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第29話『しまった!』


 宵闇が不意に消えた。電灯の光が、秋葉原の街を再び照らし出したのだ。青白い街並みが悠然とそびえ立ち、各家に置かれた非常用電源が再び消耗した電気を補充し始める。信号が灯り、再び街に秩序が訪れた。


「げほっ、げほっ、げほっ! ひ、酷い目に遭ったぜ!」

「こらこら。助けてやったんだろうが~」


 体から引き抜いた鏡をアスファルトに転がすと、栗林はその巨体を震わせ、腹をぼんぼんと叩いては慈愛に満ちた微笑みを浮かべるのだが、当の鏡はどこ吹く風だ。

 それを、やれやれとボビーも苦笑しつつ、電柱を背に周囲への警戒を怠らない。本当にアレが引いたかどうか、まだ分からないのだ。無数の精霊たちも、ボビーを中心に円陣を組んで警戒をしていた。


「参っタね。フィギュアで動かれル、生気モ妖気モサーチ出来ナイ」

「そ、それどころか隠形の術まで使いやがる。支部長! 退魔庁のデータベースにそれらしい術者は居ねえの!?」

「う~ん……西洋の魔女なら、自分の魂を封じて無敵になる、なんて術があるらしいけどねえ~。ちょっと違うかなあ~」


 やがて立ち上がる鏡。ポンポンと衣類の埃を落しながら。


「違うね。あれは陰陽術を使った。多分、日本の術者だよ。道教とも違うし」

「何だよ。随分な魔法少女だなあ」

「あれはおっさん。中身は、相当高齢の……う~ん……」

「高齢の術者ねぇ~……そんな奴が、ここで何を……」

「しまった!」


 いきなり栗林との会話を中断した鏡は、一目散に走り出す。それを追って、栗林とボビーも夜の秋葉原を走りに走る。

 やがて、三人は裏路地の一画に辿り着く。


「はあはあはあ……こ、ここだ……きっとここだ……」


 肩で息する鏡は、てらてらと濡れたアスファルトを凝視し、やがて目の前のビルを見上げた。


「血……ネ……」


 数匹の精霊が、くんくんと鼻を鳴らしながら、その血だまりを調べている。


「ん? 何ノ匂い?」


 種族によってその嗅覚は様々。何匹かは、何やら美味しそうな匂いを感じ取っていた。


「食べ物屋? この辺りニハ無いネ」

「多分、ここだ。ここにどこか別の場所とを繋げて、人を誘い込んだ?」


 鏡は、そこに空間を操作した痕跡を読み取るのだが、それがどこと繋がっていたかまでは分からない。時がいささか経ち過ぎていた。接続が切れたばかりならば、その先を辿る事が可能だったかも知れない。


「それで俺が邪魔だった……?」


 いつ気付かれた? 俺の存在に。

 思い当たるのは、紀子をからかう為に街中で術を使った事。先の現場で。そこに奴が潜み、様子を見ていたのなら、その後、こっちが身バレして狙われたり色々あるのは、全部俺の性……

 よし。栗林には言わないでおこう。


 色々面倒な事になりそうだと、後ろで様子を見ている栗林を背に、鏡は心を決めた。


「敵は街を停電させ、監視カメラとかその手のを潰した上で、人を引き込んで殺している様だ。血を警察の鑑識に回してくれ。多分、人間のものだろう。恐らく、敵は下級の妖魔を使ってる。その上で、何を狙っているのか。支部長、何か判るか?」

「うん。判らん!」

「はい、ありがとうございマース」


 にこぽんと、緊張感の無いボビーの合いの手。

 鼻息粗く、栗林は大いに頷いた。


「お前はどう思う? 鏡」

「え~、俺? 頭脳労働は、支部長の仕事でしょ?」

「馬鹿を言え。俺の頭脳は脂肪で出来ているんだ。そんな事を言うなら脂か甘いものをよこせ。はーっはっはっはっは」

「自慢になんねーよ」


 腹を張っていばる栗林に、そう悪態をついたものの、鏡も鏡なりに考えを巡らせる。


「要は獲物を引き込んで殺してる訳だ。儀式か?」

「何の為の?」

「ここは首塚からも離れてるしなあ~……とりま、念の為に首塚もチェックを依頼してくれよ。まぁ、あそこはあっちの支部の要重点監視対象だから、あっちが全滅してた~なんて事でも無い限りは……」

「ん~……ココは昔の刑場跡だヨネ?」

「へ? そうなの?」


 のほほ~んとする栗林に、鏡はちょっと呆れてしまう。


「あんた、支部長なんだろ?」

「う~ん。支部長なんて持ち回りだし、ここは神田明神様があるんで霊障なんて起きないしで、大概平和だったじゃ~ん。で、何でボビーがそんな事を知ってんの?」

「ウン。それはイー質問だネ」


 フッと笑みを漏らし、顎を撫でる様に手を置き、どこか遠い目をするボビー。


「実ハ……」

「実は?」


 謎の多い男、ボビー。そのもこもこアフロヘアーの中がどうなってるのか、あんなに多くの精霊をどうやって使役してるのか、あまつさえ身体の中に保持してひょうひょうとしているのだ。まさか、実は、そんな、まだ誰も知らない秘密が!?


「実は、のりちゃんから聞いたネ。あの子、時代劇大好キ。三尺高い木の上ー! とか言っテ、ココ来た時、めちゃコーフンしてたんだヨ」

「「な、なんじゃそりゃあー!!?」」


 あっけらかんと答えるボビーに、二人はちょっとずっこけた。


 ちなみに、三尺高い木の上、とは刑場で使われた貼り付け台の事で、十字に組まれた白木のそれに罪人を貼り付けにし、両脇の下から槍でぐっさりと刺し殺すものだ。そして、その遺体は暫くの間、晒し物として放置されたとか。



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