キイっと扉を開け、表へと出る。
「この店モ違たネ」
ビルの地下から出て来た三人は、再び雑然とした冬空の下に。
「ボビーさんよお。こんだけ回って、まだ判んねえってのは、どーいう事だい?」
「ハハハハ。匂いが違ウ、コレはDOしようモ無いネ」
「でも、ボビーさん。もし、こうやって営業しているお店なら、妖気感知の術に引っかかってもおかしくないと思うの」
紀子、ボビー、そしていずみの三人は、そこで立ち止まり少し立ち話をする。
紀子にとっていずみは、退魔支部に後から入って来た後輩であり、元気で明るく言葉遣いも丁寧で、紀子の周りには居なかったタイプであり、正にこんな妹がいたらベストなんだけどな~と思いつつ、鬼島家の家風に染まれば自分みたいなガサツに育った事だろうと、彼女の両親に感謝するしかない。家庭環境とはそれ程のものなのだ。
ボビーにしても、気さくに話しかけて来る方で、多少の落ち着きもあり、あと二十年くらい年を取ったら風格も出て紀子のタイプに合致するのだが、いかんせん鏡成分が五割くらいあって多分にへらへらしてるので、このままではちゃらんぽらんな外国人枠で終わってしまうだろう。残念な事だ。こうもっと、どっしりとした三船敏郎みたいな風格をだな。
二人を眺めていると、そんな気がむくっと起きて来る紀子であった。
「それは……夜の間だけ、妖魔たちが店を使ってるってか?」
「エイギョージカン害?」
「お店が終わった後の調理場で、妖魔が料理をしている?」
「何の?」
「フ~ム。それダト、毎回お店もチェンジしてるってコトも?」
「ありえますね」
事件は夜に起きている。昼間の間はその痕跡を追うくらいしか出来ないという。
もし人を捕食しているとなると、何らかの事情で動けない、力の弱い妖魔を育成しているともとれる。時折感知された弱い妖気の反応がそれだ。
「ん~。だったら、普段は閉店してる店じゃねぇの?」
「え?」
「フム」
「ちょ、ちょっと待って下さい! データベースには営業しているお店の情報はあるけれど、閉店したお店の情報なんて……」
秋葉原も例外なく、店舗の入れ替わりが激しい地域だ。いずみはひっきりなしにスマフォを操作するのだが、常に最新情報に更新されているこの手のサイトにはその手の閉店した店の情報など残っていない。
「ん~、チョーナイカイに聞いテみようカ?」
「超兄貴会?」
「町内会ですよ、紀子さん」
「あ~、この間、鏡がやらかして怒鳴り込んで来たおばはん達?」
「「……」」
奇妙な沈黙が訪れた。
「ま、まあ、今日は一応既存の店を回ってチェックしておこうって。な?」
「ソチはシブチョウ案件ネ」
「お店に電話入れておきま~す」
なんとなく時は動き出す。
気が付けば、人通りが大分少なくなった様な。
昼時ともなれば、そういう事もある。
「あれ?」
いずみが変な顔をして、自分のスマフォを見る。
「圏外だわ」
「え?」
「ケンガイダワ?」
都内で電波が圏外になる事は先ずありえない。あるとすれば、基地局でのトラブルとかだ。
だが紀子は、昨日、おかしな空間に引き込まれたばかり。ハッとなって、周囲を見渡すが、日曜日の秋葉原だというのに、通り沿いにはシャッターが閉まった店舗がずらっと並び、人通りも絶えていた。道の向こうはどこまでも続いてるかに見え、果てが無いかに思えた。
「おいおい」
「コレは?」
「?」
「へっ、鬼が出るか蛇が出るかってトコかな?」
先日のあの空間と違い、風景は幻影などでは無いかに、しっかりとした存在感があった。
そして、その道の先に人影が一つ。
「誰かいますね」
「アレは……」
「話、聞いてみっか?」
ぞろぞろ連れだって歩み寄ると、向こうもこちらに気付いたらしく、じっとその白銀の瞳で見返して来た。
