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第22話『タイ捨流魔法剣VS地獄流妖魔剣』

「まぁ確かに……」

 紀子の魔術は陰陽道で言うところの金気。土生金であり火克金である。つまりはこの炎を纏う地獄龍とは相性最悪。それは頭で分かっている。

 だが、この何百年何千年存在し続けているか分からぬ妖魔の剣技を前に、はいそれでは失礼しますと尻をまくって逃げ出せる程、紀子は老練してはいない。鏡を囮に、自分だけ助かるとか微塵も浮かばない。それよりもガキの時分より鍛えて来た技が、どれ程通用するのか、好奇心で弾けんばかりとなっていた。

 上段の構えそのままに、額に浮かぶ汗を右手で拭い上げ、ウルフカットの頭髪をピンと跳ね上げる。

「さあ、いくぜ……」

「ぐふふふ……」

 地獄龍もまた、そんな紀子を静かにねめつける。まるで、彼女の準備が出来るのを待つかの様に。

 術師ならば、防護の術をまとう筈。人の肉体はもろくはかない。それは経験上、分かっていた。故に、数合で焼け崩れて貰っては興覚めというもの。

「精々、我が炎に耐えて見せよ」

「はん、小便ちびんなよ」

 互いに含む様な笑いを吐露し、じりと歩を進める。燃え盛る炎が、炎熱の結界が紀子を包む。その中にあって、紀子は不敵な笑みを崩さない。

「ほう……やるではないか。だが、どこまで持つかな?」

 よくよく見れば、炎の赤がてらてらと紀子の表面を舐めているかに見える。否。反射しているのだ。

 紀子の体表を、水晶の膜が半ば融けかけながらも覆っていた。

「けっ、くそ熱ぃな。少しは抑えねぇと息切れすっぞ、くそ爺」

「ぬかせ!」

 それが合図だった。

 互いの脳天目掛け、振り降ろした剛剣は激しくかち合い、異様な響きで鼓膜を打った。

 二人は前のめりに大地を斬る。

 打ち落し。

 剣と剣が交錯した折、剣威が劣る者が真っ二つになっていたろう。踏み込み、腕の伸び具合、そして膂力。それらが合わさり、互角となったか。

「ぬう」

「はん、木偶の棒かよ!」

 上背の分、地獄龍が有利かと言うと、太刀の紀子は剣速がある。

 二人は大地より剣を抜き去るや、そのままに切り上げた。その反動、大地の抵抗がためとなり、激しく打ち合った。

「うわわっ!?」

 今度は体躯の軽い紀子が吹っ飛ばされた。が、ごろり数回転すると、即座に立ち上がる。表皮を水晶で強化している為、叩きつけられても被害は軽微だ。

「ぐははは、軽いのう~」

「ダ、ダイエット中なんでえ!」

「何だそれは?」

 どうやら地獄龍は現世の事にうといらしい。

「そら! こちらから行くぞ!」

 そんな事はお構いなし、地獄龍が大剣を一振りすれば、足元より燃え盛る溶岩弾が弾け飛ぶ。

「そらそら! 踊れ踊れぇ!」

「ゴルフじゃねえんだぞ!! 多芸だなあ、おいっ!!」

「あ~っはっはっは!!」

 次々と飛来する溶岩弾を避け、水晶の苦無を生み出し、お返しとばかりに打ち込むが、それらは地獄龍の鎧に当たり、弾け、大して効いた風には思えない。

(やはり、接近戦で切り込むしか無ぇか!)

 恐怖は無い。むしろ全力を絞り出せる喜悦が紀子を支配していた。

「いくぜ、いくぜぇ!!」

「来るかぁっ!!」

 素早く脇構えに、刀身を己の身で隠す紀子。これを大上段に構え、迎え撃つ地獄龍。

 懐に飛び込もうと、そうはさせまいと、裂帛の気合が交差し、寸で紀子は横に跳ぶ。地獄龍の剛剣に、どんと大地がえぐれ穿たれる。その衝撃にふわり浮き上がる脚を踏みしめ、紀子は剣を担いだ。

 にやり。

「ちぇすとおおおおおおおおっ!!!」

 ここぞと。紀子は溶岩に濡れた大地を蹴った。全体重を、背に担いだ剣に乗せ、剣を振り切るのでは無い。己自身を、剣威に乗せ。

「ぬおっ!?」

 大剣を大地から引き抜く間も無い。

 ガキンィィィィン!!!

 砕ける音。

 地獄龍は大剣から右手を離し、腰に佩く太刀を引き抜いていた。その太刀が、紀子の太刀と共に折れて砕けた。

「んっ!」

「ぬ!」

 大剣が引き抜かれ、地獄龍の左腕がそれを振り上げるより速く、紀子はその腕に取り付き、手首の関節を決めにかかった。タイ捨流剣術の「取ったり」だ。が、決めにかかる体重移動を、地獄龍は素早い足さばきで殺しにかかる。ふわりその腰が下がり、投げが来ると察知した紀子は、自ら跳んでこれを逃れた。

 転がり、跳ね上がる。疲労は感じられない。興奮が勝る。紀子は、新たな剣を己の手に生じさせ、青眼に構えた。

 これに対し、地獄龍は大きく構えるのを止め、胸元で大剣の切っ先を立てた。振りを小さくし、素早い紀子の動きに応じようというのか。

「ぐふふふ……次は何をして楽しませてくれるか?」

「嫌だねぇ、爺さんは。十九の小娘に、マジまんじィ~?」

「おおさ。ひよこの羽ばたき等、そよ風の如しぞ。これを愛でるも、また一興」

「その割に、剣一本奪ったぜぇ~」

小童わっぱに駄賃を弾んだ迄よ」

 互いに少し慎重となるのが判る。

 言葉遊びに興じ、無数の攻め口がまるで千日手の様に広がり、やがて己の身体に任せるに決めた。相手の気を受け、それに応ずるのみ。紙一重の命のやり取り。他に気にするも無く、互いの事だけが全てとなる。

「うわわわあっ!! 不味い!! 不味いよ、のりちゃん!!」

 がく~!

「まだ居やがったのかよ!!? 勝手に行けって言ったろ!!?」

「この空間、もう長く持たないんだよ!!」

「くくく……安普請か。元より、その為の罠か」

 悠然と周囲を見渡す地獄龍。確かに、大きな闇色の亀裂が、二人が入って来た空間より放射状に伸びている。

 すうっとその熱量が下がると共に、地獄龍の構えが解かれた。

「行けい。興が削がれたわ」

「んだとぉっ!?」

「のりちゃん!」

「やかましいわ!!」

 踏み込もうとする紀子に対し、地獄龍は構えを取る気配も無い。これには、突っかかる気も削がれる。

「くっ、くっそぉ~!」

「ふ……この街におれば、またまみえる事もあろうさ」

「絶対だな!!?」

「お前が生きておればな」

「ざけんな!! てめぇこそ、簡単にくたばんじゃねぇぞ!!」

「のりちゃん! の、のりちゃん!!」

 鏡に腕を引かれ、後ずさる紀子。

 そんな様を、嘲笑するかに地獄龍は高らかに笑い、振り向くとその空間が砕けたか、漆黒の闇がぽっかりと口を開けた。

「ではな」

「く……」

「行こう! こっちだ!」

 大地が微細に揺れ出し、その揺れと共に世界が砕けていく。そんな光景を背に、二人は這う這うの体で外へと駆けていった。

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