直感で敵の動きをそう感じ取った紀子は、回る様なステップで剣を振りながら鏡の前へと出た。足元には式返しにあったろう紙片が大量に舞い、それに隠れる様、無数の小鬼が跳ねまわる。一匹一匹はそう強くない。が、やたら数多く死角に回り込もうと知恵もある。否。術師の指示なのだろう。
「ちいっ! あんた、何やった!?」
「町中に、術を探知する札を貼ってやろうとしたらっ!」
「それでその様かよっ! おばちゃん連中が怒鳴り込んで来てるぜっ!」
「あ、やっぱ」
相変わらずこんな時にへらっとしてる鏡にむかっ腹も立つが、それどころじゃねぇ。
素早く紀子は尻のポケットから、小さな紙の束を取り出す。マジックとかデュエマとか遊戯王とか、よくその辺で売ってるかきもちとか言われるノーマルカードの類だ。それを真上にばらまいた。
極彩色のカードが陽光を受け、キラキラと。
一瞬、小鬼たちの動きがひるんだかにも見えた。視線がそれを追って……
「あらよ!」
紀子が振り上げた右腕を振り降ろすと、その無数のカードが一斉に降り注ぎ、ずざざざっとアスファルトに突き立った。
「ぐぎゃ!?」
「ぎょあっ!?」
「げひっ!?」
「おごごっ……」
悲鳴を挙げたのは無数の小鬼たち。身体を貫かれ、その場にばたばたと倒れ伏し、もがき苦しむ。
見れば、カードの表面は、薄っすらと何かの結晶に覆われ、まるで刃の様であった。紀子は魔術で瞬時に水晶で覆い、すべからく刃と化して雨あられと降らせたのだ。
一瞬で、蠢く者らがかき消え、再び静寂が。遠く街の喧騒が蘇る。
だが、紀子は構えを解かぬ。油断なく周囲の様子を窺い、気配に耳をそばだてる。何かが居る。絶対に居る。そんな確信があった。全てを目視し、指示を出してた術者の存在が。
「へ……へへ……やるじゃん」
「うっせえ! 話かけんじゃねぇ!」
こんな時にも背後の鏡が、しまらぬ事を言う。だが……
「ちょっと、借りるぜ」
不意に後頭部を掴まれ、ゾッとする感覚が。何か嫌な気配が、紀子の背後から覆いかぶさるかの──
次には、カードの全ての表面に、眼球の様な文様が浮かび上がった。
「どこだ~……そこか……うえっ!?」
「鏡!?」
驚きと共に離れた手の感触に、何事かと振り向いた紀子の前には、正に顔面蒼白。相当のショックを受けたらしい、鏡の愕然とした表情があった。
「ま、まさか……」
「どうした、鏡!? 居たのか!?」
その視線の先を。近くの三階屋を見上げるその先に、紀子も何やら小さな影を見た様な。
「ま、待て!」
よろっと走り出す鏡。
呆れるやら驚くやら。それを追う紀子。
紀子の目には、先ほどの式神どもより小さな何かが動いたとしか見えなかった。が、鏡にはそれがはっきりと見えたのかも知れない。
「鏡! 何が見えた!? 鏡!?」
「……」
しかし鏡は答えようとせず、遮二無二走る。余り走り慣れて無い動きだ。紀子の目には、明らかな運動不足と思えた。
四つ角を曲がると、鏡の脚はピタリと止まる。それに合わせ、紀子も立ち止まった。
風景が変わった。空気が変わった。
踏み込んだ路地は、最早アスファルトで舗装された道では無い。土がむき出しの、雑草が生えた轍の跡が判る道。
街並みも、木造の家屋だが、二階建て以上の建物は見当たらず、平屋の障子貼りの戸口。まるで時代劇のセットの中へと踏み込んだかの光景。
そして、ボロの和服を着込んだ、ちょんまげを結った男らが、陽炎の様に歩いていた。
少し困った様子で辺りを見渡す鏡に、全てが胡散臭いと一歩引いて眺める紀子。
「あっちゃ~……」
「どうした?」
嫌な予感ましましで、取り合えず聞いてやる。
「あ~誘い込まれちゃったかな?」
てへぺろ~。
「馬鹿ー!!」
搾りかすみたいな状態でアホみたいに追っかけた、自称ベテラン術者の鏡一郎を、心の底から罵倒する鬼島紀子であった。