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第30話『ご出勤』

 朝の花山家は、なんかわたわたしていた。オヤジさんは朝の五時からの早番で、いつもだったらみんなのんびり昼近くまで寝ているところなんだけど……


「まなみちゃーん。送ってってあげようかー?」

「やったー!」

「ごめんなさいね~。お母さんもついつい安心しちゃって~」


 ばたばたと二階から駆け下りて来るバター付き食パンを咥えたまなみを迎え、紀子はじじっと黒革のライダースーツのジッパーを上げ、そのこぼれんばかりの爆乳を押し込んだ。

 まなみは、一瞬、死んだ魚の様な目でそれを見。次には、自分の胸元をぱたぱたと叩く。


「まなみちゃん?」

「どうしたのまなみ?」

「良い……判ってる事だから……」

「「?」」


 急にしゅんとなってしまったまなみ。これに戸惑う二人なのだが、もうそんな事を言ってる場合じゃない。遅刻だ、遅刻! アルバイト二日目にして大遅刻しようと言うまなみを、紀子とお母さんとで髪や衣服を整えて、放り出す様に家の外へ。


「も~」

「はい、急ぐ急ぐ」


 暖機しておいた褪せた青のCB400にまたがり、紀子は予備のヘルメットを差し出す。それをぷうと頬を膨らませ受け取るまなみ。ピンクのもこもこしたウィンドブレーカーにジーンズと可愛いスニーカーと今日も可愛く、目を細める紀子は、ちっさくて羨ましいと想うのだが、当のご本人はご不満の様子。

 むさい兄貴たちと血で血を洗う抗争劇を毎日繰り返して来た紀子にとって、ちゃんと両親に愛されている様も、また微笑ましいのなのだが。


「ほら、しっかり掴まって」

「は~い」


 まなみはしぶしぶバイクの後ろに跨ると、ぎゅうっと紀子のお腹周りを締めるのだが、固い。お肉、みっちりって感じ。ひんやりとした黒革の肌触りを頬に感じ、身体を預けるのだけど、全然びくともしない。友達とふざけてもみくちゃにじゃれたら、勢いで引っ繰り返っちゃうのに。


「お? そうそう。そんな感じにね」

「むう。ずるいです」

「えっ? 何が?」

「ずるいったらず~る~い~!」

「はははは。じゃ、行くよ~」


 ちょっとじたばたしてみるけれど、ゆっくりと走り出したら危ないからきゅっと身を縮める。そんなまなみの動きを背に感じ、紀子はやや慎重に路地を抜けた。徐々に互いの体温が、ぬくもりが伝わるのを感じつつ、先ずは国道6号線を目指した。



 ◇



 ヘルメットのバイザーを上げ、紀子は目の前のビルを唖然と見上げていた。


「まじ、ちけえ~……」

「ありがとね、のりちゃん。行って来るぅ~」


 上機嫌で飛び降りると、ヘルメットを返し、バイクのミラーでちょっと髪型を直すと、まなみは大急ぎで階段を駆け上がっていった。


「マジかよ」


 可愛いけもみみしっぽメイド娘の看板に、これは自分にゃ無理だ、入れる気がしねぇ~とため息一つ。可愛いのは嫌いじゃ無い。嫌いじゃないけれど、自分に縁があるとは思えない。がっくり肩を落した紀子は、すーすーする背中と共にすごすごと「もっと~♪」へ出勤するのでした。



 ◇



「ええっ!? あまねさんが来てない!?」

「そうにゃ。あまねちゃん、電話にも出ないんよ~」


 まなみを出迎えたのは、とほほ~な顔をしたミャオだった。開店準備でばたばたしている中、ベテラン一人が無断欠勤とはショック!


「え……だって、昨日、別れ際にまた明日って……」

「そ~なのにゃ~。おかしいのにゃ~。あ、まなみちゃんは着替えて来てにゃ~」


 それだけ告げて、ぴょんと跳んでいっちゃうミャオ。日曜日はただでさえローテーションを入れない人が多いらしい。自然と固定メンバーになるのだが、一人抜けるだけで朝の準備が大変になってしまう。時間通りに開店するには、一人当たりちょっとずつ無理をしなければならないのだ。


「これは大変!」


 慌てて更衣室へ飛び込むまなみ。

 調理器具の消毒とか分からないけれど、掃除くらいは自分にも出来る!


 こうして慌ただしく日曜日がスタートした。



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