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第42話『彷徨えるあまねさん』


「終わった~!!」

「やったあ!! やったよ!!」

「お疲れ様~!!」


 最後のお客さんがエレベーターの扉を閉めた途端、店内から歓声が沸き起こった。勿論、私も一緒。あれれ? 私って朝一からだったのに、何で最後まで居るんだろう?


 ぴょんぴょん跳びはね、一緒になって喜びながら、頭の隅でまなみはそんな事を考えていた。


 わ~わ~、夕方には帰るって言って来た筈なんだけど~。やばくない?


 パンパン。


「はいはい。お片付けの時間ですよ~」


 タマさんの声に、みんな慌てて掃除道具を取りに走ったり、テーブルの上に椅子を乗せて回ったり。


「わ、私も!」


 わ~、何をすれば良いの~!?


 ドム! 横からタックル!?


「はうあっ!?」

「むふ~、通しでラスまでお疲れにゃん」


 間近にミャオさんのくりくりアイがきら~んしてる~!


「あは、あは、あはははは」


 本当は四時で上がるつもりだったんですど~……


「外はもう暗いから、駅まで送ってってあげるにょ」

「え~、悪いですよ~」

「良いにゃ良いにゃ。あ、そっち持つにょん」

「あ、はい!」


 テーブルを移動して、あ~、パイさんが業務用のクリーナーで!?

 ブオオオオオオオオオ!

 廊下の奥に鎮座してた、結構大きめの掃除機が、泡を撒きながら大活躍。あれ、凄く重そうなのに~。


「おらおらおら~! どけどけどけ~!」


 パイさんが通り過ぎた跡は、濡れた絨毯の毛がぺたりと倒れてしまい大丈夫かな、これ? って思った所に、タマさんが乾燥機をかけていく。すると、ふわ~っと柑橘系の良い香りが立ち昇り、ふわふわになった絨毯が甦って来る! まるで魔法みたい!


「は~い。じゃあ、各自終わった人から上がって良いわよ~。お疲れ様~」

「「「は~い! お疲れ様でーす!」」」


 はっ! 時計を見る! 七時半を回ってる! 急いで帰らなくっちゃ!


 慌てて衣装を着替えて、猫耳と尻尾をアルコールで綺麗にしてからしまってー。

 みんなキャッキャとおしゃべりしながら、のんびり着替えている中で、私一人だけ大忙し。


「お先、しつれーしまーす!」

「「「お疲れ様ー!」」」


 脱兎の如く更衣室を飛び出すと、ミャオさんが満面の笑みで待ち構えてました。


「待ってたにゃん」

「え~!? ミャオさん、着替えなくて良いの!?」

「ん? へーきにゃ。行こ行こ~」


 サッと手を引かれ、慌ただしくエレベーターへ。


「ちょっと行って来るにゃ~!」

「早く帰るのよ~」

「最近、秋葉は物騒だからな」


 タマさんとパイさんがお見送り。パイさん、何かちょっと怒ってる感じ? 仁王立ちって感じで、どうして?



 戸惑いを覚えながらも、まなみはミャオに手を引かれすっかり暗くなった秋葉原の街へ。



 この時間なら、まだ営業しているショップも多く、人も多い。逆に、変な人にちょっかいをかけられたらたまらない。そう思ったから、ミャオの心使いが有難かったけれど、じゃあミャオが帰る時はどうなのだろう。秋葉原に住んでるから、顔見知りも多く平気なのかもだけど。


 紀子さんの働いているお店はもう閉まってました。早っ!

