「ちょっと、それってどういう事ですか!?」
いつになく声を荒げるいずみに、『もっと~♪』の朝礼は一波乱。
「え? どういうって……」
言い淀む栗林に、いずみはなおも続けた。顔を真っ赤にし、目をぎゅっと瞑り、拳を握りしめて何度も上下させ。
「仕事中にボビーさんと紀子さんで秋葉原中のお店を回るなんて、まるで、デ、デ、デ、デートじゃないですかー!!?」
一気に言って放つと、いずみは肩で大きく息をし、がっくりと項垂れてしまう。
どうやら多感な高校一年生には刺激が強過ぎたらしい。
「デートだってよ?」
「ミーは誰の挑戦で、モ受けるヨ」
「なんだそれ」
その気も無い風情で紀子がボビーに尋ねると、何か良く判らない答えが帰って来た。
「んじゃ、俺が付き合おうか?」
「おめーはダメだ!」
ひょっこり手を挙げた鏡を、即座に否決する栗林。
「おめーは命狙われてんだろがっ!!」
「え? そうだっけ?」
ケロっとしている鏡はいつものイケメン仕様だが、ウェイトがごっそり落ちた栗林は大分迫力に欠けている。そんな栗林に鏡はニヤっと人懐っこい笑みを浮かべ『しかし秋葉原じゃ二番目だ』とか言い出しそうな感じで、軽く口笛を拭いてはその場で一回転して見せる。どうも何かやらかしそうな雰囲気だ。
気を取り直し、栗林はもう一度説明をする事にした。
「良いかい。現場に残った匂いが判るのはボビーだけなんだ。でも、こいつ目立つだろ? 一人でふらふら街歩いてたら絶対目立つから、外国人旅行者のアベックを装ってだなあ」
「なんですか、そのアベックって。訳分からないんですけど」
「カップル!」
どうも昭和生まれの感性は、平成生まれには通じないものがあるらしい。慌てて言い直す栗林だが、いずみのジト目は収まらない。
スラっと高身長のボビーさんに、上背も結構ある紀子さんが隣に立つカップリングは似合い過ぎている! それが問題なんです! いずみの瞳はそう雄弁に物語っているのだが、栗林の頭の中ではいずみちゃんとボビーだと犯罪だよな~とだけ思い浮かべていた。
それとやはりどこに敵が潜んでいるか分からない以上、一人で出す訳にはいかない。
ボビーと紀子はこの支部ではベストマッチだ。
「ボビーと組むのは紀子。これは決定だ!」
「じゃあ、私も一緒に行きます!」
「へ?」
「それなら良いでしょ?」
「んんんん~~~~~……」
◇
「紀子さ~ん、ボビーさ~ん、次、あっち行って見ましょう!」
上機嫌ないずみに率いられる様に、紀子とボビーは人ごみの中を歩かされていた。
「ま~、しょうがねぇかな?」
「イズミール、機嫌良くナテ良かったネ」
日曜日の秋葉原ともなると、裏通りも人でごった返しになってしまい、普通の人では急いで進もうものなら、すぐ誰かとぶつかってしまう。小走りに進みながら時折振り返るものだから、いずみも例外なくドンと。
「いってぇなぁ~!」
「うおっ!? すっげーかわいこちゃんじゃん!」
「うおうおうお!?」
「ああ、すいませんすいません!」
何かでこぼこ三人組に掴まってしまった。
すぐさま、駆け寄る二人なのだが。
(速い!?)
紀子はそれなりに鍛えているつもりでいたが、ボビーの身体はまるで流れる川の様にするすると人ごみの中をすり抜けてゆく。
「ドモ、スイマセーン」
するっと割って入り、にっこり笑顔で見下ろすボビー。その目は笑っていない。
「ひえっ!?」
「あいきゃんのっとすぴいくいんぐりっしゅ」
「お、おーけーおーけーおけー牧場」
「ドモ、スイマセーン」
「「「す、すいませんでしたー!!」」」
たちまち逃げ出す三人組。
その頃になってようやく紀子も追い付いた。
「大丈夫か?」
「紀子さ~ん。何か気持ち悪かったー!」
「ふお!?」
ぎゅっと腕に抱き付かれ、ちょっとびっくり。
「ははははは……大丈夫……かな?」
「ん~!」
そんなやり取りを横目に、ボビーは目の前の『メガ盛り肉丼』という看板に目をやった。店の前には既に十人程の列が出来ており、流石の日曜日だ。かなり盛況の様子。
「フフ……」
手の中に小さな精霊を呼び出すと、それはひくひくと鼻を動かし、大気に漂う匂いを確かめた。
そして感覚の共有。
店内から零れ出る肉丼の香り。人間の数千数万倍の嗅覚を持つ彼らだからこそ判る違い。それを受け止められるだけの器を持つ男、それがボビーだ。
「ココでは無い様だナ」
小さく首を左右に振り、二人を流し見ると、腕を組み、キャッキャうふふと何やらこちゃこちゃ話し込んでる様子。
「でね、酷いんですよ~」
「ふ~ん。そいつは災難だったなあ」
「でしょ~」
「オーイ。オーイ。次はドコ~?」
そう言われて、いずみはスマフォを取り出してちょちょいと検索。
「えっとですね。向こうの通りの地下に、食べ放題の中華屋さんがあるみたいですよ」
「OK、OK~」
そうやって三人は、秋葉原にある食べ物屋を一軒一軒見て回るのであった。