんか?」
ん? 今なんと?
意味、わかってるんだろうか。
こんな可愛らしい子が、私みたいなおばさんと?
いやいや、ないわね。
何か勘違いしてるにちがいない。
もしくは、何かの罠?
私は余裕を見せるために微笑みながら。
「意味、わかってるの?」と問うた。
「わかってるに決まってるじゃないですかぁ。ワンナイトラブですよ、直訳して一夜の愛。中学で習う単語ですよ」とケラケラ笑う。
酔ってるね!
「もしかして学生さん?」
「違いますよぉ、あ、もしかしてそれ心配してる? 大丈夫です、成人してるので犯罪にはなりませんよ」クスクス笑う。
犯罪って、、ワンナイトの意味わかって言ってるのか。
本気?
だったらどうする?
守備範囲ではある。いや、ぶっちゃけドストライクなんだけど。
いやいやいやいや、年の差いくつよ?
脳内会議では分裂している。
そんな私を見て彼女は勘違いして。
「えぇ、信じてないんですかぁ? なんなら免許証で確認します?」と財布を取りだした。
「ワンナイトで名前を名乗るなんて無粋よ」と制した私。
あれ、なんでワンナイトする前提で話してるんだろ。
「では、出ましょう」
グイっと引っ張られ、会計を済ませあれよあれよと外に出た。
腕を組まれて寄り添って歩く。
腕に感じる、彼女の柔らかい胸。
年甲斐もなくドキドキしてしまう。
彼女は組んでいた手をするすると下へ移動させ手を繋ぐ。
自然すぎる動作だ。
「お姉さん、手冷たいよ? 温めてあげます」
そのまま彼女のコートのポケットへ。
慣れてる?
このままだと主導権を握られる。
え、何の?
自嘲気味に笑ったら、小首を傾げて「どうしたの?」と言う。
もういいや、これが何かの陰謀だろうとも、据え膳食わねばなんとやらだ。
「結構飲んだよね? 休憩していこうか」 そう誘ったら、少しだけ驚いたようだったけれど。
「はい」と、恥じらいながらも頷いた。
小綺麗なホテルの部屋に入った。
彼女はさっきから部屋のあちこちを眺めまわし「へぇ」とか「ほぉ」とか感嘆の声をあげていた。
ようやく気が済んだのか、ベッドへ戻ってきて隣に座った。
「お姉さんは慣れてるっぽいですね」
「まぁね、年の功?」
なんて言ってはみたものの、じっと見つめられて目を逸らしてしまった。
あぁ、情けない。
「お風呂、広かったですよ! アメニティも充実してた。お姉さんも一緒に入ります?」
「い、いや。お先にどうぞ」
「そうですか? ではお言葉に甘えて」
るんるん♪ という感じで行ってしまった。
シャワーの音を聞きながら、ゴロンとベッドに寝転がる。
彼女の肌ならシャワーの水とかも弾いちゃうんだろうなぁと想像しながら……
「……さん、おねえさん」
あれ?
「え、寝てた?」
目の前に彼女の、ほんのり赤い顔があった。
「その寝顔、反則ですよ」
「ごめ……わっ……」
起き上がろうと思ったら、押し倒されて一瞬で奪われた。
唇も、心も。
キスが上手すぎて、彼女もいい匂いがするし。
はっ?
「ちょっと待って、私まだシャワー浴びてない」
「大丈夫です、私匂いフェチで、お姉さんの匂い好きですから」
「やっ、そういう問題じゃなくて……って聞いてない……っはん」
結局、押し切られた。
攻められて啼かされて。
自分があんなに喘ぐなんて知らなかった。
なんで、こうなった?
隣で眠る彼女の可愛らしい顔を眺めながら。
そっちこそ、この寝顔は反則。いや、この顔であのテクニックのギャップは本気でずるい。
一夜限りかぁ。
彼女の目が覚めてここを出たら終わる関係だ。
何度でも言おう。
なんで、こうなった。
「あ、おはようございます」
可愛い子は、寝惚け顔も可愛いのか。
「ん、おはよ」
「お姉さん、気持ちよかったですか?」
うっ、いきなりそれ聞く?
まぁ、ここで意地を張ってもしょうがない。
「うん、とっても」
素直に認めた。
「それは、良かったです」
綺麗な笑顔で言う。
「でも、貴女は良かったの?」
「え?」
「私だけ気持ち良くなっちゃって、申し訳ないというか……」
「あぁ。では、ひとつお願い聞いてもらえますか?」
「何?」
「名前、教えてもらえませんか?」
「名前……?」
「ワンナイトじゃなくて、また会いたいな。なんて、ダメですよね」
今度はしおらしく言う。
こんなこと言われて断れる人間なんているんだろうか。
なにこれ、夢オチとかじゃないわよね?
思わず、彼女のほっぺをつねる。
「痛っ」
夢じゃない!
何するんですかぁ、って涙目になってる彼女に。
「名前を聞くなら、まず名乗るのが先でしょ?」
社会人のマナーを教える。
「そうですね」
そう言って、ベッドから抜け出して、バッグをゴソゴソしていたと思ったら戻ってきて、ベッドの上に正座して。
「こういうものです」と、名刺を差し出したーー下着姿だけどーー
何かのギャグかと思ったら、ちゃんとした会社の名刺だった。
ここまでされたら、教えないわけにはいかないか。
「今、名刺はないけど、橘美佐と申します」
深々と頭を下げたーー下着も付けていないけどーー
「じゃ、みーちゃんですね!」
「は? そんな猫みたいな呼び方?」
私をいくつだと思ってんの?
「え? 嫌ですか?」
彼女に言われると、悪くないなと思ってしまう自分がいることも確かなんだけど。
「2人の時だけにしてよ?」
「はぁい。私はなんでもいいですよ」
「えっと、大石雫?」
「はい」
「しずく!」
「はぁい」
嬉しそうに笑った彼女を見たら、もっと早く名前を教えて、彼女の名前も呼んであげれば良かったなと思う。
これはもう、ワンナイトでは終われない。
そんな気がする。
どうして、こうなったか。
それは、すでに恋に堕ちていたから。