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第44話『CINN退魔』


 唐突に電源がUPSに切り替わり、甲高い排気音が響き出す。と同時に、三人は暗がりから店外へと飛び出した。


「鏡ぃっ、どこだぁっ!?」

「こっち!」

「こんナ人、多いタイムに!」


 目の前にそびえ立つ教会の黒い影が星明りをも遮り、一層暗くなる路地を、わらわらと転がる様に走り抜ける人の群が圧となって三人を押し流そうとする。明るい隣の区画へと向おうというのか。悲鳴混じりに走る様は、まるで襲い掛かって来るゾンビの様だ。

 それに逆らい、鏡の影を追って栗林とボビーは縫うように動いた。軽やかなステップ。巨漢の栗林に似合わぬその動きだが、人の群に溶け込む様に消えては現れる鏡の影は、たちどころに先へと進んで行く。


「待てー!! 先に一人で行くなー!!」

「あははは、待てないよー!」


 空間の異常を察知しているのか。鏡は人ごみを迷う事無くすり抜けて行く。ちらっと振り返っては、掌をひらひらさせる鏡。その肩や頭に、数匹の小動物が飛び乗った。


「だいジョブね。栗林サーン」


 ボビーの影が、白い歯をキラーン。薄っすらと親指を立てているのが判った。

 くるり、ダンスでも踊るかの様に、栗林が人と人の間をぬるぬる抜ける。


「くっ、任せた! 行けー!! 死んだら骨は拾ってやるぞー!!」

「あはー、何言ってるか聞えなーい!」

「死ね!! 馬鹿野郎!!」

「がーん」


 どうやら悪口は、ちゃんと聞えたらしい。ふらっと揺れた鏡の影は、もう見えない。


「だいジョブね。ちゃント追えてるヨ」

「よし! 行くぞ!」



 鏡の跳躍は、これまで二人が追い付ける様にと、気を使ってのものだった。だが、次に空間を渡った先は、正に閉じたシャッターの真ん前だ。


「ちいっ!」


 目の前でボッと小さな青い炎が発し、壁面に貼られた四枚の、小さな小さな符が燃え上がる。あの魔法少女人形が使った呪符だろう。途端に、目の前のシャッターがぼやけ、視界から消えて行く。つなげた空間が崩れた。四枚の呪符で形成した四角い一面を使い、ここに別の空間を繋げていたのだ。


「え、ええーい! 三十万っ!!」


 鏡は一瞬、戸惑うものの、意を決して両手を割って入らせる。この先に、例のプレミア人形があるかも知れないのだ。上手い事がめる事が出来れば大勝利だ!


 ぽっけないない! ぽっけないない!! うははのはーっ!!!


 崩れる空間の不安定化した繋がりに、己の術で上書きし、指先が届くや平泳ぎの要領で大きくかいで飛び込んだ。

 ぼんやりと消えかけたシャッターが、再度はっきりと目の前に! やった!


「あ、あれ?」


 さっき見えた錆びたシャッターに手が届いた。が、触れる事が出来ない。まるで薄い膜がかかったかの様に、何かの結界で囲われている様だった。


「ははーん。こんなのはねえ……あ、あれ?」


 余裕しゃくしゃく。古い術式でちょっと面倒だが、さてどう解いてやろうかと一歩前へ。

 前へ出ようとしたのだが、何か変だ。

 ハッと自分の足元を見れば、脚が無い!? 感覚はあるのに!


「ええーっ!?」


 見れば、鏡の上半身は何もない空間からにょっきり生えている状態だ。

 下半身はというと……




「おい……」

「DO言うコト?」


 壁からにょっきり生えた鏡の下半身を前に、栗林とボビーはどうしたものかと天を仰ぎ見ていた。


「新しい犠牲者か?」

「だいジョブね、栗林サーン」


 ちょろちょろと足元をネズミの精霊が駆け、ボビーの体へと戻って行く。


「鏡のハンブン。あっちネ」

「いや、だが、これをここにこうしてはおけないぞ! 薄い本みたいな事になっちまう!」


 確かに壁から下半身が生えていて、歌舞伎町二丁目辺りだったら五分も無事ではいられまい。一応、大事な構成員なのだ。あんなのでも。


 目の前でじたばたしている尻を眺め、実に嫌そうな顔をする栗林だが、幸いな事に全てを闇が覆い隠してくれていた。精霊の知覚で、全てはっきりくっきり見えているボビーに対して以外だが。


「あー、じゃあ俺がここで見張っているから、ボビーはあいつの所に行ってやってくれ。俺は萬世橋に電話して、何人か寄越して貰ってここを封鎖したらそっちに行くから」

「ラジャー、ボス!」


 こういう時は、裏の繋がりで警察の協力を得る事が出来る。あまり表立って堂々とは出来ないのだが。


 鏡の尻を思いっきり蹴っ飛ばしてやりたい誘惑にかられる栗林であったが、マジで蹴ったら死なせかねないし、どんな影響が出るかも判らないので、流石に自重する支部長、栗林であった。栗林瞳、自重出来る男なのだ。




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