「終わった~!!」
「やったあ!! やったよ!!」
「お疲れ様~!!」
最後のお客さんがエレベーターの扉を閉めた途端、店内から歓声が沸き起こった。勿論、私も一緒。あれれ? 私って朝一からだったのに、何で最後まで居るんだろう?
ぴょんぴょん跳びはね、一緒になって喜びながら、頭の隅でまなみはそんな事を考えていた。
わ~わ~、夕方には帰るって言って来た筈なんだけど~。やばくない?
パンパン。
「はいはい。お片付けの時間ですよ~」
タマさんの声に、みんな慌てて掃除道具を取りに走ったり、テーブルの上に椅子を乗せて回ったり。
「わ、私も!」
わ~、何をすれば良いの~!?
ドム! 横からタックル!?
「はうあっ!?」
「むふ~、通しでラスまでお疲れにゃん」
間近にミャオさんのくりくりアイがきら~んしてる~!
「あは、あは、あはははは」
本当は四時で上がるつもりだったんですど~……
「外はもう暗いから、駅まで送ってってあげるにょ」
「え~、悪いですよ~」
「良いにゃ良いにゃ。あ、そっち持つにょん」
「あ、はい!」
テーブルを移動して、あ~、パイさんが業務用のクリーナーで!?
ブオオオオオオオオオ!
廊下の奥に鎮座してた、結構大きめの掃除機が、泡を撒きながら大活躍。あれ、凄く重そうなのに~。
「おらおらおら~! どけどけどけ~!」
パイさんが通り過ぎた跡は、濡れた絨毯の毛がぺたりと倒れてしまい大丈夫かな、これ? って思った所に、タマさんが乾燥機をかけていく。すると、ふわ~っと柑橘系の良い香りが立ち昇り、ふわふわになった絨毯が甦って来る! まるで魔法みたい!
「は~い。じゃあ、各自終わった人から上がって良いわよ~。お疲れ様~」
「「「は~い! お疲れ様でーす!」」」
はっ! 時計を見る! 七時半を回ってる! 急いで帰らなくっちゃ!
慌てて衣装を着替えて、猫耳と尻尾をアルコールで綺麗にしてからしまってー。
みんなキャッキャとおしゃべりしながら、のんびり着替えている中で、私一人だけ大忙し。
「お先、しつれーしまーす!」
「「「お疲れ様ー!」」」
脱兎の如く更衣室を飛び出すと、ミャオさんが満面の笑みで待ち構えてました。
「待ってたにゃん」
「え~!? ミャオさん、着替えなくて良いの!?」
「ん? へーきにゃ。行こ行こ~」
サッと手を引かれ、慌ただしくエレベーターへ。
「ちょっと行って来るにゃ~!」
「早く帰るのよ~」
「最近、秋葉は物騒だからな」
タマさんとパイさんがお見送り。パイさん、何かちょっと怒ってる感じ? 仁王立ちって感じで、どうして?
戸惑いを覚えながらも、まなみはミャオに手を引かれすっかり暗くなった秋葉原の街へ。
この時間なら、まだ営業しているショップも多く、人も多い。逆に、変な人にちょっかいをかけられたらたまらない。そう思ったから、ミャオの心使いが有難かったけれど、じゃあミャオが帰る時はどうなのだろう。秋葉原に住んでるから、顔見知りも多く平気なのかもだけど。
紀子さんの働いているお店はもう閉まってました。早っ!
