現在、秋葉原支部は最大の危機を迎えている。
この所、たまの深夜に妖気の反応が現れては消えると、神田明神大社からの通告があった。当初は、交代で深夜勤務にて対応したものの、そう都合良く妖魔が現れる事も無く、他の支部からの応援も無いままに、栗林、鏡、ボビーによる三交代体制も解かれるに至っていた。
不定期な反応の為、弱い下級妖魔が流れ込んでは立ち去ったのだろうと、推測していたが、鬼島の遭遇した妖魔は、恐らく中級以上。言語を理解し、残された血痕の量から人死にが出ている事は確実と思われる。
その為に、調査を開始した筈だったのだが……
「ちょっと、話聞いてますっ!!? おたくのバイトか何か知らないけれど、こーいう事されると困るのよっ!!」
「「「「そーよ、そーよっ!!」」」」
「いやあ~、何でしょうねぇ~、これ。漫画かアニメの奴かな? あ、あはははは……」
店の奥、栗林店長の前に五人のおばちゃんが詰め寄っていた。顔を真っ赤にさせ、栗林の顔に唾を吐きつけしゃべりまくる。手に鏡の呪符を何枚も握りしめ、それを激しく振り回していた。
(くう~、鏡の奴! やってくれたなぁああああっ!!!)
もう、脂汗だらだら。
栗林はその脂肪に埋没した瞳をしばしばさせ、びしょびしょになったハンカチで何度もそれを拭った。
おばちゃんたちの勢いは留まるところを知らず、じりじりと店長専用の事務机にその巨体を押し込まれていく。そんな様を、レジの方に縮こまって眺めているのりこといずみは、一計を案ずる。当然の様に、鏡は電話の呼び出しに応えない。これは、直にとっつかまえて何とかするしかない。それに、こんな罵声が飛び交う場所には居たく無いし~。
「あ、店長~! ちょっと外回り行って来んで、レジお願いしまーす!」
「お願いしまーす!」
「えっ!? えええ!!?」
「ちょっと!! 逃がさないわよっ!!!」
のりこの音頭にいずみも乗っかり、二人してぱっと店から逃げ出した。
栗林の悲鳴も扉を閉めてシャットアウト!
店の前で二人は示し合わせた様に二手に別れる。
「んじゃ、あたしはこっち」
「私は駅の方を」
昼の日中だ。人も多い土曜の昼下がり。妖魔がのこのこ出る心配も無い。二人は気楽に笑顔で手を振り合う。
リュックを背負い、大きな紙袋を手に下げた、チェック柄のシャツの上に薄暗い色のジャンバー姿のお兄さんたちが、右に左にと行き交う中へ、たちまち二人の姿は溶け込んで行った。