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第6話『こちら秋葉原退魔支部』

 もうすぐ朝の十時。秋葉原の街はようやく動き出す。

 そして、土日祝日ともなれば、大手量販店の前にはお目当ての品を求める人で長蛇の列が幾本も形作られ、誰もがそわそわと開店の時を待ちわびている。


 そんな各店舗がしのぎを削る表通りから、一歩裏通りに脚を踏み入れると、そこは中小のパーツショップが軒を並べるこれまた激戦区となる。大小多くの看板が並べられ、他店舗より僅かでも安いと謳うのだ。そんな店の中に、一際酷いセンスの如何わしくも猥雑な黒ずんだ黄色い看板を掲げる『もっと~♪ 秋葉原店』がある。前時代的に白抜きで、かつては白かったろうバニーガールが肉感的なラインを描いていた。そう、この悪趣味さが、逆にここでは目立つ!だそうな。


 さて、そのシャッターの中では……


 この街になら、一見どこにでもありそうなPCパーツショップ。

 ステンレスの棚の上には新品中古新古品と、様々な状態の商品が所狭しと積み上げられ、来客を待ち構えていた。

 そんな陳列品が、ドスンドスンと揺れだせば……


「あれっ!? 今日、これだけ!?」


 エプロンに付いたパンくずをぱたぱた振り落としながら奥から顔を出し、素っ頓狂な声を上げた巨漢の男、店長の栗林瞳くりばやし・ひとみは、たっぷりとした贅肉を波打たせ、その贅肉に埋没しそうな瞳を愛嬌良くぱっちりと見開いて、集った面子を見渡した。


 それぞれが私服の上から、おそろいのこの黄色いエプロン。その胸元には『もっと~♪ 秋葉原店』と文字が躍り、堂々とバニーガールのシルエットが白でプリントされている。非常に見辛いし恥ずかしいが、店長のはかなり黒ずんで見易くなっている。


「ああ、カガミさん、来てマセンネ」


 にやり苦笑しながら手を挙げたのは、これも店長に負けないくらい背が高いのだが、ひょろりとスマートな黒人のボビー。アメリカ人だが、この街が気に入って居付いてしまったらしい。今日も見事にアフロヘアーがもっこりしてる。ラメの入ったパープルのシャツが、今ののりこの目にはギラギラ鬱陶しい。

 ちなみに、この店では店長の次に長いとか。


「またか! しょうがねぇ~なぁ~! 取り合えず、お早うございます!!」

「お早うございます!」

「ッス」

「グッモーニン!」


 この音頭に三人がバラバラと声を上げ、頭を下げた。そんな様をどういう事も無く、瞳は真っ直ぐに見返してくる少女の顔を眺めた。


「悪いけど、いずみちゃん。くっくっく……電話してくれる? あいつ、まだ寝てるかも知れないからさ」


 さもおかしそうに巨漢を震わせる瞳。


「ホント、ど~しよもないヨ!」


 ポンと合いの手を入れ、カラカラ笑うボビー。この辺の流れはいつもの事。


「は~い!」


 くったくの無い笑顔でうなずくと、鮎川いずみは肩まである黒いストレートヘアーを軽やかに弾ませ、ガラスケースの向こうへ走っていく。高校一年生で十六歳になったばかりの元気盛りだ。

 そして元気が極限まで削がれた感じの鬼島紀子、不健康そうな十九歳がレジカウンターの中で死んでいた。

 実際に死んでる訳では無い。死んだ様にという揶揄だ。何しろ、徹夜で現場検証に始末書、etcetc


「で、やっちゃったんだって!? のりちゃん!? くっくっくっく!」

「このぉ~・・・」


 さもおかしそうに腹を揺らす瞳に、キッと睨み返すのりこだが、すぐにも青菜がしおれる様にうなだれてしまった。

 そんな元気は出ない。ピンと立たせたウルフカットも心なし、尻尾を垂れる様にしおれて見える。


 昨晩のライダースーツ姿とうって変わり、この日ののりこはピッチピチのGパンにTシャツと、実は店長と同じなのだが、そのピッチピチという表現にはかなりの差がある。

 片方はかなりイヤンだが、もう片方は健全な男性ならばかなりため息がもれるだろう、正にはちきれんばかりのフルーティーなそれ。瞳のそれは、一言で言い表すと、決壊寸前のダムって感じ。

 そんな巨体の癖に、この狭い商品棚の間を何一つ落とさず、ずしんずしんするりするりと抜けて来るのだから、のりことしてはその歩法からして奇奇怪怪である。つまりはそれだけで、普通の人じゃない。


「えっと~、タンドク行動?」


 指折り数えるボビーの一言に、のりこの身体はびくりと反応した。


「事後ホーコク?」


 ビクビク。


「キブツ破損?」


 ビクビクビク。


「フホー侵入ー?」


 ビビクビクビク。


「やっちゃったねぇ~♪ くっくっくっく・・・」


 そう言いながらも、瞳はボビーを手で制し、数枚のプリント物を取り出した。


「で、だ。のりちゃんのやっちゃった件について、上からも来ててさ」


 瞳の言う上というのは、簡単に言うと、宮内庁の裏にある退魔庁という表に出ない組織の事。だけど予算が少ないとか色々あるらしく、各支部毎の独立採算制とか取り入られてるらしい。そんな訳で、新米術師をアルバイトでやとったり、カモフラージュと称して別の商いをやってみたり。

