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第24話『秋葉原支部、動く』

 嵐は去った。

 閉店後、シャッターの降りた支部に残る五人は一通りの報告を終え、いずみとボビーはレジの締めを。紀子はグローブの様に腫れあがった掌の、栗林の手かざしによる治療を受けていた。

「まったく、炎熱系の妖魔を素手で触るなんて無茶をするねえ」

「夢中だったんだよ。あんな強ぇ~奴が出るなんて、おら何だかわくわくすっぞ」

「こら。ったく、無事だったから良かったものの……」

 漫画のキャラ真似をする紀子をたしなめつつも、その巨大な掌を幾度もかざしていると、紀子の手の腫れも段々に引いて来る。これが栗林瞳くりばやし・ひとみの外気功術。人の数倍もあろう巨体を武器に、練り上げた気の力で様々な現象を引き起こす事が出来る。伊達に支部長を務めている訳では無い。

「まぁ、それにしても女の子の身体に変な傷が残る事が無くて良かったよ。おーい、鏡ー!」

「ふえ~い。もう帰っていい?」

「良い訳ねぇだろ。あんだその魔法少女ってのは? 説明しろ、説明!」

 ひょっこり奥から顔を出した鏡は、手にしたスマフォで何かゲームをやってるらしい。

「ん~? これ」

 そう言って、面倒臭そうに差し出したスマフォには、何かの女の子らしい写真が。

「何々? プレミア……三十万!!?」

「そ。今じゃ転売ヤーの性で入手困難な幻の魔法少女、イベント限定カラーバージョン。生産限定50体のナンバー入りの奴。俺、これ欲しかったんだよな~……」

「またかよ」

 鏡のぼやきにうんざり顔の紀子。そんなものがどうしたってんだ、という顔を露骨にさせ、ジト目で鏡を睨んだ。

「で、これが建物の上をちょこまか走ってたんだな」

「な、なんだってぇっ!!?」

 びっくり顔の栗林からひょいとスマフォを取り返した鏡は、その写真を複雑な表情で見据えた。

「マニアや好事家が、こんなお宝を式に使ったりするか? 普通? 考えらんねえ!」

「お前の頭の中の方が考えらんねえわ」

 ギロリ、睨む紀子に肩をすくめる鏡。

「まあまあ、のりちゃん。それくらいにしてやってよ。なる程、それで取り乱したって訳か。今回ばかりはペナルティって思ってたが、こうなると話は別だな。切手サイズの式の札も納得だ。で、術者の心当たりは?」

「無いよ。ある訳無いでしょ、こんなの。普通ならガラスケースに入れて、綺麗に保存するものだぜ。よっぽどの変質者かなんかじゃねぇの?」

「限定品なんだろ? そっちから辿れないか?」

「無理無理。イベントで瞬殺された品だよ。誰が買ったかなんて判る訳無いじゃない?」

「ん~……イベント会場のカメラ映像を当たってみるか……ボビー」

「ハ~イ」

 レジの締めが終わったのか、黒い革の小さなカバンに鍵をかけた物を手に、掌をひらひら。

「映像の分析、頼めるか?」

「OK牧場」

 くいっと指で輪っかを作るボビー。

「頼む。未成年の二人は帰って良いよ。夜勤は禁止。のりちゃん、ちゃんと寝る事」

「は~い。言われなくたって、ぐっすりだぜ」

「了解です」

 紀子は相変わらず。いずみもそう。

「お、俺は?」

「鏡は当然居残りだよ。当たり前だろ? 二階のサーバールームで仮眠とって先ずは回復な。何か判ったら起こしてやるよ」

「ちぇっ、いいな~二人とも」

「馬鹿言ってんじゃないよ。お前は普段から寝すぎ」

 そう栗林にたしなめられる鏡に、紀子も悪ノリで茶々を入れる。

「悪いね、鏡のお兄さん。子守歌でも歌ってやろうか?」

「よしてくれよ。ジャイアンのリサイタルはごめんだぜ」

「んだとこらぁ~!」

「はいはい、のりちゃんも」

 パンと栗林が手を叩く。

「大人は交代で仮眠。子供は帰宅。以上、解散!」

「ふえ~い。あ、いずみちゃん、送ってくよ」

「わ~、ありがとうございます」

「ちょっと待ってて。着替えて来るから」

「判りました」

 どかどかと二階へ上がっていく紀子。それに続き、ふらふらと鏡も。

「じゃ、俺はちょっと行って入金、済ませて来るわ」

「ミーはネット検索ネ」

 お金の入った黒革の鞄を栗林へ。栗林はシャッターを一部開けて外へ。ボビーは奥のパソコンの前に座った。

「さ~て。レッドスネーク、カモーン」

 そう囁くと、ボビーの右の袖から一匹の赤い蛇が。天から舞い降りる雷の蛇。その精霊をパソコンの中へと、するり滑り込ませた。次の瞬間、ボビーの黒い瞳はまるで水晶の様に光を帯び、その心は、蛇と共にネットの海へとダイブしていく。

 二階からは鏡と紀子が喧々諤々と言い合う声が聞えて来る。

 その内、ぶちぶち言いながら黒革のライダースーツに着替えた紀子が不機嫌そうに降りて来た。これはまあ、いつもの事。

「んじゃ、ボビーさん。お疲れっす。お先に失礼しまーっす! さ、いずみちゃん、帰ろうぜ」

「ん……ああ……」

「それではボビーさん。お先です」

「あ……ああ……」

 どこか虚空を眺めているボビーは、小さく掌をひらひらさせ二人に応えた。

 外はすっかり夜。冬だから暗くなるのがとても早い。

 だが、全てが街灯により青白く浮かび上がって見えた。

 異変は……無い。

 目の前に教会の白い壁がそそり立ち、無言の圧力を加えて来る。

「お待たせ」

「いえ、とんでも無い。宜しくお願いしますね。のりこさん」

 店の裏手から紀子がCB400を引っ張り出して来ると、後ろにいずみが乗り、二人は店を後にするのであった。

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