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第18話『罠』

 直感で敵の動きをそう感じ取った紀子は、回る様なステップで剣を振りながら鏡の前へと出た。足元には式返しにあったろう紙片が大量に舞い、それに隠れる様、無数の小鬼が跳ねまわる。一匹一匹はそう強くない。が、やたら数多く死角に回り込もうと知恵もある。否。術師の指示なのだろう。

「ちいっ! あんた、何やった!?」

「町中に、術を探知する札を貼ってやろうとしたらっ!」

「それでその様かよっ! おばちゃん連中が怒鳴り込んで来てるぜっ!」

「あ、やっぱ」

 相変わらずこんな時にへらっとしてる鏡にむかっ腹も立つが、それどころじゃねぇ。

 素早く紀子は尻のポケットから、小さな紙の束を取り出す。マジックとかデュエマとか遊戯王とか、よくその辺で売ってるかきもちとか言われるノーマルカードの類だ。それを真上にばらまいた。

 極彩色のカードが陽光を受け、キラキラと。

 一瞬、小鬼たちの動きがひるんだかにも見えた。視線がそれを追って……

「あらよ!」

 紀子が振り上げた右腕を振り降ろすと、その無数のカードが一斉に降り注ぎ、ずざざざっとアスファルトに突き立った。

「ぐぎゃ!?」

「ぎょあっ!?」

「げひっ!?」

「おごごっ……」

 悲鳴を挙げたのは無数の小鬼たち。身体を貫かれ、その場にばたばたと倒れ伏し、もがき苦しむ。

 見れば、カードの表面は、薄っすらと何かの結晶に覆われ、まるで刃の様であった。紀子は魔術で瞬時に水晶で覆い、すべからく刃と化して雨あられと降らせたのだ。

 一瞬で、蠢く者らがかき消え、再び静寂が。遠く街の喧騒が蘇る。

 だが、紀子は構えを解かぬ。油断なく周囲の様子を窺い、気配に耳をそばだてる。何かが居る。絶対に居る。そんな確信があった。全てを目視し、指示を出してた術者の存在が。

「へ……へへ……やるじゃん」

「うっせえ! 話かけんじゃねぇ!」

 こんな時にも背後の鏡が、しまらぬ事を言う。だが……

「ちょっと、借りるぜ」

 不意に後頭部を掴まれ、ゾッとする感覚が。何か嫌な気配が、紀子の背後から覆いかぶさるかの──

 次には、カードの全ての表面に、眼球の様な文様が浮かび上がった。

「どこだ~……そこか……うえっ!?」

「鏡!?」

 驚きと共に離れた手の感触に、何事かと振り向いた紀子の前には、正に顔面蒼白。相当のショックを受けたらしい、鏡の愕然とした表情があった。

「ま、まさか……」

「どうした、鏡!? 居たのか!?」

 その視線の先を。近くの三階屋を見上げるその先に、紀子も何やら小さな影を見た様な。

「ま、待て!」

 よろっと走り出す鏡。

 呆れるやら驚くやら。それを追う紀子。

 紀子の目には、先ほどの式神どもより小さな何かが動いたとしか見えなかった。が、鏡にはそれがはっきりと見えたのかも知れない。

「鏡! 何が見えた!? 鏡!?」

「……」

 しかし鏡は答えようとせず、遮二無二走る。余り走り慣れて無い動きだ。紀子の目には、明らかな運動不足と思えた。

 四つ角を曲がると、鏡の脚はピタリと止まる。それに合わせ、紀子も立ち止まった。

 風景が変わった。空気が変わった。

 踏み込んだ路地は、最早アスファルトで舗装された道では無い。土がむき出しの、雑草が生えた轍の跡が判る道。

 街並みも、木造の家屋だが、二階建て以上の建物は見当たらず、平屋の障子貼りの戸口。まるで時代劇のセットの中へと踏み込んだかの光景。

 そして、ボロの和服を着込んだ、ちょんまげを結った男らが、陽炎の様に歩いていた。

 少し困った様子で辺りを見渡す鏡に、全てが胡散臭いと一歩引いて眺める紀子。

「あっちゃ~……」

「どうした?」

 嫌な予感ましましで、取り合えず聞いてやる。

「あ~誘い込まれちゃったかな?」

 てへぺろ~。

「馬鹿ー!!」

 搾りかすみたいな状態でアホみたいに追っかけた、自称ベテラン術者の鏡一郎を、心の底から罵倒する鬼島紀子であった。

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