 前もって話をしておけば、一緒に帰ってくれたかも。ちょっと失敗。元より、この時間まで残る気は無かったのだけどね。ああ、帰ったら何を言われるやら。とほ~。


「で、一日通してどうだったかにゃ?」

「え~、なかなかに大変でした。たはは」


 手を大きく振りながら楽しそうに隣を歩くミャオさんが、目をキラキラさせて聞いてくるものだから、滅多な事は言えません。死ぬ程、キツかったとかね。でも、まだまだメイドさん0レベルなんだもの。正直日曜日を舐めてましたわ。も~キツイキツイ。如何に温い生き方をして来たか、実感しちゃった。


「ミャオさん、あそこに住んでるんでしょ? 毎日出てるの?」

「みゅ? そうにゃ。火曜の定休日以外毎日にょ」

「すごーい! タマさんも、パイさんもそうなの?」

「そうにゃ~。もう家賃収入だけでやってける筈にゃのに、お金は大事にゃんだって」

「ううう……皆さん、逞しくてらっしゃる……」

「みょ?」


 何か凄い話を聞いちゃった。でも、お父さんも毎日仕事を頑張って、私たちを養ってくれてるんだもの。それが当たり前なのかあ~。

 ミャオさん、全然楽しそうに尻尾をふりふりさせちゃって、これっぽっちも大変だなんて思って無いみたい。お耳も尻尾も、お仕事終わったんだから置いてくれば良いのに。


 そんな事を考えていたら、不意に目の前が真っ暗に。


「え!?」

「みょみょみょ?」


 街灯もお店の明かりも、み~んな消えちゃった!

 それまで黙々と歩いてた人達も、みんなびっくり。悲鳴をあげてうずくまる人も。いきなり走り出す人も。あ、危ない!?

 知らない人がぶつかって来て、転びそうになっちゃう。それをミャオさんが支えてくれて。


「あ、ありがとう……」

「う~ん。みんなどうしたんにゃ?」


 私、ミャオさんが落ち着いてるから、辛うじて立ってられたけど、もう脚がガクガク!


「う~んう~ん。あ、あそこが明るいにゃん。まなみちゃん、歩けりゅ?」

「うん。だ、大丈夫って、あれ?」


 見上げたら、ミャオさんの目もなんか光ってない?

 一瞬の事だったから、あたしの見間違い?

 そっちの方を見てるミャオさんに、ぐいぐい手を引かれてその路地に入って行くんだけど、確かに明かりの点いてるお店がありました。


「ラーメン屋さん?」


 お店の中は、そんな雰囲気で、如何にも古~い街のラーメン屋さんって感じ?

 赤いカウンター席が奥まで続いてて、もうほぼ満席みたい。右手の厨房には白い服の調理師さんが立っている。壁には古びたポスターやら、色あせたお品書きがずら~っと並んでて、ラーメン、タンメン、チャーシューメン。中華丼にチャーハン、レバニラ、カレーライス。

 ううう。お腹空いてるけど、うちに帰ればご飯があるからなあ~。


 すると、ミャオさんが。


「あっ!? あまねちゃんだ!」

「え!?」


 ミャオさんが指さしたお店の奥の方に、確かにあまねさんの姿が!

 しかも、隣の男の人と、楽しそうにおしゃべりしてるみたい! 彼氏かなあ!?


「にゅ~、さぼり発見~!」

「え~、止めようよ。悪いよ~」


 引き留めようとしても、ミャオさんの力が凄くて、私もずるずると引きずられる様に、お店の中に入っちゃった。あわわわわ。


 お客でいっぱいのカウンターとお店の壁との狭い間をぐいぐい進み、いよいよあまねさんのデート現場に。来ちゃった!


「ちょっと、あまねちゃん! どーして電話に出ないにょ!?」


 うっわ~、ミャオさん。結構、怒ってた!?

 パイさんそっくりの仁王立ちじゃないの~。私、その後ろに隠れる様に立つんだけど。ど、ど、ど、どうしよ~!


「あまねちゃん! お返事にゃん!?」

「あ、あ、あ、あああああまねさん。ど、ど、ど~して連絡しなかったんですか?」


 私も勇気をふり絞って、あまねさんに声をかけました。

 でも、あまねさん。隣の男の人の方を向きながら、口をただぱくぱくさせてるだけで……


「あまねさん?」


 何か変だと思ったその時なんです。

 いきなり、表のシャッターがガシャーンと降りたのは。



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