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第48話『貫き通す力』


 衝撃。唐突に視界を遮った粉塵や破片が、パラパラと肌を叩く。身じろぎをすると、あちこちの痛みに、身体が引き攣った。

 まなみは、目を細め、今度は何が起きたのだろうと、徐々に戻る思考を手繰り寄せては腕の下にあるぐにゃりとした暖かな感触に、ハッとなる。


「ミャオさん?」


 薄目を開ければまなみは、ミャオに折り重なる様に倒れ込んでいた。


「ん……」


 その声に、身じろぎをするミャオ。それにホッと安堵の息を漏らすまなみは、彼女の上からどいて起き上がろうと身じろぐと。


「座布団……?」


 手に古びた座布団が当たる。

 どうやら奥座敷のふすまに突っ込み、そこに仕舞われていた座布団の山に。異様なかび臭さが、鼻を突いた。


「ミャオさん。ミャオさん。起きて……」

「ん……ミュウ?」


 何か可愛らしい声を漏らしていやいやをする。今なら、逃げ出せるかも知れないのに。そんな焦りがまなみを突き動かすのだが、ここにミャオを一人置いて行く訳にもいかない。あまねはの事が脳裏を過るが、今は無理……それにしても。

 急ぎ首を巡らせた。

 例の魔法少女人形はどこに? アレが指揮していた死人の群も、あまねも、あの衝撃にみんな倒れてしまったのでは? 一体、何が?


 見上げると、それはそそり立っていた。



 ◇



 空を真横に落下し続ける紀子とバイクは、たちどころに暗転した秋葉原の上空に到達していた。


「まなみちゃん!? まなみちゃん!? まなみちゃん!?」


 漆黒のライダースーツの下、パンパンに張りつめた紀子の胸は内側から炭化しそうにカリカリに焼けつく。

 何しろ、この人々が右往左往に蠢く、半ばパニックに陥った秋葉原の電気街のどこにまなみが居るというのか。どこで助けを求めているというのか!?

 環状からの高架が異様に邪魔だ。出来る事なら、真っ二つに叩き割って回りたい衝動に駆られるが、そうもやってられない。


「くっそー!! どこだ!!? どこに居る!!?」


 ぐるぐると周りながら、妖気を感知しようと印を結ぶが、何も感じられない。

 もう一度、携帯を鳴らしてみるが、電源が入って無いか電波の届かない場所に居ると、お決まりのメッセージが。


「ダメだこりゃ!」


 手荒に折り畳み携帯を切り、一思案。

 もしあの夜と同じ事が起きているとしたら、またあの猫娘か!?

 それとも、何らかの結界に……

 鏡だ!


 すぐさま、鏡のスマフォを鳴らすが、出たのは栗林だった。


『あ~、何かな?』

「え!? 何で鏡じゃなくて、支部長が!?」

『ま、色々事情があってな。それより、今どこ?』

「秋葉原上空です! もしかしたら、知り合いが巻き込まれたらしくて!」

『何か判ったのか?』

「いえ! とにかく、鏡に聞きたい事があって!」

『そっちは今、ボビーが追ってる。鏡はとある事情で動けない。急ぎならボビーにかけ直してくれ。俺は……察してくれ……』


 何だろう? とにかく、今は聞くなという事らしい。

 取り合えず電話をかけ直そうとする紀子の手が止まった。


「へえ~……」


 紀子と同じ程の高度に、白木の槍を手にしたあの女が。無表情に浮かんでいた。


「よお! あんた、何か知らないか!?」


 やっぱりこいつもまともな人間じゃ無いって事か。

 だが、この場合は渡りに船だ。何か知っているなら、教えて貰いたいものだ。


 すると、そのマッハと呼ばれていた女は、無言で槍を下へと向けた。その先を見れば……路地裏に居る栗林が見えた。そして、何か壁から生えている下半身が。


「いや、それじゃなくてさ! 襲われてる女の子を探してんだよ!」

「目に見えるものだけが全てでは無い。私は見る者。それだけだ」


 要は目に見えない所で事件が起きているって事か!?

 て事はやっぱり結界か!? 妖気を遮断する結界に取り込まれて!

 鏡は首だけ突っ込んでやられちまったって事か!? まあアレはいいや。仕方ねえ。


 取り合えず、ボビーに電話をかけ直そうと、携帯を構え、素早く指を動かし、リストからボビーの名前を選ぼうと。

 今でもまなみが助けを求めている声が聞えている様な気がしてならなかった。

 聞えている様な……

 紀子は徐に、胸の谷間に指を突っ込み、水晶の棒を取り出した。不思議な事に、微かではあるが、そこにまなみの声が反響しているではないか?


『助けてのりちゃん助けてぇーっ!!』


 それが幾重にも重なって、響いている。わんわんと。


「こ、これは……共振?」


 昔、水晶は一定の周波数を刻むための共振回路として使われてもいた。が、今や電子回路にとって代わられて、使われる事は無い。

 だが、これは偶然なのだろうか。それとも、わけ身としてまなみにあげた水晶片が、その音声を、想いを、伝え、保持していたのだろうか?

 結晶使いの紀子には、よりそれが鋭敏に感じ取れた。水晶にこもった、その想いの程が。


「なる程、目に見えるばかりじゃねぇっと事か……」


 そんな紀子の呟きを聞いてか聞かずか、マッハと呼ばれた女は、静かに下を眺めていた。


「て事はよお……」


 紀子はバイクのエンジンを切り、カラカラと回る後輪をブーツで止めた。

 風が吹き抜ける音は何かを運んで来てくれてるかの様だった。

 紀子はじいっと下を見つめた。耳を澄ませた。心の泡立ちを抑え、まなみの声を思い浮かべ。印を結んでは、心をそれに集中させた。


 その内、微かだが感じられた。

 それは助けを求める、まなみの声。

 まるでさざなみの様、地上から沸き起こる様に。

 古びた機械、宝飾品、置物、それらに使われた水晶に伝わり、残っていたまなみの声が、まるで大きな波のうねりの様に拡散されているのを。


 その中心を!


 そこだけ、ぽっかりと何も聞こえない。

 古い商店街のアーケードの一画。ビルの谷間から取り残された様に、表通りから少し入った所にある電気街とは真逆の位置。


「あーっはっはっはっはっは!! そこかあああああああっ!!!」


 迷わず紀子はバイクごとそこへ向って落下した。

 それと同時に、願った。結界をも貫き通す力を!!


 たちまち、紀子やバイクを結晶が覆い出す。まるで、ねじれてくびれたいびつな物体に変化し、それに合わせる様、ぐるぐると回転し出す。

 紀子は、巨大なドリルとなって、その一画に突っ込んで行った。



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