たまに見かける、どこかのメイド喫茶の若い娘だ。もっと~♪の近くで、北欧系の子ばかり集めた、ちょっとニッチなゲーム喫茶の子だと思う。手には白い枝の槍を持ち、その衣は常に風を受けているかに、ひらひらと彼女の周囲を漂っている。
近付いてみると、彼女が立っているのは、四つ辻の角だと判った。
その涼し気な表情に、僅かの嫌悪感に似た浮かび。
「何の用ですか?」
「へっ、何の用ですかと来たもんだ。ここはあんたの領分か何かかい?」
それを如実に感じ取った紀子は、多少つっかかり気味に口を開く。
「ここは貴方の様な者が来る所ではありません。元来た道にお帰りなさい」
「元来た方へ戻れば、帰れるんですか?」
紀子が何かを言い返すより早く、いずみが会話に割って入った。剣呑な雰囲気を感じとっての行動だった。
「知りません。ですが、ここは過去と未来、現世とが交わる四つ辻です。良きもの悪しきものあらゆる可能性が行き交う混沌の地。多少混じっているとは言え、長く留まる事も、道をまたぎ渡り行く事もお勧め出来かねます。さ、元の道に戻るのです」
「ミー達は何が起きテル知りたいネ」
「おめぇ何もんだ!?」
「ちょっ、紀子さん!」
過去という言葉に、紀子は強く反応した。あのおかしな空間で垣間見たものは、確かに過去の風景に思えたからだ。果たして、あの魔将とこの女に関係があるのか。魔法少女人形を操る陰陽師と関係があるのか。逸る気持ちのままに詰め寄ろうとするのだが、そんな紀子を必至に制止するいずみに、ぎょっとなって立ち止まった。
そんな様を静かに眺め、その女は小さくため息を漏らすのだが。
「やれやれ、騒々しい方たちですね。私は見る者。彼の地は緩やかに歪みを帯びた故に、乱れ、あなた方の様な者がここへと迷い込んだのでしょう。ここは異界と異界が混じり合う所。招かれざる者が脚を踏み入れる場所……」
そう告げた彼女の槍を持つ手が、すうっと高らかに掲げられた。その目線は三人を見るで無く、どこか遠くを見つめる様で。
そしてひょうと放られた。
パキィィィィィィィン!!!
それは路地の向こう。誰も居ない場所で弾かれた。
空間が、白く光り、それがゆっくりと落ち着く頃には、誰も居なかった筈のその場所に、五つの影があった。ずんぐりむっくりとした、異形の影が。
槍はくるくるとゆるやかな回転を描き、持ち主の元へと、その手にすっぽりと収まる。
「邪なる者よ! 立ち去るが良い! ここより先は、我らが大神の治める地ぞ!」
そう朗々と宣言する女に、五人のスキンヘッドは、僅かに互いの顔を確かめる様に見るのだが、黒い丸縁サングラスと黒いマスクの為に、その表情を窺い知る事が出来なかった。
また、ずんぐりとしたその肉体も、足元まで伸びる黒いロングコートの様な外装の為に、何を懐に忍ばせているのかすら見当もつかない。
「再度告げる! 立ち去れ!」
その言葉への返答か。五人は一斉に動いた。
唐突に散開し、こちらへと向かい走り出したのだ。
「馬鹿め!!」
女の次なる一投は、明らかに違って見えた。槍がまとう空気。掲げられた波動。微かに唸る様で、投げ放たれるや大気を震わせ、真っ直ぐに誰も居ない空間を捉えた。
「見えているぞ!!」
駆ける五人の内、一人の姿がダブってはかき消え、槍の突き立った空間に貫かれて現れ、火花を散らす。が、そのスキンヘッドは己に突き立った槍を抱え、何事か叫ぶ。
残る四体は、わき目もふらずに迫り来た。
「ぬ!?」
女は、投げた腕を突き出し、虚空を掴むかに腕に力を込めるが、腹を貫かれたスキンヘッドはそこより火花を散らしながらも、抱え込む様に倒れ伏し、なおも槍を逃さぬと必至に己の腹へと押し込もうとする。
これには女も顔色を変えた。