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第27話『続・花山家の人々』

 紀子が引き戸の玄関を入り台所を左に、廊下を少し進むとTVから流れる賑やかな笑い声が耳に届く。お笑いタレントの甲高い声に、またドッと笑い声が湧くと、野太い男の笑い声も響いた。

「お? ご機嫌ですね、オヤジさん」

「ああ、紀子ちゃんか。あはははは! あ~、相変わらず遅くまで大変だなぁ」

 ひょいと顔を覗かせると、ちゃぶ台を前に赤ら顔のこの家の家主が、陶器のカップを手にすっかり出来上がっている様子だ。花山大樹はなやま・だいき41歳。亀有署の巡査部長らしい。毎晩、こうやって晩酌を楽しむのが日課だとか。

 部屋の奥には、太いチェーンで鍵のかかった金属のロッカーがあり、彼ご自慢の猟銃が鎮座しているのが見える。

「こら! まなみ! そんなものはもうしまいなさい!」

「や~」

 ちゃぶ台の上にはオヤジさんの肴と一人分の夕食が。その向こうでまなみちゃんが携帯をいじっていた。さっきあげた水晶のストラップが気に入ったみたいで、他にもじゃらじゃらといっぱい付いてるそれらと共に電灯にかざして眺めている。

「まあ、まなみ。お父さんを困らせちゃダメよ」

「え~?」

 そこへ、母親の花山玲子はなやま・れいこがお盆の上に、ほこほこと湯気の立つ茶碗を乗せて入って来て優しくたしなめるので、まなみもしぶしぶ従うしかなかった。

 焼き魚に味噌汁。おしんこにサラダ。そして最後にご飯が置かれたので、紀子も頭を軽く下げて礼を述べる。

「お母さん、いつもすいません。ありがとうございます」

「良いのよ、紀子さん。遅くまでアルバイトも大変ね。学校もあるのにいつも遅くまで」

「いやあ~、大した事はありませんよ」

 紀子もすっかり余所行きの口調である。

 そこへご機嫌のオヤジさんが、大いに頷いて酒杯を空けるのだ。

「いや大したもんだよ、学費から何から働きながら通うなんて、今時なかなか出来る事じゃない! 最近の若いものと来たら、やれデートだディスコだとちゃらちゃら遊ぶ事ばかり考えおってからに。まなみ! 遊ぶ金欲しさにアルバイトなんて、絶対禁止だからな! 今日なんて急に遅く帰ってきおってからに。まさか、部活とか言ってアルバイトなんぞやっておらんだろうな!? 不良への第一歩だぞ! いいな!?」

「ま~た始まった」

「ほらほら、お父さん。紀子さんが困ってるじゃないの。その辺に、ね?」

「あ~、うむ……」

 玲子さんにたしなめられ、オヤジさんもしぶしぶいつもの持論を止めるのだが、いきなり正鵠を射る酔っぱらいに女性陣はヒヤリ冷や汗をかかされた。

 まなみの瞳が、お母さんナイスと言っている。

 何しろ、切れると猟銃を振り回し始めるオヤジさんだ。二人ともその扱いは心得たもの。これには紀子も苦笑するしか無い。

 それでもまぁ、美味しく遅い夕食を戴くのだが。

 ◇

 不意に街の灯りが消えた。

 秋葉原の街を寄り添って歩くあまねとその彼氏は、この不意の出来事に驚きながらも、珍しく見えた星の瞬きに若い嬌声をあげて盛り上がった。

「わ~、不思議~星が見えるよ~たっくん」

「だね、あまねちゃん。ここだけ停電してるのかな?」

 夜空は地上からの照り返しに、うっすらと白く浮き上がって見える。

 黒々とした建物が作り出す渓谷から、それはくっきりと切り取られたかに思えた。

「たっくん~」

「何だい?」

「お腹空いた~」

「ん~。駅前に行ってみようか?」

「え~」

「仕方ないだろ? 停電なんだから。さ、いこ……」

 再びゆっくりと歩き出した二人。その歩みは、ある所で止まった。

「あ!? 見て! あそこ!」

「灯りが点いてるね」

「行ってみよ!」

「よし!」

 周囲が停電でか一切の街灯りが消えた中、一軒の店舗が煌々と光を放ち、二人の前にその間口を開けていた。美味しそうな湯気が立ち昇り、店内はお客で賑わっているかに見える。もう、二人は迷わなかった。

「へい、らっしゃ~い」

「二人、大丈夫かな?」

「奥へどうぞ~」

「こんなお店あったんだ~」

 貼りだされたメニューに目を通しながら、カウンター席の後ろを進んでいくと。

 錆びたシャッターが、唐突に降りた。

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