表に出ると、冬の寒空にも関わらず秋葉原の雑踏は異様な熱気に満ち満ちていた。
肩も触れんばかりに行き交う人々。
目当ての店舗を目指す者。
ただ無目的にぶらり眺めて回る者。
交わされる言葉のも楽し気に響き、アスファルトを擦る雑多な靴音も、日常の平穏を雄弁に物語っていた。
(う~ん……鏡さんは、どこなのかしら?)
店の前でのりこと別れたいずみは、速足で土曜の秋葉原の人ごみをかき分ける様に、取り合えず秋葉原の駅を目指していた。とにかく騒ぎの原因の鏡を連れて戻らない事には。
吐く息も白く、羽織ったピンクのジャンパーもぱたぱたと風を打ち、焦るいずみの心を現すかの様にその長い黒髪も大きくたなびいていた。
「やだ、人が……」
十字路に差し掛かると、急に人が混みだす。
何だろうと近付いていくと、どうも二つのグループがにらみ合ってるみたいで。そこを中心に人だかりが出来ているみたい。
「メイドさん?」
片やとても可愛らしい猫耳メイドさんたち。
片や何か北欧系なのかしら、ふわふわとまるで天女の羽衣みたいなコスプレさんたち?
ちょっと険悪な雰囲気で、それで行き交う人達も立ち止まって見入ってるみたい。
やっぱり都会は違いますね。色んな人が居る訳で。
「あっと……」
いけないいけない。あんまり可愛らしいメイドさんと、綺麗な外国の人達だったので、ついつい私も見とれてしまいました。こうしてる間にも、お店はピンチなんだから。早く鏡さんを見つけて、連れて来なくっちゃ!
頭を振って人をかき分け進む。
ようやく抜け出しても、どこをどう見て回れば良いのやら。
「あっ、そうだ! お人形屋さん!」
鏡さんは、良く新しいフィギュアが手に入ったと、俺の嫁だと嬉しそうにスマフォで見せびらかしてたし!
そうなると、ますます駅前や大通り沿いの大きなお店かな? それとも路地裏の小さな中古屋さんとか? う~ん……
ちょっと途方に暮れて、足取りも止まってしまう。どうしよう。とにかく、片っ端から覗いていくしかないかな?
秋葉原では大小様々なお店がアニメグッズを取り扱っている。美少女フィギュアもその中で大きな比率を占めており、外国の人も良く出入りしているのを見かける。いずみとしては、あまり興味の無いジャンルではあるのだけど。
そこから通り沿いに、見かけたお店を覗いて回るけれど、鏡らしき姿は見当たらない。
果たして何件見て回ったか。人の行き交う中に、上から何かがぼとっと落ちて来た。
「え?」
何かもつれる様に落ちて来た様に見えたのだけど、誰も気付いた様子が無いのが変……
「ちょ、ちょっとごめんなさい」
やっぱり見えて無い!?
人の足元で良く見えないけれど、何か二匹の生き物が絡まって、団子の様になってるみたい。人の脚に当たって蹴り飛ばされて一瞬分かれたけれど、すぐに絡まり合ってしまう。何でしょう?
一匹は、体色の黒い毛並みをした身体の細長い四つ足の、カワウソやイタチみたいな感じ?
もう一匹は、なんか緑の小鬼みたいな……
ど、どうしよう。
明らかに二匹とも普通の生き物には思えない。脚に当たった人は、ちょっと不思議そうに自分の足元を見るけれど、明らかに二匹には気付いて無い様子だし。
<いずみーる!>
「え!?」
<助けてくれ!>
「ボビーさん!?」
戸惑ういずみの脳裏に、野太い男の声が響き、ハッと二匹を見据えた。一匹の、四つ足動物らしきものの瞳と目が合う。それだけで、この動物らしいのがボビーの使い魔だと認識出来た。
咄嗟に、腰のポシェットに手を。中から、小さな竹筒を三本取り出すと、いずみは即座にそれの栓を外す。
「タロー! ジロー! サブロー!」
筒の先端から、白い水の様なものが三条飛び出すや、弾む様に伸びあがっては小鬼に飛び掛かった。
白い三匹が立て続けに噛み付くと、あっけなく緑の小鬼はくしゃりとなって、くしゃくしゃの小さな紙片に変わってしまう。ほんの切手程度の大きさの。
<す、すまないネ……一斉に襲わレ、手が回らなく……>
「これって……式神?」
素早く隠形の印を結ぶ。何事だろうと、立ち止まった人々の注目が、すうっと消え去る。
いずみの周りで、三匹の管狐たちがくるくると警戒をする中、右手で濡れた紙片の残骸を摘み、眺める。小さい。そして、とても微細な文様が描かれている。それから地面に横たわる四つ足へと視線を降ろした。
「これは、ボビーさんの?」
<ああ、俺に宿る精霊の一つダ。ソノ子を伝い、いずみーるに話してるネ>
「弱ってるみたい」
<ソノ子を、俺の居る、公園まで連れて来て、くれないカ?>
「判ったわ」
弱ってぐったりしてるその子をそっと抱きかかえ、いずみは小走りで駆けだした。