前もって話をしておけば、一緒に帰ってくれたかも。ちょっと失敗。元より、この時間まで残る気は無かったのだけどね。ああ、帰ったら何を言われるやら。とほ~。
「で、一日通してどうだったかにゃ?」
「え~、なかなかに大変でした。たはは」
手を大きく振りながら楽しそうに隣を歩くミャオさんが、目をキラキラさせて聞いてくるものだから、滅多な事は言えません。死ぬ程、キツかったとかね。でも、まだまだメイドさん0レベルなんだもの。正直日曜日を舐めてましたわ。も~キツイキツイ。如何に温い生き方をして来たか、実感しちゃった。
「ミャオさん、あそこに住んでるんでしょ? 毎日出てるの?」
「みゅ? そうにゃ。火曜の定休日以外毎日にょ」
「すごーい! タマさんも、パイさんもそうなの?」
「そうにゃ~。もう家賃収入だけでやってける筈にゃのに、お金は大事にゃんだって」
「ううう……皆さん、逞しくてらっしゃる……」
「みょ?」
何か凄い話を聞いちゃった。でも、お父さんも毎日仕事を頑張って、私たちを養ってくれてるんだもの。それが当たり前なのかあ~。
ミャオさん、全然楽しそうに尻尾をふりふりさせちゃって、これっぽっちも大変だなんて思って無いみたい。お耳も尻尾も、お仕事終わったんだから置いてくれば良いのに。
そんな事を考えていたら、不意に目の前が真っ暗に。
「え!?」
「みょみょみょ?」
街灯もお店の明かりも、み~んな消えちゃった!
それまで黙々と歩いてた人達も、みんなびっくり。悲鳴をあげてうずくまる人も。いきなり走り出す人も。あ、危ない!?
知らない人がぶつかって来て、転びそうになっちゃう。それをミャオさんが支えてくれて。
「あ、ありがとう……」
「う~ん。みんなどうしたんにゃ?」
私、ミャオさんが落ち着いてるから、辛うじて立ってられたけど、もう脚がガクガク!
「う~んう~ん。あ、あそこが明るいにゃん。まなみちゃん、歩けりゅ?」
「うん。だ、大丈夫って、あれ?」
見上げたら、ミャオさんの目もなんか光ってない?
一瞬の事だったから、あたしの見間違い?
そっちの方を見てるミャオさんに、ぐいぐい手を引かれてその路地に入って行くんだけど、確かに明かりの点いてるお店がありました。
「ラーメン屋さん?」
お店の中は、そんな雰囲気で、如何にも古~い街のラーメン屋さんって感じ?
赤いカウンター席が奥まで続いてて、もうほぼ満席みたい。右手の厨房には白い服の調理師さんが立っている。壁には古びたポスターやら、色あせたお品書きがずら~っと並んでて、ラーメン、タンメン、チャーシューメン。中華丼にチャーハン、レバニラ、カレーライス。
ううう。お腹空いてるけど、うちに帰ればご飯があるからなあ~。
すると、ミャオさんが。
「あっ!? あまねちゃんだ!」
「え!?」
ミャオさんが指さしたお店の奥の方に、確かにあまねさんの姿が!
しかも、隣の男の人と、楽しそうにおしゃべりしてるみたい! 彼氏かなあ!?
「にゅ~、さぼり発見~!」
「え~、止めようよ。悪いよ~」
引き留めようとしても、ミャオさんの力が凄くて、私もずるずると引きずられる様に、お店の中に入っちゃった。あわわわわ。
お客でいっぱいのカウンターとお店の壁との狭い間をぐいぐい進み、いよいよあまねさんのデート現場に。来ちゃった!
「ちょっと、あまねちゃん! どーして電話に出ないにょ!?」
うっわ~、ミャオさん。結構、怒ってた!?
パイさんそっくりの仁王立ちじゃないの~。私、その後ろに隠れる様に立つんだけど。ど、ど、ど、どうしよ~!
「あまねちゃん! お返事にゃん!?」
「あ、あ、あ、あああああまねさん。ど、ど、ど~して連絡しなかったんですか?」
私も勇気をふり絞って、あまねさんに声をかけました。
でも、あまねさん。隣の男の人の方を向きながら、口をただぱくぱくさせてるだけで……
「あまねさん?」
何か変だと思ったその時なんです。
いきなり、表のシャッターがガシャーンと降りたのは。