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第38話『世界を貫く穴』


 日曜のレジ打ちは結構忙しい。それは『もっと~♪』だけの話では無いが。

 グラボ、CPU、OSとあれくれこれくれ言って来るお客さんに、嫌な顔をしつつ対応する鏡はガラスケースへ向って、それぞれに鍵を開けて商品を取り出しては一々確認を取り、話がまとまるといよいよレジ打ちだ。


「お買い上げありがとうございます。お支払いは現金ですか? カードですか? それとも……」


 WA・TA・SHI? 等とボケる事も無く、余所行きの仮面を付けた超マジメ人間カガミンが一人、また一人とお客様を処理していく。


 やがて……


「燃え尽きたぜ……真っ白にな……」


 がっくり項垂れてレジの前に座り込むと、ピクリとも動かなくなる。正に時給泥棒。

 そんな鏡の前に、ぬっと影が。

 鏡は薄目でこうのたまった。


「あ~、店長~。チェンジ~」

「チェンジじゃね~だろ、このタコ助が」


 その声に、お目めぱっちり。パッと顔を上げて作り笑顔を浮かべた。


「あれ? のりちゃん? お早いお帰りで~。ボビーもいずみちゃんもお帰り~。何か大変だったんだって? お疲れちゃ~ん」

「お早いお帰りでお疲れちゃん、じゃねえ!」


 あまりの店番ぶりに、どうしてくれようと仁王立ちの紀子は拳をパキパキ鳴らしレジ越しににじり寄るのを、左右からボビーといずみが止めに入った。

 今回の事で、空間系の魔法が得意の鏡に聞きたい事がいっぱいあったので、これでまた追いかけっこなんぞ始められた日には日が暮れてしまう。


「ハイドウドウ」

「馬じゃねぇ!」


 ボビーは後ろから羽交い絞め。いずみは身体を張って鏡との間に、紀子と向かい合う様に立ち塞がった。


「その前に、ね? ね?」

「ちっ」


 そのまま口をへの字に、紀子はそっぽを向いてしまった。一目見たその日から、怒り心頭大爆発といった感じか。これには止めに入った二人も苦笑い。

 どうする?

 そう目で合図をし合うと、いずみが仕方がないと声高に声を上げた。


「店長~! チェンジ、お願いしまーす!」

「え~!!?」


 既にお客様が五人ほど、三人の後ろでどうしたものかと立往生してしまっていたのだ。

 そんなこんなで、ドスドスと体重が大分戻った栗林と入れ替わる様、四人は奥の事務所へと消えた。



 ◇



「で?」


 瞳をキラキラさせる鏡は、三人に囲まれる様に店長の椅子に座ってく~るくる。普段、栗林の体重を支えて悲鳴を上げている椅子が、この時ばかりは異様に滑らかな動きである。

 一通り電話で栗林に説明してある筈だが、三人が体験した不思議な四つ辻の事をもう一度話して聞かせるのだが。


「え~、それ僕に聞く~?」


と明後日の方を見て、そんな気の無い返事。


「あ! ダメだ! こいつに聞くのが間違いだったわ! いこいこ!」


 これにはまたも即ぷっつん。そんな紀子に、またも二人がなだめに入る。

 それをにひひひと笑う鏡は、ゆったりと背もたれに寄りかかり、さも長いでしょうとその脚を組んでみせる。


「そうそう。短気は損気だよ、のりちゃん。話は最後まで聞かなくっちゃね」

「まるで何か判ってる様な口ぶりじゃねぇの?」

「ん~。そうだねぇ~」


 そう言いながら立ち上がった鏡は、コピー用紙の裏紙の束を手に取りぴららとめくった。


「例えばだよ。僕の転移の術がこう……」


 一枚の紙をくるっとまるめて二か所を合わせて見せる。そこにぷつっと机の端に落ちてたつまようじで穴を空けた。


「一時的に繋げて渡るとしよう」


 つまようじを引っこ抜く。


「世界ってのは大きいからね。人がちょっと移動したくらいの歪みなんて、時間が過ぎればまるで無かったかの様にかき消しちゃう訳だ。だけど、これが頻繁に行われたり、もっと大きな歪み、そうだね、例えばトラックやジャンボジェットみたいなのが頻繁に行き来したらどうなると思う?」

「戻らなくなるんでしょうか?」

「そう。流石いずみちゃん。どっかの脳筋とは違うねぇ~」

「んだとコラ!!」

「ハイドウドウ。そーいうトコだネ」

「くっ……」


 またも背後からロックされる。これがどうにも外せない。

 力の使い方が、やはりボビーの方が数段上手だと改めて認識させられてしまう。そんな様が最初から判ってたかに鏡は呑気に話を続ける。


「バミューダトライアングルとか、その辺が結構ぐちゃぐちゃなところって結構あるよね? まぁ、核爆弾が落ちた後とか、戦争で大勢が死んだ後とか、地震雷大噴火、大なり小なり影響が出ると思うよ。ここ関東だって、最近じゃ空襲で焼かれ、地震で大火事になったじゃない? まぁ、そういうのは神主さんたちやお坊さん、後から入って来たクリスチャンとかが鎮めてくれている。面としてはね」

