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第46話『赤の勇者、奔る!』


 闇色に溶け込んだ世界で、ぬらぬらとした触手が音も無く公園の蛇口に伸びた。

 僅かの星明りに浮かび上がるそのシルエットは、不気味なまだら色の光沢を帯び、ぶるぶると小刻みに震えながらもそれをくいっとひねるや、おびただしい水が滴り落ち、その触手の宿主へと降り注いだ。


『ああ……水だ……』


 あぶくの弾ける様な音。スキンヘッドと見まごうそれは頭部なのか。ぽつり、ぽつりと離れた位置にある丸い器官が周囲の様相を敏感に感じ取る。

 ここは巨人の星。

 重力の底に沈む赤き星の勇者には厳しい環境だ。

 明るい内に、巨人たちがここで水を飲んでるのを確認していたが、見つかる危険が大き過ぎて防御フィールドに隠れているしか無かった。が、もう限界だ。

 普段なら検査キットで安全を確認してから、フィルターにかけて補給するところだが、そんな余裕は無かった……



 教会の裏にある公園には、普段からは考えられない程の人が集まり、不安げに周囲を見渡していた。

 不夜城の様に思えた街が、その光を失ったのだがそれだけでは無い。

 少し前から囁かれていた都市伝説の一つ。街の灯りが消えると、人が一人消えると言う。

 都会においていつの間にか人が消えるという事は、別に特別な事では無いのだが。


「まさかね……」

「た、只の停電だよ」

「その内、復旧するって」


 これだけ大勢の人間が居るのだから、噂とは無関係だろう。大丈夫だろう。そう自分たちに言い聞かせ、開けた場所に留まる事を選んだ訳だが、不安が消える訳では無い。

 そして、少し走った性で喉が乾いた人が、公園の水飲み場に近付いたところで悲鳴を上げた。

 そこにはぬらぬらとした、大きなタコの様な生き物が夢中になって水を飲んでいたからだ。


「う、うわあああああっ、何じゃこりゃあっ!!?」


 その恐怖は瞬く間に伝搬し、一斉に人が動いた。明るい方へ向って。



『うあ!? しまった!』


 ポポイは突然の騒ぎに、我に帰った。

 気が付けば、巨人の一人がかなり近くに来ていて、それが警戒音を発したのだ。

 不気味な雄叫びだった。

 一斉に動き出す巨人たちに大地は激しく揺さぶられ、それに突き動かされる様にポポイは水から離れた。傍らにある惑星探索用の補助器具に飛び乗り、四本ある脚部と三本の腕部を既定の操作盤に這わせ、これを急発進させる。


 青の惑星の超重力下において、赤の惑星の生物は活動が非常に困難だ。これはそれを予め想定していた六輪車であり、折り畳み式の非常用装備の一つだ。棒状の兵器に貫かれ、破壊された奴ら巨人族に似せて作られた強化防護服の背部に装着されていたもの。これが無ければ、ポポイがここまで辿り着く事は無かったろう。


 防御フィールドに包まれ、たちまち奴らには姿が見えなくなった筈だが、狂暴な巨人たちが踏み鳴らす振動は、軽量な惑星探索車を否応無しに揺さぶった。


『化け物どもめ!』


 簡易なセンサーに目を走らせ、バッテリーの残量を気にしつつ、車体をこの開けたフィールドから脱出させる。残した装備が心配だったが、狂暴な巨人たちが闊歩しているあの場所に留まる事を許さなかった。

 そして、計器の一つが大きな異変を告げていた。


『次元振が!?』



 ◇



「若い娘よ。それが絶望だ」


 その声は、まなみの悲鳴をもってしても、二人の耳に届いた。


「みゃあああああ!!? に、人形が喋ったにゃ!!」

「嘘!? 嘘! 嘘! 嘘!! やだあーっ!!」


 この店の奥座敷に、古びたラーメン屋に似つかわぬ可愛らしい人形が飾ってあった。

 今、流行りのアニメや漫画で大ヒットしている魔法少女まんちゃんの人形だ。一目見て二人はその色違いに違和感を覚えるだろうが、それどころでは無い。その全長20センチ程の人形が、更に動き出すのだ。


「くくくく……世界に絶望せよ」


 その可愛らしい顔が醜く歪み、まるで店内の化け物たちを指揮する様に大仰に振る舞うと、ぴたりそれらの動きが止まる。あまねもまた、白濁した瞳に口を大きく開き、猛禽の如く両腕を突き出したままに。

 それをミャオの背にかじりつく様に身を縮こま背たまなみは、半ば狂気に彩られた瞳を大きくさせ、魔法少女人形とあまねを交互に見るのだった。


「あ、あ、あまねさん? あまねさん!?」

「ふ……顔見知りか? 安心するが良い。お前もすぐに死人と化し、そやつの仲間となるのだ」


 人形が何を言ってるか理解出来ない。だって、現にあまねさんは、ちょっと、大分様子がおかしいけれど、生きているじゃないの?

 分からない。分からない。わか……


「まなみちゃん!! あいつの言葉を聞いちゃダメにゃ!!」

「獣人。邪魔をするな。『もう助からぬ』『誰も救ってはくれぬ』『お前は見捨てられたのだ』」


 頭を抱え嫌々とするまなみに、声を張り上げ、ミャオは魔法少女人形の言葉を遮ろうとするが、何故かその嘲弄する声はあまねの耳元に囁かれた。

 恐怖にもみくちゃにされ、今にも潰れそうな彼女の心をあざ笑う様に。


「『お前は死ぬ』」



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