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第26話『花山家の人々』

 上野駅から東北へ向けて太平洋側を常磐線が走っている。

 上野、日暮里、三河島、南千住、北千住とまだ都内であるが、北千住ともなるとそこかしこに古き下町の体を残しており、鬼島紀子が下宿している父の知り合いの家もまた、実にひなびた住宅街の中にあった。

 そこは家と家との間に壁は無く、肩を寄せ合う様に立ち並び、ささやかな植込みが狭い道を賑わせている。

 小さな街灯と各家の玄関から漏れ出る光に、多くの黒い影が佇む。その中に、CB400の前に座り込む紀子の姿があった。

「紀子さ~ん、そろそろ晩御飯だって~」

 ガラリとガラス張りの引き戸を開け、花山愛がカツカツと木のサンダルを鳴らして出て来ると、ヤンキー座りをした紀子はひょいと顔を上げて微笑んだ。

「まなみちゃん、ありがとね」

「何、紀子さん! その恰好!?」

「へ?」

 もうびっくり。

 この真冬の寒さの中、紀子は革のつなぎを腰まで降ろし、上はTシャツ一枚という見ただけで鳥肌ものの恰好なのだ。

 いやん。もう見るだけで凍えそう!

「いや、何か暑くて……」

「もう!」

 ファサっと紀子の肩に、まなみのガウンがかけられる。

 手の油が付きそうなので、脱ぐに脱げない紀子であったが、ふわりまなみの暖かな体温とほのかな香りが感じられ、ただただ戸惑うばかり。

「い、良いって」

「ダ~メ。風邪引いちゃうでしょ?」

「それ、まなみちゃんもだよ」

「私はぁ~……大丈夫。多分だけど」

「何だかテンション高めだね」

「わっかりますぅ~?」

 ぴょんと小さなステップ。目をくりくりさせ、嬉しそうにこちらを覗き込んで来る。

 まなみちゃんは高校一年生。お世話になってる花山家の一人娘って奴だ。

 兄貴たちに囲まれて育った、ガサツな青春を送ったあたしにとって、何だかちっちゃくて柔らかな妹が出来たみたいで、不思議な気分にさせられちまう。

「えへへ~。実はお父さんには内緒なんですけど~。アルバイト始めちゃいました!」

「お~」

「それも紀子さんと同じ秋葉原!」

「おお~」

「神田教会の裏のお店なの!」

「近いなあ、おい!」

「えへへへ~制服がかわいくて、これだ!って決めちゃった」

 実に嬉しそう。

「お父さんには絶対内緒なんだからね。みんな、協力してよね」

「わ~ってるって。オヤジさん、頑固だからな」

 どうやらお母さんも味方らしい。

「そうなのよ~。今時、バイトもスマフォも禁止だなんて流行らないのよね~。だから、バイト代が出たら、こっそりスマフォデビュー! う~、何にしようかな~。やっぱりアイフォン? 紀子さんもガラケーよね? スマフォにしないの?」

「あたしは良いんだよ。話せれば良いんだ。元々、こいつと同様、オヤジのお古をがめて来た奴だし。バイト代は学費に回すさ」

「そっちのバイクも古そう~」

「ああ……物置で埃を被ってた奴でね」

 そう言って、紀子は手にしてた水晶の棒で、車体をチ~ンと軽く打ち鳴らした。

「良い音~。いっつも整備してるよね? 今はどんな事をしてるの?」

「うん。こうやって、鳴らしてね」

 チ~ン。チ~ン。

「金属の結晶を揃えてるんだ。金属疲労とかしてると、音が違ってたりしてね、何となく判るから」

「へえ~。面白~い」

 まなみはカツカツと紀子の横に座り込み、にっこり両手を差し出した。

「やらせて」

「ん? 良いよ」

 その掌にぽとりと水晶の棒を落す。それはまろみのある円柱形の結晶で、握っても親指と人差し指が届かないくらいの径があり、長さもニ十センチ以上あり、かなりずっしりと重く感じられた。

 光に透かして見ると、中の泡沫がキラキラと七色に反射して、目をしばしば。

「へえ~、綺麗~」

「じっちゃんの形見なんだ」

「ふぇ? それはそれは大切な物を、ははぁ~」

 そう、恭しく扱いながらも、まなみは何か引っかかっていた。何だろう? っ!?

「大人のおもちゃ!?」

「ちがーう!!」

 思わずわたわたと取り落しそうになりながらも、両手でぎゅっと掴み、顔にぎゅんと血が昇って思わず目を瞑ってしまうのだが、そんなまなみに苦笑しつつ紀子はそっと水晶棒を摘み取った。

「これは田舎で採れた石らしくてね……」

 てへっと舌を出すまなみの見てる前で、水晶棒からもっと小さな、ちびた鉛筆くらいの結晶を取り出して見せる。

「分け御霊って奴? 実はあたしって、魔法少女らしいんだわ」

「え!? 何、今の~!?」

 まなみの驚く顔を眺め、にんまりする紀子。その小さな結晶をスッと差し出した。

「これ、まなみちゃんにあげる」

「良いの?」

「携帯、貸してくれる?」

「うん……ちょっと待って……」

 懐からピンクの携帯、ガラケーを取り出すとじゃらり幾つものストラップが揺れた。

 それを受け取ると、紀子は徐にポケットから黒い革ひもを取り出し、器用にくるくるっと巻き付け、水晶のストラップにしてしまった。

「スマフォになるまでの、期間限定だけど」

「ううん! 私、大事にするぅ~!」

 紀子から携帯を受け取るや、まなみは思いっきり抱き付いて紀子の目を白黒させた。

「くしゅん!」

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