「面?」


 がるると唸る紀子と、それをホールドしているボビー。そんな二人をにっこり眺めながら、いずみは改めて鏡へと向き直る。


「それはどういう?」


 その応えとして、鏡はいきなりその紙をぐちゃぐちゃっと丸めては紙束の上で引き延ばして見せた。


「大規模な悲劇とかはね、犠牲者に指向性が無いからてんでばらばら。ほら、こんな感じになっちゃう。広く、浅く、時間をかけて鎮めれば徐々に……」


 そう言って紙を更に引き延ばしていく。


「だから……」


 鏡はトンと、その中央を指で突いた。

 すると、そこから四方へとぱらぱらと折り重なった数枚の紙が裂けて、下の紙にプリントされた文字がめくれて見える様になる。


「のりちゃん。この間、奴にはめられた時、何か江戸時代みたいな空間を通って、賽の河原みたいなところに出たよね? あれは時間で崩壊した訳だけど、どうだい。理屈ではこんな感じな訳だよ。最初にかげろうみたいだった八相の空間は、ろくに固定もして無かったから、すぐ崩れ出して、それから魔将の待ち構えてた空間に出たよね?」

「ああ、あそこは割りとしっかりしてたな。放せって。もう暴れねぇよ」


 口を不満げに尖がらせ、下からねめつける紀子に、ボビーは穏やかな笑顔で、そっと手を離す。いつでも取り押さえられる様に、って感じで。おそるおそる。

 そんな様を見上げつつ、鏡は話の続きを進めた。


「つまり敵さんは、あそこがそういう作りだって把握してた訳だ。使い捨てだったけどね。つまりは、派手に使った後はそのまんま放置って訳。相当歪んでしまったと思わな~い?」


 そう言いながら、鏡は数枚を左右に引っ張ると、ピリリと裂けていった。


「こうなると、入口だった表面は徐々に回復していくけれど、あれだけ壊れた空間って、どうなってると思う? 並行世界って考え方があるんだけど、すぐ隣がとんでも無い状態になっていて、接してる他の世界って果たして無事に済むかどうか。そ~いう事だよね? 内臓の荒れ具合がお肌に出るって感じで、いつ何時、誰かがこの『穴』に入りこんだって不思議じゃ無い」


 ひょいと数枚の紙を持ち上げて、その中央に空いた穴から三人を見上げる鏡は、ひょうきんめいた笑顔から、すうっと真顔に変じて見せた。


「ましてや、おかしな儀式でもやってるとなると、人の絶望や死の恐怖って類の悪感情に指向性を持たせ、どこか離れた位相のやばい奴を招き寄せてるって事も考えられる訳で」

「別の妖魔たちをか!?」


 紀子は、あの魔将・地獄龍の事を思い浮かべる。あんなのが二体三体と来られた日にゃ、確かにちょっとゾッとしないな。

 鏡とは、この時ばかりはツーカーとなる。


「あんな化け物、ひょいひょい呼び出された日にゃ、俺はアメリカにでも逃亡するね」

「DOいーう事?」


 へらへらと軽口を叩く鏡に、ボビーは少し前かがみになって問いかけた。 

 妖魔将と実際に闘った訳では無いボビーには、どれ程のものなのか、まだピンと来ないものがある。鏡や紀子の術者としての技量から、敵の強さを推測するしか無い。

 ましてや、空間を操るのを得意とする鏡をはめた術者が敵に居るのだ。小さな人形を操り、魔術を施行するという特異な魔術師が。


「あいつら、深い穴を掘ってんじゃないのって事さ。別の世界と通じる『穴』を、さ」

「まさか……」


 みんなの緊張度合いに思わず息を呑んでしまういずみ。今まで何かとのんべんだらり、緩い雰囲気の退魔支部が、いつになく本気モードっぽいのだ。その危機感を肌で感じずには居られなかった。


「ここって、江戸時代の刑場跡なんでしょ? 『秋葉』の原だっけ? さぞ、大勢の悪党がこの世を恨んで死んでった事だろうねぇ~。ま、だから目と鼻の先に神田明神様が、大国主命様が鎮座なさっておられるのでしょうが。楔の様に教会なんて建てられちゃってるしねぇ~」


 そう言いつつ、鏡は表の向かいにある神田教会を、天井越しに見上げた。


「これって、あんま良くないんじゃない?」


 江戸城の鬼門に建てられ、江戸の鎮守の要とも言える神田明神。その先に、日光東照宮が鎮座しているのは有名な話であるが、戦後、この地にキリスト教の大聖堂聖堂が幾つも建立され、表立って素人には分からないだろうが、霊的にはかなり危うい状態にあるとも言える。

 それが、二度と日本が逆らえぬ様にと、占領軍がほどこした呪いなのやも知れぬ。


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