 のりこやいずみは、そんな学生アルバイト術者だったりする。無論、通常のバイト代の他に、任務にはそれ相応の危険手当が付くのだが……


「クビ? クビ?」

「そう! 縛り首! く~っくっくっくっく!」


 ニヤニヤ笑いのボビーの突っ込みに、ゲッと肉に埋没して見えない首を絞めてみせる瞳。そんな男達の軽口にも、何か気分が乗らず、のりこはいつもの様に切り返せない。

 いつもだったら『なんだとこのクリリーン!』『てめぇ、このアフロ野郎!』とパンチの一発でもお見舞いしてるところだ。それが挨拶みたいなものだ。

 そんな様子に、瞳は大きく瞳を見開き、前かがみに身を乗り出し、うなだれるのりこの顔を覗き込んだ。その余りのプレッシャーに、のしかかられる形のCPUやメモリを展示した、背の低いガラスケースもぎしぎし悲鳴をあげた。

 そしてにっかり。


「いやぁ~、こりゃぁ~重症だね! まぁ、若いんだから、失敗は仕方ないさ! いくらでもしてくれとは言えないけどね! でも連絡はしてくれよ! その為に僕がいるんだからさ!」


 そう言うと、瞳は身を起こしてぶふぅ~と息を整えた。一応、ここの支部長でもあるのだ。それらしい事も言ってくれる。


「は~い……」


 のりこの多少ふて腐れた返事に小さくうなずき、瞳は話を続けた。


「坂上のお社さんからも、昨晩、不穏な妖気が動いたって連絡があったみたいだね! まぁ、お向かいさんは、何考えてるか判らないけど!」


 坂上のお社とは、江戸鎮守の神田明神さん。そして、お向かいさんとは……

 正に目の前、キリスト教の秋葉原教会さんである。


 この辺の話は、戦後GHQを背景に相当やられたらしく、今でも教会との関係は完全には修復されてないらしい。何しろ、少し前までこちらも悪魔の手先扱いで、むか~し昔に陰陽寮が廃止されてから近年まで、組織だった組織は存在し得なかったそうだ。そう言った意味では、他の信仰を認めたローマ法王様々なんだろうけど。その間、暗闘の中で流された血は相当らしい。そしてでか過ぎる組織は右手と左手が互いに何をしているのか、何を考えているのか、良く判って無いそうな。つまりは決して一枚岩じゃないって事。だから油断は出来ない!

 戦前戦後、ねずみ講まがいのインチキ教団とか、雨後の竹の子みたいに発生してくれたお陰で、本物が相当数生き残ってくれたとかくれないとか。そんなこんなで未だ再編成中だとか。


(あ~あ、大人の事情は難しい! めんどくさ~い!)


 ふと傍らを見上げると、チョコレートみたいに真っ黒なボビーのほっぺが。何を塗ってるのか判らないけど、舐めたら甘くて美味しいんじゃないかって位に、ペカペカと健康そうに店のLED灯の光を反射していた。


「デモ、昼、モンスターども動き無いヨネ」


 薄ら笑いをはりつけ、そんな二人を眺めていたボビーは、見上げていた変な顔ののりこに軽くウィンク。


(うわっ!?)


 ど~してこういう仕草は様になってるんだろう?

 ちょっとドギマギ。

 年上の人の渋い仕草とかに弱いのは、たくさんいる兄貴たちのバカさ加減に嫌気が差してるからかも知れない。なんかこう、大人の余裕、みたいなの?


 そんな傍から見てて、判り易いのりこの反応に苦笑しつつ、店長であり支部長でもある瞳はその巨躯を大いに揺らし、麻の朝礼を締めくくる。


「うちらとしては地道に見回りするしかないんじゃない!? それ自体はいつもと変わらないんだから、ついでにちらし配り宜しく~! うちはうちでしっかりやって行きましょう! のりちゃんは、昨日の現場周辺を重点的にね! で、お店のほうだけど、今日はお休みだから普通のお客さんがいっぱい来るので、お客さん対応もしっかりやって売れる商品売って行きましょう! 万引きにも注意して、レジには必ず誰か居る様に!」


 一気に一息で言い切ると、瞳はぶるると鼻を鳴らし、おやっとした表情で後ろを振り向く。すると、そこへパタパタいずみが戻って来た。


「店長~! カガミさん、やっと今起きたみたいで、すぐ来るそうで~す!」

「やっぱりな~!!」

「デスねー!」


 どっと笑う男二人。いずみもその辺は心得たもの。


 空気の様に当たり前の事。

 スマートフォンの着信音で、たった今目が覚めたって事。

 目が覚めたって事は、布団から起きたって事じゃない。

 二度寝三度寝もあり得るし、意識がしっかりするまでどれだけ時間かかるんだろうって、ホント~に駄目な大人の見本市みたいな男だ!


「じゃあ、いつも通りにお昼からですね」


 にっこり笑って、元の立ち位置に戻るいずみ。


「そうだね。では、かいて~ん!」


 ポンと瞳が手を叩くと、開店へと一斉に動き出した。

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